突然の、宣戦布告。


あの時の倉田さんの言葉がそういうものだったというのを知ったのは、それからすぐのことだった



「二口ー。」


「んー?」


「なんか一年生がお前のこと呼んでんぞー。」


「え?誰。」


「えっと、お前と同じ委員会の倉田さん?だっけか。」


「倉田?ああ、おー。今行くわー。悪い、篠山、ちょっと行ってくるわ。」


「え、あ、うん。」



昼休み。女川と二口と三人で対戦校の試合を動画でチェック中。急にクラスメイトの男の子が二口の名前を呼んだ。どうやら一年生が二口に用事があって、それで中に入るのはあれだから、とその人が気を利かせて二口を呼びに来たらしい

「一年生女子に呼ばれる用事なんてあったか?」なんてわたしに聞いてくる二口。知らんがな、と思っている間に二人の話は進んでいて、そこから聞こえてきた名前にぴくりと肩が跳ねる


また、倉田さん。


最近多いね。ここ最近、ずっと倉田さんは昼休み、放課後、時間を見つけては二口を訪ねてくる。こうやって動画チェック中に来ることも多くて、少し困っていたりした。でも、まあ、委員会の用事とか、二口にしか言えないことかもしれないから黙っているけどさ



「二口は相変わらずモテてんな。二口に彼女ができたら寂しくなるなー?」


「あー、はいはい。」


「小夜!いいの?!あれで!!」


「わっ、びっくりした。急に大声出さないでよ!」



女川がニヤニヤしながらわたしを見遣り、揶揄ってこようとしているがわたしはそれをさらりと流す。目の前の対戦校の選手の特徴やら動画を見て気付いたことなどを書き留めていると、突如、わたしの耳を破壊しそうなほどの声が隣から響く。鼓膜が破れるかと思うほどの声量に心臓ばくばく。恨めしげに横を見れば、憤懣やる方ないといった様子の友達が一人



「ここ最近ずーっとこんな感じじゃないの!なんであんたは何も言わないの!!」


「だって、二口に用があるんでしょ?わたしが口を挟むことじゃないもん。」


「だーかーら!小夜はそれでいいのって聞いてるんでしょ!」


「いいのって聞かれても……。」


「二口くん取られちゃうよ!?」


「取るとか取らないとかもらうとかもらわないとかみんな二口を物みたいに扱って。」


「あーっ、もう!小夜、あんたどんだけ鈍いのよ!!そういうことじゃないでしょ!!」


「う、耳がキンキンする……。」



耳元でそんな大声出さないでよう、と唇を尖らせるわたしに、友達が「そんなことを言う口はこの口か!」と膨れかかったわたしの頬をぐりぐりと潰しにかかってくる。痛い痛い痛い!


二口が取られるとか言われても。


わたしには関係のない話だ。大体二口はものじゃないんだから、取る取らないとかそういう言い方もどうかと。もらうとかもらわないとかも。そもそも二口が決めることだし、わたしが口を出していいことじゃないよ、と言えば、「そうだけどさあ…」と口ごもる友達に、それ以上は聞きませんという態度でノートにつらつらとさっきの続きを書き記す



「待たせたなー。」


「何で二口、お前ばっかり!」


「びっくりした…か、鎌先先輩、ど、どこから。」


「何で鎌先さん泣いてんの?つーか、何で鎌先さんここにいんすか。」


「二口が女の子に呼ばれたのが相当悔しかったんでしょ。」


「はあ?意味わかんねえっす。」


「え、ちょ、女川冷静過ぎない?まず鎌先先輩がここにいることを不思議に思おうよ。」


「篠山が気付いてなかっただけでさっきからずっといたよ。」


「え。」


「……どうせお前にはわかんねぇだろうなぁ!!」


「だーっ、もう、むさ苦しいっ!鎌先さん、邪魔だから自分のとこに戻ってくださいよ!!」


「先輩に向かって二口このやろぉ!くっそ、早く爆発しろっ!」


「爆発しろって何すか?!」



ったく、と肩を竦める二口。すとん、とさっきまでいた席に腰を下ろして、わたしと向かい合わせ。ノートに書き写された文字を見ながら、頬杖をつく二口にわたしはさっきまで騒いでいた友達の言葉を思い出す


それでいいの、かあ。


そんなことを聞かれても、どうしようもない。その問いの答えなんてわたしの中にないから。だけれど、その言葉が妙に胸に突き刺さってちくちくと痛みを伴うのは何故なのだろうか



