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「真緒ちゃーん。」


「何ですか。お帰りください。」


「まだ何も言ってへんやん!」


「どうせご飯タカリにきたんでしょ!」


「えー、真緒ちゃん、一人でご飯とか寂しいやろ?」


「余計なお世話だわ!ボケェ!!」



寂しいのは自分じゃないのか、と心の中で毒づくも、これ以上何か言おうもんなら面倒なことになりかねないと思い、グッと押し黙る。扉の向こうでは「自分、益々飛雄くんに似てきたんちゃう!?」とか聞こえたが無視だ、無視。それでもお構いなしに、どんどんドアを叩かれて、ご近所への迷惑も考え、仕方なくドアを僅かに開ける。宮さんはすかさず開いたドアの隙間に手を差し込んでグイッと大きく開き、どうぞとも言っていないのに体を滑り込ませて侵入。これはもう不法侵入と言っても良いのではないか


何だってこう、毎日毎日…。


ここに引っ越してきて、隣が宮さんだと判明してから、つまりここに住み始めてから毎日のように押しかけてきてはご飯をタカリに来る宮さん。最初のうちはいつもの癖で作り過ぎちゃったりしたし、まあいいかと思っていたが、こんなに毎日来られちゃ堪ったもんじゃない。というか、この人暇なのかしら。元カノと遭遇してしまったが、たぶん彼女とかいるでしょ、スケコマシだもの。それなのに、強引に上がってはタダ飯を食らって帰るし…よくわからん



「凄く迷惑なんですけど。」


「ストレートやなあ。一人で食べるより、二人で食べる方が美味しいやろ?」


「いや、そういう問題じゃなくて。」


「あの、都築さん?」


「あ、やべ。ちょ、ちょっと待っててくださーい!」


「……まさか…男、連れ込んどる?」


「やめてくださいよ、変な言い方するの。まるでわたしが浮気したみたいな…あ、そうだ。宮さん身長何センチですか?」


「え、急におれに興味が出てきたん?それより、今の誰?」


「それはいいから、早く答えてください。何センチですか!」


「187センチやけど。」


「うん、丁度良さそう。」


「え、何が。」


「服、貸してください。一式。」


「え、なんで?一式って?」


「いいから!一式は一式!下着も全部!!こういう時ぐらい役に立ってくださいよ!!」


「自分何やねん!その言い草は!!」



ぶうぶう文句を垂れつつも、どうやら服は貸してくれるらしく、一旦部屋を出て行く宮さん。宮さんの背中を見送りつつ、赤葦さんがいるお風呂場に向かって「着替えを用意するので待っててくださいね」と声をかける。赤葦さんから、戸惑ったような声音で「今誰かいたよね?大丈夫?」と聞かれたが、「あはは」と愛想笑いで誤魔化しておいた。まあ、誤魔化せてはいないと思うけど何より説明するのがとてつもなく面倒だった

しばらくして再度鳴るチャイム。ドアの向こうには着替え一式を手にした宮さん。待ってました!とさっきとは打って変わって歓迎モードで招き入れると不服そうな顔で。なんて面倒な人なんだ。歓迎したらしたで、不満とは。



「自分何なん、ほんま。」


「説明するの面倒臭いです。」


「…じゃあ、貸さへん。」


「今日、ハンバーグですよ。」


「…た、食べ物で釣ろうったってそうはいかへんで!」


「目玉焼きもつけます。半熟とろとろのやつ。」


「クッ。」



どうぞ、と差し出される服。どうやら、半熟目玉焼き乗せハンバーグの効果は絶大のようだ。宮さんが持ってきた服を一応確認。ジーパンに黒のVネック、下着は新品。何というか、趣味は良いなと思った。ここで追い返すのはちょっと可哀想なので、仕方なく家に上げて、リビングに通す。新調したばかりの二人掛けリクライニングローソファーに座らせて、コーヒーを淹れてあげた。まあ、コーヒーは先程用意したものの残りなんだけど、黙っておけばバレないバレない

何か言いたそうな宮さんには「とりあえずコーヒーでも飲みながらここにいてくださいね」と言ってリビングを後にする。宮さんが持ってきてくれた服を手に、洗面所に向かった。まだシャワーの音がしているが、一応赤葦さんに声を掛ける



