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「都築さんって、宮くんとやけに仲良いよね。」


「二人は付き合ってるの?」


「………は?」


「今日も一緒にいたでしょー。」


「朝、同じ喫茶店に入っていくの見たよ?」


「昨日だって宮くんと二人で呑みに行ったんでしょ?」


「え、な、何で知ってるんですか?!」


「わたしたち。」


「宮くんの親衛隊なの。」


「……えっ?」



親衛隊って、何ですか…?


お昼休みの休憩室。みんなでお弁当を広げて女子トークをするのが日課になっている今日この頃。ふっと湧いて出た話題に心臓が大きく跳ねて、血の気が一気に引いていった。宮さんは目立つから極力一緒にいたくないというわたしの細やかな願いは神様に届くことはなく、案の定と言うべきかやはり目立ってしまっていたらしい。非常に不本意な噂話にゾッとして、ぶんぶんと頭を勢い良く横に振る。首が痛くなったがこの噂を否定できるなら名誉の負傷だ

それにしても、親衛隊なんて出来る程、宮さんが人気者だったとは知らなんだ。確かに、まあ、かっこいいですもんね。わたしにはよくわからんけど。あの人、人を選んで失礼を働いてるから。いや、それを言ったらわたしも同じか、うん。ていうか、そもそもそんな噂が立つなんて一生の不覚だ。付き合い方、考えよ。もう極力関わらないようにしよう



「付き合ってないです!あんな人と!!」


「あんな人って…。」


「かっこつけのスケコマシのペテン師ですよ!誰がっ。」


「誰がかっこつけのスケコマシのペテン師、やって?ええ?」


「ぎゃ、出た!」


「なんや自分、えらい言うてくれるやん。」


「あ、ははー…いで、いででで!」



後ろからガシッと掴まれた頭。降り注いだ冷ややかな声に肩が跳ねる。錆びついたロボットのようにギギギと音が鳴りそうなほどぎこちなく振り返った先には、これまた冷ややかな笑みをわたしに向ける宮さん。周りの女性社員の皆様は、まさかの本人登場にきゃあきゃあと大盛り上がりで。ぎりぎりとわたしの頭を締め付けてくる状況はどうやら見えていないらしい。誰も止めてくれず、わたしの脳みそが潰されたらどうしてくれる



「嫌だなあ、宮さん。冗談半分じゃないですか!スケコマシのペテン師としか思ってないですよ。」


「冗談半分やったら、半分は本心やないか!」


「ていうか、痛いのでやめてください。」


「ほんなら、まずは謝罪の一つでも聞きたいわあ。」


「あーはいはい。スミマセンデシタネ。」


「棒読みやんけ!仕方なし感半端ない!!」


「……やっぱり二人って仲良いよね?」


「……気心知れた感…付き合ってる?」


「いやいや、真緒ちゃんと結婚できるんは、とび…ぐえ。」


「とび?」


「あー!もうお昼休み終わる時間ですよ!!ささっ、皆様お仕事しましょう!!!解散ですっ!」


「あ、う、うん。」



飛雄の名前を出そうとした宮さんの顎を上へと押しやり、その口が開かないように強制シャットアウト。宮さんの口元から「ぐえ」と蛙が潰れたような声が聞こえたが無視だ。途中で切れた宮さんの言葉に首を傾げる面々にそれ以上詮索されないよう慌てて、お昼休み終了の声をあげ、休憩室から追いやれば、はあと大きな溜め息が口から溢れ落ちた。疲れるな、本当

休憩室で宮さんと二人きり。さっきまで押さえつけていた顎を摩る宮さんをキッと睨みつければ、意味がわからんと言わんばかりに肩を竦める姿に頭痛がしてきた。本当にこの人は!



「何すんねん自分。いったいわあ。」


「わたしは平穏に生活を送りたいんです!」


「平穏やろ、別に。」


「宮さんと関わると目立って仕方ない!」


「さすがおれやな!隠そうとしても天性のカリスマ性は溢れ出てしまうんやな……罪な男やでえ…。」


「あ、この人馬鹿だ。」


「馬鹿とは何やねん!ええか、関西人に馬鹿言うんはいっちゃんやったらあかん!言うなら阿呆にしいや!!」


「本物だ!!」


「何がや!」



その頭の悪さだよ!とは言えないので心の中でツッコミ、代わりに口からは深い溜め息を一つ。わたしの吐き出した深い溜め息に不服な顔をする宮さん。宮さんが頬を膨らませて、唇を尖らせてこちらを見ているが、大の大人の男がそんな顔をしても薄寒さしか感じない。本当気持ち悪いからその顔でこっち見んな


あれか、この人もバレーにスキル値全振りしたクチか!


