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なんでわたしここにいるんだろうか…。最近、こう疑問に思うことが増えた気がするんだけど、わたしの気のせい?



「いやあ、悪いなぁ。人手が足りひんくて。」


「いえ…それは、いいんですが。」


「ほんま助かるわぁ。先日サポートメンバーが一人辞めてしもて。」


「はあ……。」



なぜかわたしは業務時間にも拘らずムスビイブラックジャッカルの練習のお手伝いをしていた。なぜか、と言われるとわたしも今まさに手伝いをしている真っ只中だが未だによくわかってない。ここへ連れてこられてまだ一時間しか経ってないし、ぶっちゃけ今すぐ帰りたいです本当に


これも全ては宮さんのせい……!


それは一時間半前のことだ。今日の業務は現金確認、昨日処理した売上などの仕訳起票をして、午後は通帳記帳や支払い処理のため銀行回りをする予定だった。それなのに、お昼ご飯を食べて自席に戻ると、なぜか宮さんと課長が談笑していて、わたしが戻ってきたのを確認すると宮さんは満面の笑みを湛え、わたしの腕を掴み「借りてきますわー」と一言。さっぱり訳のわからないわたしを他所に課長は「気をつけてなー」とこれまた緩い返事で送り出してくれたのである。道中、どこに行くんだと幾度も聞いたがそれに対する返答はなく、逆になぜか足のサイズやら、服のサイズを確認されてなんだこれは新手のセクハラなのかと訴えたが、そんなわたしの訴えは丸っと全部無視して、早く答えろと催促され、渋々答えた頃に着いたのが、ムスビイブラックジャッカルの練習場だった



「派遣契約的にアウトだと思うんだけど…。」


「そこは確認済みやで。経理事務の仕事だけの記載になってないことをお宅の課長さんと確認したしなあ。」


「抜け目のないことで…ていうか、なんでわたしなんですか。」


「おれが頼んだんや。」


「……誰?」


「自分なあ、ほんま飛雄くんにしか興味ないんか。」


「なっ、ちょ、それ!」


「都築さん、やっけ?ムスビイブラックジャッカルのキャプテンをしている明暗です。よろしゅう頼んます。」


「は、はあ。よろしくお願い、します?」


「実は宮と日向から都築さんが中学からバレー部のマネージャーやったって聞いて、仲良いらしい宮にお願いしたんや。」


「仲良くないですけど、全然!どこから湧いてくるんですか、その話。本当にやめてほしい。」


「それに、アドラーズの影山の元奥さんが気になったのもあってな!」


「……ちょっと宮さんっ!!」



人があれだけ知られたくないと言ったのに…!


明暗さんに差し出された手を握り返しながら、宮さんを振り返るとどこ吹く風といった顔で口笛を吹いている。そんな顔したって犯人はあなたでしょうに!尚のこと腹が立って仕方ないが、明暗さんの手前、溜め息一つで手を打つことにした

宮さんは説明してくれなかったが明暗さんによれば、先日まで雑務等々をやってくれていたサポートメンバーの女性が後任がいないまま、急遽辞めてしまい、しばらくは選手やコーチ、他のサポートメンバーさんたちで回していたが人手が足りず、かといってすぐに人手が確保できないために困っていたらしい。スコア付けなどもしなければならないが、シーズンオフとは言え、リーグ開催が近いこともあり、レクチャーする時間もそれに裂かれる人員も惜しく、即戦力を求めていたところ、宮さんから話を聞いた明暗さんによって、わたしに白羽の矢が立ったとのことだった。なんて面倒なことに巻き込んでくれたんだ、と恨めし気に見たが、宮さんとは一向に目が合わない。わざと逸らしてやがるな、あの野郎



「宮もちゃんと説明してやりぃや。ほんま悪いな、都築さん。」


「説明したら真緒ちゃんは絶対来てくれへんかったと思いますけど。」


「せやからってなあ。」


「明暗さん。」


「ん?」


「あの、一つ確認なんですけど。今日、だけの約束ですよ、ね?」


「………ハハハ。」



笑って誤魔化された!しかも全然誤魔化せてない!!



