わたしの色


晴れた空。よく澄んだ空気。雲一つない今日は絶好のデート日和!降水確率0%。そしてわたしの今日の占いは何と一位を獲得。今日はいいことが起こりそうだと鼻歌一つ華麗に披露する日曜日の午後。そんでもって今日は部活が休み!


まだ、かな。


待ち合わせ時間は午後13時。着いた待ち合わせの場所に待ち人の姿はなし。時計をちらりと見れば、15分も早く着いてしまったらしい



「だって、待ちきれなかったんだもん。」



誰に対する言い訳か。ぽつりと呟いた言葉は誰に聞かれるわけでもなく喧騒に紛れて霧散。早く来ないかな、と逸る気持ちを抑えるためにイヤホンから流れる音楽を聴くため少しだけボリュームを上げた

新しく下ろしたスニーカーのつま先を見ながら時間潰し。今日はふんわりとした淡い色合いのチュニックとスキニージーンズの組み合わせでいつもより可愛らしい服装を目指してみたんだけど、きみは気付くだろうかと胸を弾ませたわたしの視界にちらりと映った待ち人の姿。他の人より頭一つ分大きいからよく目立つ



「悪い。待ったか?」


「瀬見!」



悪い悪いと手を合わせながらやってきた瀬見にわたしが早く来すぎちゃっただけだよと言えば、そっか、と安心したような顔に嬉しくなるのも束の間、人混みを掻き分けてやってきた瀬見の姿にぎょっとした


なんてダサい…!


行き交う人がちらちらとこちらを見遣り、気の毒そうな視線をわたしへと。形容し難いダサい私服を身に纏った瀬見は周りの視線や凍り付くわたしには気付かず、「今日どこ行く?」なんて聞いてくる

いや、このままでは無理だ。どこへ行こうにも瀬見のこの私服が目に入り、念願のデートどころではない!今までのデートではそんなこと思った覚えはない…けど、よく考えれば学校帰りとか部活終わりが主で私服を見るのは今日が初めてだということに気が付いた。なるほど、天童が「英太くんの私服はマジでダサいからね!」と笑っていた意味がよくわかったよ、うん



「えーっと…その、今日のテーマはどういった、もの、なんでしょうか。」


「え?テーマ?」


「いや、ごめん、何でもない。えっと、行こう。ああ、わたしすごくお買い物したい気分だなあー!今すぐそこのデパートに入ろう!!わたしデパート行きたーい!!!」


「ちょ、おいっ、押すなよ!」


「行こう行こう!早く!!」



今すぐここから脱出すべく瀬見の背中をぐいぐいと押す。押すなって怒られたけど、そんな声は聞こえない振りを決め込み、わたしは急いで目の前に聳え立つデパートへと向かった

デパートに入ってまずはフロア案内を確認。メンズ服売り場は4階。人の目に晒されないように無駄なく移動をしてこの私服を何とかしなければ。ていうか、どうすればそんな組み合わせになるの?瀬見は何を、どこを目指しているの??



「いらっしゃ…いませー。」



普段であれば満点の笑顔で接客してくれるであろう店員さんも瀬見の格好に一瞬お客様なのかどうか迷いが見えたじゃないか。ぐいぐいと売り込みに来るはずの店員さんも警戒してこちらの様子を伺うばかりで一向に近付いて来ない。それはまあ、いいんだけども


顔とスタイルはいいんだから、シンプルでいいんだよなー。


そんなことを考えながら手に取る黒のVネック。うん、これなら瀬見に似合いそうだ。これなんてどうかな、なんて瀬見に声を掛けようと振り返った先にマラカスを手に満面の笑みを浮かべるゴリラがプリントされたTシャツを何ともきらきらした顔で手に取っていた瀬見に頭を抱えたくなった



「なあ、なまえ。これとかどう?」



え、感想求めるの?わたしに??どうって何。何が正解?!


そのTシャツについてわたしはなんと答えればいいのか。ていうか、なんで数あるおしゃれな服の中からそれを選ぶの?どういう感性してるの



「……満面の笑みのゴリラが見れて、なんか得するTシャツだね。」


「そうだなー。おれはこのマラカスの配色とゴリラのコントラストが抜群だと思う。」


「………ソウダネー。」



でも、あまりにも瀬見が嬉しそうにしているから本当のことなんて言えなくて、とりあえずなんとかそのTシャツを褒めてみることに成功。コントラストとは何ぞや。まあ、いい。話を合わせておこう、今は

瀬見に似合いそうな服を何点か見繕う。スキニージーンズとか似合いそうだ。あとはベージュのチノパンとか。これとかどうかな、なんて手に取る服たちを頭の中でコーディネートして納得のいくものだけ厳選した



「ねえ、瀬見はこういうのが似合うと思うなー。」


「そうか?」


「うんうん。ねえ、これ一回試着してみよ!」


「え、面倒臭え…。」


「いいから!ね!はい、いってらっしゃい!!」



文句を言う瀬見の背中をぐいぐい押して試着室へとご案内。ついでに瀬見が手にしていたゴリラTシャツと色とりどりのスパンコールが付いたよくわかんない攻撃力が高そうなジャケットは回収して売り場に返すことも忘れずに。本当どこで見つけてくるの?

