25 side MIYA


閉めたドア。次いで開けるのは今までいた部屋の隣のドア。玄関に体を収め、ドアを背にして、はあ、と息を吐く



「あー、くそっ。」



天を仰ぎながら、吐き出した言葉。この狭い玄関にはよく響いた。


ちょっと、脅かすだけのつもりやったのに。


まさか、歯止めが効かなくなるとは思わなかった。初めは確かに、少し脅かすだけのつもりだった。あの子が無防備過ぎてイライラしていたから。あの子のあのテリトリーに入れるのは自分だけだと思っていたのに、まさか赤葦がいるとは思わなかった。おれのことは嫌や嫌やと拒否するのに、赤葦はあんなにすんなり部屋に上げて腹立たしささえ感じて。だからちょっと思い知らせてやろうとしたんだ。赤葦も男だぞ、なんて自分のことを棚に上げて

それなのに持て余してしまった熱に、チッ、と舌打ちをして、靴を脱ぐ。そのまま、寝室に向かい、ベッドに倒れ込めば、ぎしっ、と沈むマットレス。シーツの波に体を埋めながら、天井を仰ぎ、先程まで手の平にあった温もりを確かめるように握り拳を作った



「あー…あかん。」



少しは鎮まるかと思ったのに、全然鎮まらない。何だ、おれは思春期のガキか。まあ、確かに精神的にガキ臭いところはあると方々から言われるし、それなりに自覚はあるが、そういう経験はまあまあ積んでいて


こんなに、なるもんやったっけ。


後引くような熱を残すものだったか。まあ、確かに自分の気持ち的には盛り上がっていたところを寸止めしたから、それも相まっていることは確かだ。でも、それとは別にいつもより興奮したのも確かで。いや、あかんな。泣いてる姿見て興奮するんわ、かなりの変態や。おれにそんな趣味はない。趣味はないが、確実にあの時欲情した

肌が柔らかくて、なんかいい匂いがした。まだ口内残る唾液が甘くて、頭がくらくらする。いつもだったら絶対にしないのに、首筋に顔を埋めて、馬鹿みたいに所有印なんてつけて。意識した。真緒ちゃんの影に隠れてる、あの男の姿を。だから、つけてやったのだ。あいつと同じところに。お前がいない今はおれが目をつけてんねんぞ、なんて柄にもなく



「ほんまにあかんわ。どないしよ。」



どうするも何もないんやが。

ムラムラするこの生理現象は結局のところ一人でに鎮まるわけがない。そういう時は二択だ。携帯を手に取って、コミニュケーションアプリを開く。適当な女の子を呼ぼうとして、手が止まる。呼べば来る子はたくさんいる。今からどうや?なんて投げかければ、すぐ来るだろう。でも、手が動かない。タップしてメッセージを送ればすぐなのに、なぜ



「あーっ!くっそ!」



どこにぶつけていいのかわからないこの感情を悪態とともに吐き出してみたが、何も収まるわけもなく。手の甲で目を覆って、深い溜め息を一つ。次いで勢い良く起き上がって、洗面所へ。ぽいぽいと服を脱いでバスルームへ逃げ込み、思いっきり冷水状態のシャワーを頭から浴びた



「さっぶ。」



冷水を浴びているので当たり前のように寒い。相当寒い。でも、火照ってしまっていた体には丁度良く、高まった熱もだんだんと収まってきた


何やってんねん、おれは。


ぶっちゃけ女に不自由したことはなかった。普通に彼女だっていたし、いない時は呼べばすぐ来るセフレがいた時期もあったし。だから、そういうのに事欠かなかった。プロのバレーボーラーになってからは余計に。でも、今はそういう気分じゃなかった。誰か呼んで、その誰かをあの子の、真緒ちゃんの代わりにする気分じゃない。真緒ちゃんの代わりに、と考えると物凄く萎えた。それは真緒ちゃんにも、呼んだ子にも何だか悪いような気もするし



「声が、良かったな。」



いつもは辛辣な言葉を吐く、あの声で、嫌だ嫌だと泣きじゃくりながら拒絶しつつも感じていて。甘い、声だった。ひどく甘い声をあの子は吐くんだ。まあ、泣いてたけど。もっと鳴かせてみたいと思った。もし、あれが、飛雄くんやったら、どんな風に彼女は鳴くんだろうか?まあ、確実に泣いてはいないんだろうけど

