04


なんだ、これ…。



「おー、来たな影山ー!」


「呼んどいて来たってなんすか。」


「いいから、ほらほら座りなさいよー。」


「はい、真緒ちゃん、詰めて詰めてー。」


「はあ…。」



ことは、一時間前に遡る。

宮さんがお昼に宣言した通り、終業時間ぴったりに迎えに来て、行かないと言ったのに拉致されるかの如く、腕を掴まれ、そのままずるずると腕を引かれるまま一軒の居酒屋に。拉致のようだ、じゃなくてこれは歴とした拉致事件だ、なんて思いながらも抵抗虚しく着いてしまった居酒屋に渋々入店して靴を脱いだ。店員さんに案内されるまま、用意されていた広めの個室座敷に入れば、良く見知った面々が目に入る

木兎さんに、黒尾さん、赤葦さんらが既にそこに鎮座し、少し汗をかいたビールを呷っていて宮さんが「もう始めてんのかいな」と苦笑を漏らした。この中で一番安全そうな赤葦さんの隣に迷いなく腰を下ろすと、黒尾さんが「まさかとは思うけど、おれの隣は嫌だってか?」と笑って言った。確かにスペース的には黒尾さんの横が一番余裕があるが、「絡まれたら面倒そうなので」と正直に一言。それを聞いた宮さんがお腹を抱えて笑っているのが視界の端に映った



「突然呼び出された?ていうか、都築さん初めてだよね、こういう集まりに参加するの。」


「あ、はい。宮さんに無理矢理…。」


「つか、接点どこよ。」


「会社で…。」


「会社?」


「株式会社ムスビイです。」


「あーはん?」


「都築さん、働きに出てんの?専業じゃなかった?」


「あー…。」



こうなるから嫌だったんだ、と言わんばかりに顔を顰めるわたしを楽しそうに見ている宮さん。本当腹立たしさしかない。ていうか、わたしはこの会にいる必要あるのだろうか。面子的にとても浮きまくっていませんかね?

赤葦さんや黒尾さんに質問されるがまま、すらすらと答えていたのに、専業の辺りで答えに詰まるわたしを見て二人が顔を見合わせる。そして、その目線が宮さんが頼んだビールを持つわたしの手、正確には左手の薬指を凝視して困ったような笑みを浮かべた


どんどん広がっていくし…。


隠すつもりはないが、自分から言うつもりはなかったし、言う必要もないと思っていたから、もう少し時間が経ってから徐々に離婚のことが広がっていくものだと思っていた。それなのに、予期せぬ方向、それも自分の予想の上を行くスピードでどんどん広がっていく離婚の事実に頭が痛くなってきた。なんでそうなったのか、とか、色んなことを根掘り葉掘り聞かれるのが目に見えている。思わず面倒だなと溜め息が溢れた



「はあー、そういうこと。」


「ていうか、都築さん、これ来て大丈夫?」


「え?」


「影山、来るけど。」


「はあ?!」



大きな声を上げて、宮さんを一瞥すれば、わたしの視線に気付いた宮さんが何とも意地悪な顔をしていた。この人は本当に…!

隣に置いていたバッグに手を伸ばし、「帰ります!」と勢い良く席を立とうとした瞬間、座敷の襖ががらりと開いて中に入ってくる面々。その中に今一番会いたくない顔を見つけて石化した。そして冒頭のやり取りに戻るのである



「つーか、なんで真緒がいんの?」



久しぶりに聴いた声。真っ直ぐに突き刺さる言葉に、なんて返そうか迷い、苦し紛れに手に持っていたビールを一口嚥下する。飛雄の顔を見ることができず、ビールの泡を見つめながら消え入りそうな声で「別に…誘われたから」とだけ返した。その回答に、「ふーん、あっそ」と興味なさげな声音で返し、それ以上何も言わずにわたしから離れた席に座る飛雄。視界の端でその姿を確認し、少しだけホッとした

飛雄の周りには星海さんや牛島さんたちが腰掛けて、これは何の集まりなのかと言いたくなった。ていうかもう浮きまくりだし今すぐ帰りたい。そう必死の思いでここに強制連行…否、誘ってくれた宮さんを見つめるも「楽しい会になりそうやなあ」と笑い返されて虚しく終わる。全然楽しくありませんけどね、わたしは



「影山、奥さんの隣にいかなくていいのかよ。」


「別に、関係ないんで。」


「はあ?」



もうその言葉で察してくれよ!そう心の中で叫んでも、星海さんに届くわけもなく、意味がわからんと言った顔で答えを求めるようにわたしと飛雄を交互に見遣る。もうそれ以上追求しないでほしいし、なんならこっち見ないでください。視線から隠れるように赤葦さんの腕を掴んで引き寄せる。「壁になってください」と頼めば、「はいはい」と言って嫌な顔一つせずに言う通りにしてくれる赤葦さんが仏様のように見えた。どこかの誰かさんとは違い後光が差しよるわ、ほんま