「赤葦さん、入りますよー。」


「あ、うん。」


「着替え、置いておきますよ?」


「ごめんね。ありがとう。」


「へえー?赤葦?」


「え、ちょ、うわっ。」


「え?何、都築さん、大丈夫?!」



急に背後から声がかかってびくりと跳ねる肩。振り返って頭のすぐ隣に、ドン、と突かれた手を辿れば至極面白くなさそうな顔でわたしを見下ろす宮さん。思わず後退りをして、洗濯機の横に置いていた柔軟剤が音を立てて倒れる。その物音にお風呂場にいた赤葦さんがシャワーを止めて、心配そうな声をあげると、宮さんの不機嫌度が一層増したように感じた


別にやましいことは何もないのに、なんでこんな後ろめたい思いをしなくてはいけないんだ!


宮さんが男を連れ込んでるとか言うから、こんな気持ちになるんだ。別にわたしの部屋に誰を上げようと宮さんには関係ない。飛雄とも別れているわけだし、ましてや宮さんと付き合っているわけでもない。それなのに、こんな後ろ暗い思いをしなくてはいけないのか、本当に納得がいかない

あまりにも返答がないわたしを心配して、がらりと開く扉。ギョッとして思わずお風呂場を振り向く。でも、何も見えない。正確には見えないように、目隠しをされて。宮さんがすかさずわたしの目を覆うように手を当てて、低く唸るような声で赤葦さんに向かって「こんばんわぁ」なんて挨拶をし、それに戸惑ったような赤葦さんの声がやたらとよく聞こえた



「な、え、宮?」


「この間の、ぼっくんたち交えた飲み会ぶりやね。」


「ああ、そうだね。」


「で?何で自分がここにおるん。」


「それはおれも聞きたいところだけど。とりあえず、服着るから。」


「おれの服やし心して着いや。じゃ、真緒ちゃんは退散しよか。」


「うわっ、ちょ、ちょっと!」



ひょいっと持ち上げられる体。俵担ぎで運搬される。もう少し丁寧に扱ってくれませんかね、と思いつつ、見えなくても感じるほど宮さんが不機嫌オーラを放っていて、余計なことを言うまいと口を噤んだ。

しばらくして宮さんから借りた服を着た赤葦さんがリビングに入ってきて、なぜか宮さんがそこどうぞなんて座るように促す。居心地の悪さに「コーヒー淹れてきます」と立ち上がろうとしたわたしの手を宮さんが掴み、グイッと自分のところへ引き寄せ、次いでわたしの肩に腕を回す。やたらと密着する体にグイグイと押し返して抵抗するものの男性、しかもスポーツマンの力に敵うはずもなく無駄な抵抗と化した。それを見ていた赤葦さんが「都築さんが嫌がってるよ」と一言。ああ、やっぱりこの人は常識人だわ!と喜ぶわたしを尻目に宮さんは面白くなさそうに舌打ちを一つ。パッと肩から腕は消え、その代わりにと、なぜか手を握られる。誤解されるから本当にやめてほしいんですけど!



「何ですか、これは。」


「おれが聞きたいわ。何で赤葦が自分の部屋におるん。」


「別に宮さんには関係ないでしょう?」


「ま、まあ、別に関係あらへんけど。」


「そもそも宮はなんでここに?もしかして二人ってそういう関係?」


「そうやけど。」


「違います!何嘘言ってるんですか、あなたは!!」


「ちゅーした仲やん!」


「同意なく、ね!宮さんが無理矢理したんでしょうが!!あ、赤葦さん、この人の言うこと無視して結構ですから。」


「あ、ああ、うん。」


「ちょい待ち、真緒ちゃん。おれと赤葦でなんか態度違わへん?!」


「赤葦さんは招いた客、宮さんは招いてない客。」


「さっきは歓迎してくれたやろ!」


「ぶっちゃけ宮さんの服だけあればよかった。」


「服だけが目的やったん?!持ち逃げもええとこやな!!」


「変な言い方しないでくださいよ!」


「何だろう、やり捨てされた女の修羅場みたいな会話…。」



ほら、誤解を与えた!