「いや、いやいや!ちょっと、困ります!!」


「ちょっとならええやん?」


「言葉の綾!本当困ります!!」


「なんでや?なんか都合悪いことでもあるんか?」


「だ、だって。」


「だって?飛雄くんのことやったら心配せんでもええやろ。元、なんやから。」


「なっ!」


「こら、宮!悪いな、都築さん。後でよく言って聞かせておくから、堪忍してやっ。」


「元で何が悪いんじゃ、この嫌味たら男がー!!」


「ぐあっ。」


「あー、スッキリした!じゃ、ドリンク作ってきます!!」


「え、あ、うん…いってらっしゃい……。」



明暗さんが間に入って止めるのも構わず、明暗さんの言葉を遮って、宮さんの顔面目掛けて全力グーパンチを決め込む。普通ならスポーツ選手に怪我をさせるとか考えられないが、わたしの知ったことではない。わたしの全力パンチに宮さんが「親父にも打たれたことないのに!」とか一昔前のロボットアニメの台詞みたいなことを宣ったので「この間で二度目じゃ、ボケェ!」と言い放てば、これまた「飛雄くんそっくりやな!」と続けて言うもんだから無視を決め込んで、宣言通りドリンク作りをするためにドリンクボトルの入ったカゴ二つを持って給湯室へと足を向けた。背中越しに明暗さんの戸惑いが伝わったが無視だ、無視

ガタガタとドリンクボトルを鳴らしながら、給湯室に到着。チーム分となるとなかなかの量だ。烏野でマネージャーをしていた頃は部員数が多くなかったし、潔子先輩と仁花ちゃんがいたのもあってここまで大量に作ったことはない。量が多いからなのか、それとも一連のやり取りで疲れたからなのか、ひどく深い溜め息が口から溢れ落ちた



「もう、関わりたくないのに。」



バレーに。関わった先には、絶対いるから。わたしをこの世界へ連れて行ってくれた人が

それなのに、何なのだ宮さんは。恥を偲んで先日打ち明けたのに。目立ちたくないし、飛雄と以前関係があったことは秘密にしてほしいと伝えたのに、あんな大声で。嫌がらせにも程がある。わたしが宮さんに何をしたと言うのだ…いや、してるか、十分。スケコマシとか色々言っちゃってるし、2回もプロスポーツ選手にグーパン決め込んだな。十分過ぎるか。いやいや。でも、それをさせているのは宮さんだし、宮さんがわたしにちょっかいを掛けなければ何もしない訳で、これは宮さんの自業自得だと思うとか責任転嫁してみる



「ドリンク作るとか、いつぶりよ。」



いつぶりかはわからないが、染み付いてしまっている一連の動作。粉と水を要領よく入れてシャカシャカと振る。これの繰り返しだけれど、慣れないと時間がかかる作業だ。時間をかけずに出来ているのは、長年やってきた証拠でもある



「何気に楽しんじゃってるし。」



ぽつりと落ちた独り言。わかっている。嫌いではないのだ。わたしも飛雄に負けず劣らずのバレー馬鹿だということ。スキル値は全振りしてないにしても、それに近いことをしてきた。じゃないと、隣を走れなかったから。だからこそ、認めたくないがバレーが好きで仕方ないのも事実だ

サポートメンバーをやるのは断ろう。でも、たまの手伝いぐらいならいいかもしれない。本当にたまに、なら。少し気晴らしにでも。でも業務優先で、飛雄と交わらない程度に



「結局、宮さんの手の平で踊らされてんじゃん。馬鹿。」



一人給湯室で吐いた深い溜め息とともに放った言葉たちは、ドリンクボトルの中へと吸い込まれて溶けていった



きみがいない世界のきらきら。
きみが教えてくれたきらきらは、結局わたしの世界でも光を放ってた。


(あ、都築さん!)
(あー、日向にも会ってしまった。)
(な、何だよ!なんでそんなに嫌そうなんだよ!!)
(いや別に嫌ではないけど、嫌。)
(よくわかんないけど嫌なんだろ!…ところで、影山と離婚したってホント?)


だから嫌だったんだよ。そうは言っても日向に悪気はないし、諸悪の根源は宮さんだし。思わず深い溜め息を吐けば、日向が「久々に会ったのに失礼だな!」なんて言ってプリプリ怒る。そういえば本当に久しぶりだ。日向は卒業後すぐ単身ブラジルに行ってしまったから結婚式に呼べなかったし、仁花ちゃんを通して結婚したことを伝えてもらったぐらいだ。こっちに戻ってきても会うこともなかったから。まじまじと日向を見れば高校の時に比べて身長が伸びて、さらになんだかがっしりしている気がする。他のみんなに比べればまだまだ小さいけど、なんか大きくなったな。あの頃は、なんて昔を思い出し、少し感慨深いものが込み上げてきて、「離婚した」と放った言葉が少し湿っぽかった。

あとがき


ぶっちゃけると派遣契約的には絶対アウトです。



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