関係ないとか、何よ。


何だかんだ、さっきの飛雄の言葉に落ち込む。確かに、もう関係はない。わたしと飛雄の間になんの関係性もないけど、確かにその通りだけど、そんな言い方しなくても。もうちょっとオブラートに包むとかしなさいよ、と思いながら目の前のビールを一気に飲み干す。スッと赤葦さんがおかわりを頼むためにドリンクメニューを差し出してくれて、赤葦さんの何気ない優しさが色々傷付いた心にはグッと来るものがあった

酔わないとやってらんない、と店員呼び出しボタンを押して赤ワインをデキャンタで頼む。「おいおい、大丈夫か?」と黒尾さんが心配の声を上げたが、それに「大丈夫です!」と言って笑う。ちらりと飛雄を見ても、全くと言っていいほど交差しない視線に、はあー、やってらんね!と心の中で毒付いた



「都築さん、何の仕事してるの?」


「経理事務です。未経験なんで覚えることたくさんで目が回ってます。」


「最初なんてそんなもんよー。経理かあ、お堅い仕事だな。おれには絶対無理。」


「黒尾さんはデスクでじっとしてるより営業とか外回り系が合いそうですね。胡散臭い営業スマイル得意そう。」


「褒めてんの?貶してんの?」


「半々くらいですかね。」


「半々!」



ゲラゲラ笑う黒尾さん。この人の読めない感じ、相変わらずだな。頼んだデキャンタを受け取りながら、苦笑い。グラスに注ごうとしたところで赤葦さんにデキャンタを奪われ、不満気な顔をしていると、「手酌なんてさせられないから。ほら、グラス」と言われて注いでくれるつもりだったとわかって申し訳なく思いながらデキャンタとともにやってきたグラスをずいっと前に差し出した



「はい、真緒ちゃん詰めてー。」


「なんで隣に来るんですか…もう定員オーバーですよ。」


「こっちの方がいじり甲斐があって面白そうやから。」


「元の世界へお帰りください。」


「ははは、真緒ちゃんってば照れ屋さんなんやからぁ。」


「うるさい、ほっといてくれ。隣来んな。」


「都築さん、宮にきついね。」


「この人すごい嫌な人です。」


「すっげえ、ストレート!」



トイレから戻ってきたらしい宮さんがぐいぐいと人のことを押しやって結局無理矢理隣に座ってくる。さっきの席に戻ればいいじゃんと言わんばかりのわたしの視線にゲラゲラと笑う宮さん。この人も意味わかんないな、本当

木兎さんに言って少し端の方へ寄ってもらい、少しできた距離に密着度が減ってホッとする。宮さんと赤葦さんにサンドされてる状況は何とも居た堪れない。飛雄をちらりと見たけど、やっぱり視線は交差しなかった。いや、まあ別に関係ないから気まずくなる必要もないんだけど、離婚したばかりで急にハメ外してんなと思われるのも心外だし、と誰に対しての言い訳がわからない言葉を脳内で巡らせる



「はあー、やってらんね。」



お酒も相まって口がどんどん悪くなる。グラスに入った赤ワインを一気に飲み干せば、鼻を抜けるアルコールの匂いにくらくらした。喉がきゅうっと焼ける。


あー、酔いたい。


赤葦さんに注がせ続けるのは気が引けたので、宮さんにデキャンタを押し付け、グラスに注ぐように顎でしゃくってみせれば、「なんや、まさかおれに注げってか」と言いながら笑顔でわたしのグラスに赤ワインを注ぐ宮さん。あなたが無理矢理引っ張ってきたのだからこれくらいしてもらってもいいはずだ、なんて態度で、注がれた赤ワインを呷る。今日は金曜日だから明日は土曜日で仕事はお休みだ。二日酔いになろうが関係ない

朝早く起きれなくてもどうせ飛雄はいないから、何もしなくていい。寝てればいいだけだから。そうだ、関係ない、んだから。アルコールでくらくらしてきた頭の中で、飛雄から放たれた言葉を何度も繰り返せば、やっぱり少しだけ、ほんの少しだけ胸がちくりと痛んだ



名前のない関係
ただ関係がない、それだけ。


(おいおい、本当に大丈夫か?)
(都築さん?)
(宮さん酒寄越せ。)
(キャラ変わりすぎやん!酒乱か!!)
(宮、笑い過ぎ。ていうか、それ以上酒やるなよ。)


放っておいてくれ、もう。こちとらお酒飲んでないとやってらんないくらい心が荒んでるんだから。それなのに隣の赤葦さんからスッと取り上げられたグラス。まだ飲んでるのに、と唇を尖らせるわたしへと差し出される、さっきまでとは違うグラス。中で透明な液体が揺れている。アルコールで侵されたこの頭でもそれがお水だとわかるのに時間は掛からなくて、「いらない」と拒否すれば、「いいから」と言って押し付けられて渋々受け取るものの、まだ酔いを覚したくなくて口を付けずに手元で温めて見つめるだけ。グラスの冷たさで火照った手の体温を奪っていく。次いで、スッと手からグラスが上へと消えて、え?と思うのも束の間、ぽかんと開いた口の中に流し込まれた水に溺れそうになった

あとがき


影山と夫婦でいるにはオブラートに包んでたらやってらんねえと思う。



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