わたしの中で飛び抜けてバレー馬鹿は総じて学力馬鹿の方式が成り立ちつつある。身の回りにいる人の代表としては飛雄や日向、西谷先輩がそうだ。そして、薄々感じていたが目の前にいる宮さんもそのクチなのだろう。宮さんのバレースキル値がどうかは高校時代の評価を知ってはいるものの、ぶっちゃけ実際のところはよくわからない。が、オツムの方はあまりよろしくないことは先程のやり取りでよくわかった



「それと、わたしと飛雄のこと、あまり知られたくないんです。」


「何でや?」


「だって、元、だし。わざわざ言う必要ないじゃないですか。」


「まあ、必要はないなあ。」


「騒がられるの、嫌なんで。」


「ふーん?」


「ふーんって…。」


「まあ、ええんちゃう?日本代表の影山飛雄くんの、元、奥さん。」


「嫌な男だ…!」


「ほな、おれは練習やからー。」


「ちょっと…!」




元を強調した棘のある言い方にムッときて言い返そうとしたら、自分は練習があるからとひらひら手を振って休憩室を足早に出ていく宮さん。その背中を追いかけようとしたが、視界の端に映った時計の針が休憩時間終了1分前をお知らせしていて、ギョッとした。広げていたお弁当箱をササっとしまって、ドタバタと休憩室を飛び出し、自席へと。もうすでに業務を開始していた河村さんが「都築さんはいつも楽しそうだね」と笑って言った。いや、笑いごとではないんだけどなあ…と思いつつ、苦笑を漏らしながら午後の業務に取り掛かる。午後一は本日午前中に上がってきた売上の処理からだ


元、って嫌な言葉だな。


思い出す、先程のやり取り。自分で放った言葉を他人に言われるのはなかなかに堪える。元、だから、もう今は関係ない、もう終わったことと言われているみたいで。確かに間違いではない。わたしが現実を未だに受け入れられていないだけなのだが、ずきりと胸が痛くなったのも現実でしんどい



「郵便局、行ってきます。」



売上処理が終われば、締めの請求書を発行して、郵送準備。何やかんや処理している間に15時になってしまった。今回の締めの請求書は量が多いため後納郵便での対応だ。10通以上の時は後納郵便でする決まりになっている。10通未満の時は切手で出して良いのでポストに入れるだけだが、後納郵便の場合は後納郵便のスタンプを押して、郵便局に提出する書類に通数を記載して窓口に行かなければならない。そのため月に何回かは15時頃に郵便局へ行くことになっている



「あ、都築さん。」


「はい。」


「総務部でも郵便あるみたいだから声かけてあげてくれる?」


「あ、はい。わかりました!」



総務部か…気まずいなあ。


総務部と言えば、木兎さんだ。そして木兎さんと言えば、首筋のあの一件。思い出すのも恥ずかしい、わたしの中でちょっとした事件となった出来事。でもここでうじうじと時間を潰すわけにもいかない。さっさと行って声を掛けたら郵便局へ向かえばいい。それに今は午後。木兎さんはバレーの練習に行っているはずだから、何も怖いものなんて…



「おーっす!都築!!」


「……えっと、この時間帯は練習中のはずでは?」



よし、と気合いを入れて総務部へ赴けば、見知ったミミズクヘッドが目に入り、まさかなあ…と思いつつも近づけば、その嫌な予感は見事に的中。いつもなら練習している時間帯にも拘らず、総務部にたむろしている木兎さんに冷や汗がたらり。足を止めて固まるわたしを木兎さんはいち早く見つけて、ぶんぶんと眩しいほどの笑顔で勢い良く手を振り、フロア中に響き渡るほどの声量でわたしを呼んだ。


いたよ、ここにもバレーにスキル値全振りした人が!



「丁度良かった!都築に渡したい物があってだなあ!」


「ナチュラルスルー!…渡したい物、ですか……?」



嫌な予感しかしないのですが。ていうか、本当なんで会社にいるんですか。練習してくださいよ。とは言えないので、心の中でだけ問い掛けて、なぜか会社にいる木兎さんを見返すと、満面の笑みでつかつかとわたしに歩み寄り、差し出される何か。はて?と手渡されたものの袋を開けてみれば大量の蚊取り線香と虫除けスプレーが一本。虫刺されパッチまで入っている。



「季節外れの蚊は大変だそうだからな!」


「わあ……すごーいうれしーい、なー…ありがとうございます…。」


「んじゃあ、おれは練習に行くぞ!じゃあな!!ちゃんと使えよお!!」


「……はーい。」



何だこれ、何の拷問?と思いながら受け取った蚊取り線香はずっしりと重たく、その独特の香りが鼻腔にこびりついた



騒々しさがやってくる。
平穏なOLは難しい。


(申し訳ないねえ、都築さん。)
(いえ、大丈夫です…。)
(木兎くんも悪気があるわけじゃないんだけど。)
(あ、はい。それは知ってます。)
(まだまだ気遣いというものができないんだ彼は…あ、それで、これ、よろしく。)


総務部長が申し訳なさそうにわたしを見る。謝られるのは居た堪れず、郵便物を受け取り、早々に脱出。エレベーター前で、ホッと息を吐き出す。木兎さんに気遣いは別に求めてないけど、指摘されたところは突かれると弱いところで。考えている内に、無意識に触れてしまう首筋。木兎さんに指摘されてからは、バレバレだけど絆創膏を貼って隠している。何かが変わるかもと思ったのに、あれから一度も、飛雄からの連絡はない。家にも、帰ってこない。何かが通じ合えた気がしたのに、簡単に離れて行ってしまう。飛雄のことを考えると自然と唇を尖らせていて、嫌になる。エレベーターが開いて、乗り込む際に見えた鏡越しの自分の姿に溜め息を一つ。ドアがゆっくり閉じて、蚊取り線香の独特の匂いがエレベーター内に充満し強く香った

あとがき


ここまでくると無神経寄りのセクハラで訴えても良さそう。



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