待つこと数分。名前を呼ばれて試着室のカーテンを開 ければ、シンデレラが魔法使いの魔法に掛かったかの如く、大変身を遂げた瀬見の姿にわたしは「これこれ!これよ!」と感嘆の声を上げた



「なあ、なまえ。これちょっと地味じゃねえ?」


「そんなことないよ!すごく、ものすっごく似合ってる!!」


「そ、そうか?」


「こういうシンプルなコーディネート、わたし、好きだなあ。」


「お、おう。ふーん、そう、か?」


「わあ、お客様よくお似合いですね!」


「ですよね、そうですよね!これください!着ていきます!!」


「ちょ、おい、勝手に。」


「わたしプレゼントするから!お願いだからプレゼントさせて!ねっ!!」



大丈夫、試着室へご案内する前に値札はチェック済み。バイトしていた分で十分賄える金額。それにこんな瀬見が見られてわたしはそれだけでも得した気分になったから!

念押しを店員さんにしてもらい、渋々承諾してくれた瀬見。「試着した服のままデートしよう!」と言えばそれにも何とか承諾してくれた


予想外の出費は痛いが、これは費用対効果は抜群だ!


お会計を済ませながら、少し薄くなったお財布に寂しさはあれど、瀬見のあの姿を作ったのはわたしだと思えば鼻高々、こんな出費なんのその。これで天童にもダサいなんて言わせない、思わせない。むしろ顔良しスタイル良し、私服のセンス抜群で天童の鼻を明かしてやろう!なんて考えるだけでニヤニヤと口角が自然と上がっていく



「瀬見、お待たせー…。」


「お兄さん、一人ですか?」


「いや…。」


「もし良かったらわたしたちとお茶しません?」


「えー!わたしたちが最初に目を付けてたのに!!」


「いや、だから。」



ニヤニヤ脳内春爛漫が一気に氷点下。わたしが全身コーディネートし、生まれ変わったNEW瀬見に群がる女子たち。わかるよ、本当によくわかるよその気持ちは。だって瀬見かっこいいもん。背も高くてモデルみたいで、唯一欠点だった私服のダサさがなくなれば最強無敵だもん


わたしが変身させた瀬見なのに…!


さっきの服装だったら変な人扱いで声も掛けなかったくせに、黒のVネックに紺のスキニージーンズというシンプルな服装にしただけで女子ホイホイ。「わたしが先よ」と取り合う女子たちに、歯噛みしながら「わたしの方が先だわ!」と言いたくなる。瀬見がなんとか断ろうとしているにも関わらず小競り合いを始める人たちの中に入って何ができるか。結局水掛け論で終わってしまう。



「あ、そうだ。」



急いで店内に戻って、瀬見が最後に手に取っていたよくわかんないカラフルなスパンコールが付いたジャケットを手に取り、これもください!と鬼気迫る表情でレジへ。まさかのさっきのお会計よりも高い。ぐぬぬ、と歯噛みをしながらも苦渋の選択だ。タグも切ってもらい今すぐ使える状態で瀬見の元へダッシュ。まだやっている小競り合いの中心へと入っていき満面の笑みで



「瀬見、忘れ物。」


「え、なまえそれ…買ってくれたのかぁ!」


「うん、瀬見が欲しがっていたから。もうぜひ今すぐ着て。」


「サンキューな!」



差し出したジャケット。それを嬉々として受け取る瀬見に、作戦通り蜘蛛の子を散らすように解散する女子たち。ジャラジャラした攻撃力最強のジャケットを満足そうに羽織るきみを見て、まあ、こんなきみも好きだから仕方ないっか、とやたらと肌触りの悪い腕に腕を絡めて、わたしの色に染まるのはわたしの前だけでお願いします、なんて心の中で念じてみた日曜日の14時50分



きみをわたしのためだけの色に染める日曜日
完璧なきみはわたしの瞳の中だけに閉じ込めちゃうんだ


(あ、なまえちゃーん。)
(げっ、天童。)
(あっれー?今すごく嫌な顔した?)
(気のせいじゃない?)
(それにしても英太くん、中の服はいいのにジャケットですごいダサいね!)


言わないであげて!と釘を刺す前に天童の言葉が瀬見の胸にストレートに決まる。横を見ればどんよりと絶望感漂うきみの顔。なんて余計なことを!とりあえず天童を追い払って、項垂れるきみの元へ。「やっぱりダサいのか…」と小さく呟く自覚のないきみに、仕方ないなあ、と苦笑する。確かにダサい。ダサいけど、いいの。べつに私服がダサくてもきみの格好良さは損なわないよ。だってわたしはきみの外見を好きになったわけじゃないんだから。そんな意味を込めてきみの腕に自分の腕を絡めながらわたしは精一杯の笑顔で言うんだ。「そんなことない、それを着れるのは世界で瀬見一人だけだよ」なんて。

あとがき
よくわからない話に。瀬見さんの私服はダサいとのことで、ダサ可愛い話を目指したはずがどうしてこうなった。スパンコールのジャケット着ている人と腕組むのはちょっと痛そうだなあ



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