例え、


雨が降る空の下。冷たい風がわたしの頬を撫でる。わたしは一人、そこに立っていた。約束の時間は午後二時。おやつの時間の一時間前。だけど、いつまで経っても現れないきみ。それでも、わたしはそこに根を生やしたかのように、そこを動かず、家にも帰らずにずっと待ち続けた

もうかれこれ三時間くらは経ったと思う。待ち合わせ場所にある時計を見上げてぼんやりとした頭の中でそんなことを思った。寒くて凍え死にそう。それでもきみは来てくれない。どうしてきみが来てくれないのか、本当は、知っているんだ。知っているのに、わたしはこうやって待ち続けている



「約束、したのに。」



約束、したじゃないか。昨日。ちゃんときみは頷いたじゃないか。それなのに、なんで。


どうして、きみはここに来てくれないんだろう。


最近わたしの前で笑わなくなったきみは、会おうとすれば部活部活って言ってわたしの誘いを断っていた。部活が忙しいっていうのはわかっている。理解だってしている。でも、その度にわたしの中で何かが擦り減っていって。それでも、わたしはばかみたいに同じことを繰り返している



「照島くんは、主将だから。」



そう、主将だから。部活を休むわけにもいかないし、真面目に部活しなきゃ。あんな軟派な性格だけれど、本当はバレーボールが大好きで、真面目に取り組んでいること、知っているんだ。見た目は本当にちゃらちゃらとして、舌にピアスなんて開いちゃってるし、不真面目さの固まりのような感じだけれど、本当の照島くんをわたしは知っているの

照島くんのこと、何でも、知っている。だって、わたし、照島くんのことをずっと見てきたもん。照島くんから、声を掛けてくれて、いつの間にかわたしは照島くんの隣を歩くのが当たり前になった。いろんなところに連れていってくれて、毎日楽しくて


でも、バレーボールの大会にだけは、絶対に応援に行かせてくれなかった。


どうして、と聞いたことだってある。それも何回も。でも、その度にキスではぐらかされて、そのまま聞けずにいた。今日の今日まで、わたしは知らなかった。その理由を。おかしいなあ。わたし、照島くんのことを誰よりも知っていたはずなのに。今日の今日まで、知らなかった



「似てた、なあ。」



ぽつりと呟いた言葉。自分が放ったその言葉は、誰に聞かれることもなくわたしに真っ直ぐ突き刺さる。自分自身を傷付けて、ばかみたいだ。でも、本当に似ていた。わたしに。髪型も、ほくろの位置も。瓜二つ。まるで双子のよう。似ていても、彼女とわたしはどこか違う


ばかみたいだ、わたし。


そう、冷静に判断できている。でも、体が動かないの。ここに根を張ってしまっているかのように。寒くて仕方ないのに、わたしはここから離れられない。だって、わたしが帰った後に照島くんが来るかもしれない。約束したから。昨日、約束したんだから



「寒いなあ。」



見上げた空の色。どんよりと暗く、色付いてまるでわたしの心の色のようだ。わたしがこの日をどんなに楽しみにしていたか、きっと照島くんは知らないのでしょう。久しぶりのデートだと気合いを入れた。新調したワンピース。ちょっと背伸びをしたヒール。メイクもいつもと変えて、マスカラを二度塗りなんてしちゃって。お店のウィンドウで確認したわたしは照島くんに恋をしていて、きっと世界一可愛い女の子だったはずなのに

今では、勘違い女の痛い恋物語。だって、勘違いしちゃうよ。わたしずっと男の子に声を掛けてもらえるような子じゃなかったもん。それも、照島くんみたいなかっこいい男の子に。あんな風に口説かれて、勘違いしちゃうのも仕方ないじゃん。誰だって、こうなるに決まっている



「嘘吐き。」



全部嘘だった。照島くんの優しさも、あのキスも、わたしを抱く腕の力強さも、全部全部。全てが崩壊する音がした、あの時。心臓がね、変な音を立てて、ずっと痛かったの。ちくちくと、針を何本も黒ヒゲ危機一髪みたいに一本一本刺されちゃって、あと一本で爆発する寸前



「なまえ、悪い。待たせた。」


「照島くん…。」



こちらに走り寄ってくる照島くん。急に雨が止んだと思ったら、悪びれる素振りもなく、ただ、傘をわたしの方に差し出して。雨はもうわたしの体に当たっていないはずなのに、どうしてだろう。寒くて仕方ないよ