もう黙ってくださいよ、とテーブルの上にお茶請けとして出していたチョコレートを包み紙から出して、宮さんの口に押し込む。「そんなんで騙されへんからな!」とか言いながら美味しそうに咀嚼している宮さんに溜め息を一つ。ひどい疲労感だ。なんで自分の家に人を招いただけで疲れなければいけないのだ



「何を勘違いしているのか知らないですけど、わたしがベッドフレームの組み立てが出来ないから赤葦さんにお願いして来てもらったんです!」


「そんなんおれに言えば良かったやん!なんで赤葦に!!」


「だって宮さん頭悪いから!」


「そこまであほちゃうわ!組み立てくらいできるっちゅーねん!!」


「赤葦さんの方が頭良いでしょ!」


「眼鏡に騙されとんねん!」


「会話から滲み出るお馬鹿臭が凄いんですよ!」


「何やねん、それは!」


「ちょ、ちょっと二人とも…。」


「そもそもベッドフレーム組み立てするのに、何で赤葦が風呂入ってんねん!組み立てほやほやのベッドでヤるんか!ヤる気なんか!」


「はあ?!脳味噌まで下半身でできてるんですか、宮さんは!わたしが赤葦さんにコーヒーぶっかけちゃったからお風呂に入ってもらったんです!!」


「誰が脳味噌下半身やねん!真緒ちゃんもぶっかけとかお下品やな!!」


「二人とも落ち着いて!!!」



言い合うわたしと宮さんの間に赤葦さんが声を上げた。ハッとしてお互い居心地悪そうに口を噤んで頬を掻く。赤葦さんの前でやってしまった、と反省し、深呼吸をして宮さんに「言い過ぎました、ごめんなさい」と頭を下げれば、宮さんも「カッとなってしもた、すまんな」と続いて頭を下げた。すっかり温くなってしまったコーヒーを飲み干して、一息。ちらりと見た部屋の時計が20時を回ろうとしている



「もうこんな時間だし…とりあえずハンバーグ、食べますか?」


「食う!めっだま焼き、とっろとろの目玉やっきー!」


「え、都築さん。おれもいいの?」


「勿論です!嫌でなければ是非是非。というわけで宮さん、今日は一人前ですからね。」


「えー…まあ、しゃあなしやな。おれの分まで食うんやから心して食えや。ええな、赤葦。」



何がしゃあなしなんだ、と思いながら仕込んでおいたタネを焼くためにキッチンへ足を向けたわたしの背中に「宮、毎日そんなにお世話になってるなら、食費入れなよ」という赤葦さんの言葉が聞こえて、いい気味だ、もっと言ってやってくださいとエールを送った



一時休戦のハンバーグ
文句は全て肉汁で溶かしてやる


(真緒ちゃん、おかわりー!)
(もー、本当食費入れてください。破産します。)
(宮、食べ過ぎ。)
(赤葦さん、おかわりいりますか?)
(ちょ、扱い違わへん?!)


だって赤葦さんはお客様だし…と言うと、宮さんはすかさず「じゃあ、おれの立ち位置は何やねん」とツッコミ。答えを濁すように愛想笑いをすれば宮さんは気に入らないといった顔で唇を尖らせた。ああ、面倒な人だなあ。これ以上面倒な事態は避けたいので、とりあえず宮さんのお茶碗に山盛りご飯を盛ってあげれば、目を輝かせて頬張るその姿は尻尾を振る犬のようだと思った。ちらりと赤葦さんを見れば何やら思案顔。「どうしたんですか?」と聞けば、赤葦さんは困ったように笑いながら「都築さんって、宮の前だと生き生きしてるね」と一言。がっくりと肩を落とすわたしに宮さんは「そうやろー!」となぜか上機嫌でわたしの落ちた肩を抱いた。そしてわたしはわたしの肩に乗る宮さんの手の甲を思いっきり抓るのだった。

あとがき


よくわからん展開になっちゃった、てへぺろ。狐もイヌ科だから犬っぽくても大丈夫大丈夫…。



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