目を瞑ると、まだ瞼の裏にこびりついている真緒ちゃんの顔。頬が上気していて、おれを睨みつける目に涙を溜めて。顎を捉えた時に、震えた肩が、いつもの強気な彼女と違って、何だかギャップ萌えってやつで。今までの彼女やセフレと何が違うのかはわからない。強気な彼女もいたし、サド気質なセフレもいた。でも、あの子ほど心揺さぶられるような人はいなかったと思う



「何でやろなあ…。」



ぶっちゃけ、真緒ちゃんはタイプじゃない。今まで付き合った子とも、セフレだった子ともタイプが全然違う。色気はないし、申し訳ないが体型とか色々含めてちんちくりんと呼ばれる部類だ。なぜ、あの飛雄くんが真緒ちゃんと付き合って、結婚までしたのか正直わからない。今でも理解不能だ。でも、なぜか目が離せないのだ。あの、時々見せる寂しそうな顔を見たら放って置けないし、ムキになっているところは何となく可愛いとも思う。自分の予想とは違う反応をする彼女が新鮮だから、なのか。くるくる変わるその表情が面白くて。たまに見せる笑顔を見た時は何とも形容し難い気持ちになる



「あかん、ほんまにさっぶ。」



シャワーを止めればいいのに、馬鹿みたいに吐き出した言葉がバスルームに落ちて、シャワーと一緒に排水溝へ。この訳のわからない感情も一緒に洗い流せたらいいのにと思った。まあ、そんなこと、できるわけないのだが



「あー…明日、どんな顔して会うたらええんや。」



ふと、そんなことを考えてしまっている自分に心底笑えた。


明日も真緒ちゃんに会う気なんか、おれは。


所属部署も違う、別にチームの正式サポートメンバーでもない。まあ、部屋は隣同士だけど、会わないようにしようと思えばできる。あんなことしておいて、真緒ちゃんに会う気でいる自分に笑えてくる。どんだけ、だ



「会いたい、なあ。」



明日も、明後日も。



「阿保らし。」



頭から浴びていたシャワーを止める。鏡に映った自分の顔があまりにも情けなくて遣る瀬なくなる。濡れてやたらと額に張り付く前髪を後ろに掻き上げて、自嘲した



「真緒ちゃん、怒ってるんやろなあー。」



あんなに泣かせて、あんなことして怒っていないわけがない。以前キスしただけで、人のことグーパンするぐらい怒っていたんだから、今回のことでもう口すら聞いてくれないかもしれない


それは、少し寂しい、かもしれんな。


なんだかんだ、今日まで楽しかったから。揶揄い甲斐があって。バレーボールだけの人生に少しだけ、違う色が入って、新鮮味があった。会社の業務もバレーボール以外の毎日も少し退屈だったのに、最近までは結構面白いなと思えていたのに、なあ



「壊したんは、自分やけどな。」



あの子の触れられたくない部分に触れて、無理矢理あそこまでしてしまったのは自分なのに、ひどく落ち込んでいる自分がいてお笑い種だ。ちゃんちゃらおかしい話だ



「おれにも、ようわからへん。」



ぽつりと呟いた泣き言が、しんと静まり返ったバスルームにこだました。



感情の行き着く先は。
迷子のまま消えていくのだろうか?


(侑。)
(んー?)
(侑って本当、わたしのこと好きじゃないよね。)
(何でや?そんなことあらへんよ。)
(だって、一番はバレーボール、でしょ?)


いつかの彼女が放った言葉。何を当たり前のこと、言っているんだと思った。自分はプロのバレーボーラーで、バレーボールが一番に決まっている。でも、彼女が本当に言いたかったのは違ったのかもしれない。本質的に見抜いていたのかもしれない。おれが、彼女を本気で好きかどうか、を。その時は本気のつもりだった。だってセフレじゃなくて彼女だったし。タイプだったし。それなのに、何が言いたいのかわからなくて、首を傾げるおれに彼女が「侑は恋をしたことがないんだね」と言って、困ったように笑った。恋ってなんや、と思った。彼女に初恋は小学校2年生で、過去の恋愛の話もしたけど、結局「侑は馬鹿だなぁ」と言われて終わり。でも、今なら何となく彼女の言いたかったことがわかる気がしたんだ。


本当は一人で抜いとけと思ったんだけど、書いててさすがに自分でちょっと引いたので急遽路線変更しました。



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