「ねえ、二口。」


「んあ?何だよ。」


「倉田さん、何の用だったの?」


「あー…まぁ、篠山には関係ねぇことだな。」


「……まあ、そうだよね。」



ちくり。胸に突き刺さる棘。刺さって、じわり、じわりと広がる痛み。ちくちくと痛かっただけなのに、それは徐々にずきずきと大きな痛みに変わって、胸が、痛い


関係ない話とか言われたら、余計に口出しなんてできないじゃん。口を出す気も、ないけどさ。


関係ない話。そう言われればそれ以上聞くことなんてできない。それは二口と倉田さんの話で、わたしが入る話じゃないってことだ。二口は口が堅い。だからよく慕われて相談されることが多い。わたしには嘘ばっかり言う二口だけど、周りの人全てにそういうわけではなくて。特別わたしが嘘に引っ掛かりやすくて揶揄いやすいからっていうのもあるんだろうなぁ

二口は何だかんだ言って面倒見がよくて、飾らない言葉で返してくれるから、部内外の色んな人から色んな相談されているのを結構見掛ける。そういう時は絶対にそのことを誰かに話したりなんかしない。だから、きっと倉田さんもそういう類の話なんだろう



「あ、篠山。」


「……何?」


「まつげ付いてる。」


「え。どこどこ?鏡は…。」


「取ってやるから、目、瞑れ。」


「あ、うん。」



ポケットから鏡を取り出そうとしたら、それを止める二口。どうやら二口が取ってくれるらしい。言われるままに目を瞑って、二口の声を待つ。瞑った瞼の裏に少しだけ影が差した。二口の指先が頬に触れた瞬間、びにょーんと両頬が伸ばされる感覚にびっくりして瞑った目を開ければ、意地悪な笑顔が一つ



「うわー超ぶっさいく。」


「にゃにふんの!」


「おーおー、よく伸びるな。餅みてえ。」


「はにゃせ!うそふひ!!」


「嘘は言ってねえだろー。誰だってまつげぐらい付いてるだろうが。」



な?と首を傾げる二口。「屁理屈ばっかり!ばか!」と言って二口の手を振り払う。ぱっと離れた手に、元の位置に戻る頬の肉。ひりひりと痛む頬を擦って、目の前でにやりと笑う二口を睨み付けた


わたしには嘘ばっかり……。


でも、倉田さんにはそうではない。そのことに少しだけまたちくり。ああ、もう。なんだこれ。いつもそうだ。嘘ばかり吐く二口も、嘘ばっかりの二口を信じちゃってるわたしも嫌になる

諦めたように溜め息を吐いて、ノートを見ようとして、出来た影。それと頭に掛かる重圧にびくりと肩が跳ねた。ゆっくり、その影を辿った先にそっぽを向いた二口が唇を尖らせながら不器用なその手でがしがしとわたしの頭を撫でて



「すげえ髪型。」


「ぎゃっ!」


「篠山、どうした、髪型ひどいぞ。」


「お前のせいじゃ!あほう!!」


「よし、じゃあ、動画の続き見んぞ。」


「何がよしなんだ!ごらあ!!」


「はは、すっかり二人の世界だなー。」



今度こそはポケットから鏡を取り出して、二口の手によってぐちゃぐちゃにされた髪型を整える。もう、と口では怒りつつも、実は、少し元気をもらっちゃってたりして。二口の言う嘘も、倉田さんの関係ない話も、わたしを落ち込ませるけど、二口のその手は暖かくて好きだよ、なんて柄にもなく思ったりの動画視聴再開昼休み



この胸に突き刺さった棘を取り除いて
ちくちくと痛み出して、穴が開く前に、どうかきみの手で。


(女川、いたのかよ。)
(最初からいたわ。忘れんな。大体お前ら二人の世界に入っちゃっていやぁね。)
(は?何だそれ、きも。)
(あ?何だと?)
(ちょ、ちょいちょい、ストーップ!)


がたり、と椅子が倒れる。急に喧嘩を始めそうな不穏な空気にストップを掛ければ、やれやれといった様子で倒した椅子を戻し、そこにすとんと腰掛ける二人。もう、と言ってわたしはさっきまで三人で話していた内容をノートに書き記す。それをじいっと見ているだけのきみ。時々間違った字をばかにされたり、内容についてあーでもない、こうでもないと意見を言い合って。そんな当たり前の中にある昼休みの一片。そんな今の教室の中はとても騒がしいはずなのに、なぜかここだけすごく穏やかで、隔離された世界みたいだった


一方的ライバルが出現した!


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