「部活があって、遅れた。」


「うん。仕方ないよ、照島くんは主将だもん。」


「マジでごめんな。」


「大丈夫。」



笑って言った「大丈夫」。本当は大丈夫なんかじゃないのに。まるで、自分に言い聞かせるみたいに。「大丈夫」っていう言葉を言えばいいと思っているかのように

照島くんは平気でわたしに嘘を吐く。息をするかのように、自然に、さらりと、わたしを騙すの。凄腕の詐欺師のようだ。穴原先生に捕まったとか、部活が大変だったとか、電車が遅れたとか、そんな、ありきたりで信じてしまう嘘を


ねえ、でも、本当は、違うでしょ?


そう心の中で問いただしても、照島くんはただわたしを見返すだけ。そりゃそうだ。エスパーじゃないもん。でも、少しは伝わればいいと思ったの。本当はわたし知っているんだぞ、なんていう気持ちを。わたしなら、わかっちゃうよ。照島くんの目は正直だから



「大丈夫だよ、照島くん。」


「そっか。それならいいけど。」


「うん。」


「じゃあ、行くべ。」


「うん。」



照島くんから差し出された手を握った。ついさっきまで他の誰かと繋がっていた手。それでもわたしが照島くんの手に手を重ねたのは、わたしはまだ照島くんのことが好きだから?なぜなのかなんてわたしにもわからない。こんなにも、ひどい仕打ちを受けてさえも、なぜこうして手を繋いでしまうのか。大丈夫なんて言って照島くんに笑い掛けてしまうのか


ああ、そうか。たぶん、わたしは忘れられないからだ。


愛されていた記憶があるから。だから。キスがとても優しいの。わたしを抱き締める腕の温かさも力強さも、心地良くて。あの手のひらで頭をがしがしと不器用に撫でられるのが好きで、少し冷たい照島くんの手が夏には丁度良く、気持ちが良い。高いところのものをさりげなく取ってくれたり。そんな、そんな小さな思い出ばかりがわたしの中で溢れていて悪い照島くんを入れさせてくれないの。ちっとも嫌いにさせてくれないの

友達は照島くんはやめとけと言ったけど、そんな声聞きたくないと思うくらい、わたしは照島くんでいっぱいだったの。すごい、本当だ。友達の言う通りになった。本命は違う人だよって教えてくれていたのに。わたしはそんな友達の言葉は妬みとか嫉みだと思ったの。ひどい奴だね、わたしってば本当



「照島くん。」


「何?」


「……何でもない。ごめん。」


「なんだそれ。」



照島くんが本当は三咲先輩が好きで、わたしはただの代わりで。だって、似ていたから。今日、たまたま街の中で目にしてしまった三咲先輩とわたしがあまりにも似ていたから、気付いたの。いや、本当はもっと前から気付いていたのに、わたしは気付かない振りをして、ズルをしていたんだ

ただの代わりで、わたしは愛されていなくて、照島くんはわたしを好きじゃなくて、愛していなくて、わたしの約束なんて破って、わたしをひどく傷付けて。なのに、何でだろう


それでも。それでもわたしは、きみのこの手を離せない。



例え、きみの好きが偽りの好きでも。
それでも、わたしはこの手を離せない。


(ねえ、照島くん。)
(ん?何。)
(あのさ…わたしのこと、好き?)
(……なんだよ、わかってんだろ。)
(わたしも、照島くんのこと、好きだよ。)


自分を傷付けるだけだとわかっていながらわたしはきみに問い掛ける。返ってくるのは好きとは言わないきみの偽りでも、わたしはいいの。嫌いと言われるまで、本気の嫌いが返ってくるまで、わたしはきみの手を握っていよう。きみが手を差し出すならその手を取るよ。どんなにきみがわたしを愛してくれなくても、わたしはあの人の身代わりでも、それでも、それでもわたしはきみが大好きだから。だから、笑顔でいるね。心は涙を流しても、わたしは笑顔で腕を広げてきみをいつでも迎え入れてあげるから。だから、それまではどうか、わたしの手を、握っていてほしいと思ったんだ。

あとがき
何だか、辛くなるわ。ちなみに三咲とは付き合っていない、が、恋人未満な。三咲さんは何となく個人的に、奥岳くんと付き合っていてほしい。



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