深い夜は、吸血鬼がより一層活動的になる時間。
「誰だオマエ」
『ふふ、見つけたわよ佐野万次郎。いや、無敵のマイキー』
「………」
『オトナシク血を寄越しなさい!』
闇夜の吸血鬼は、昼間より何倍ものパワーを発揮する。足に力を入れ、一気に男の元へ飛び掛かる!
『さあ、血を…っ、!?!?』
「………」
『な、なんで!どうして手を縛られてるのよ!アンタ何したの!?』
「何って、なんか気色悪いのが飛んできたから、タスキで腕縛っただけだけど?」
『き、気色悪いですって!あたしは、男を骨抜きにするキバを持った吸血鬼って有名で……!』
「ふーん。どれどれ」
『…んあっ、!』
縛られた腕に身動きできず、へたりと座り込むあたしの顎を掴む。強引に上を向かせたあと、口の中に手を突っ込む佐野万次郎。
「へー吸血鬼のキバってこんななのか…」
『…んぐっ、ははひははいよっ、!』
「ははっ。何言ってるか、わっかんねぇな」
『っぅ!』
声をずっと低くして言うこいつに、ゾクリと背筋が冷える。こいつ、普通じゃない…!
でも…、無敵と言われるこいつの血を飲めば……あたしはもっともっと、強くなれる。
『ん゛っ、!』
「っ!」
口の中で好き勝手暴れる指を噛む。抑える力が強くて、思ったより傷を与えられなくて悔しい。
でも少量の血が口の中に広がった。味わったことのない、不思議でなんだかよくわからないこの味は、こいつを表しているみたいだった。
「へぇー…、やるじゃん。じゃあお仕返し」
『…んんっ!?』
「…んっ、は」
『んっ、ンぅっ…』
あろうことか、顎を掴んだまま、キスをしてきた。さっきまで口の中で暴れまわっていたのは手で、今度は舌が好き勝手に暴れまわる。
佐野万次郎の少量の血と唾液が混じって、もうぐちゃぐちゃだ。口から垂れる唾液なんてお構いなく、まるで吸い尽くすようなキス。
一度味わったら戻れない気がして、こわい。
「っは、ダラダラ垂らして、みっともねぇー」
『…っ、ふ。さいあく、さいてい!』
「泣いてやんの、ダセー」
『…ぐすっ』
「今度からは、よく考えてから行動しろよ?」
手を縛っていたタスキを、いつの間にか外して、嬉しそうに笑いながら闇に消えていった佐野万次郎。
悔しい、悔しい!!
こんな屈辱は初めて。絶対にモノにしてやる!!!
*
「え、じゃあマイキーに手出したの!?」
『そうよ。あの無敵のマイキーにね』
「……よくやったね」
『あら?妹なのに随分と弱腰ね。無敵のマイキーなんて名ばかりで、あたしのキバに目がとろんとしてたわ』
「はいはいそうですか…。あっ、」
『今頃、あたしのキバを思い出して、惚けてるはずよ。あなたのお兄さん、きちんと躾したら?大体…』
「ばぁっ♡」
『っ、きゃぁあーーーっ!!』
「っ!うるせぇー、」
『佐野万次郎!な、な、な、なんでここに!?』
「だってここ俺んちの前だもん。こんな所まで付けてくるなんて、相当暇だな!」
『なっ!あたしはただっ、』
「あー珍しいと思ったんだー。いっつも男の子つれて歩いてるナマエさんが今日やたらとウチに絡んでくるから。そっかマイキー待ってたんだ」
「エマのダチ?」
「うーん、なんとも…。有名人というかなんというか…」
『あら?低辺の方々と一緒にしないでくれる?ここだってたまたま通りかかっただけよ』
ニヤニヤと嫌な笑顔を浮かべる佐野万次郎。
今日こそ、ギャフンと言わしてやる!!
『まぁ、あたしに血を寄越す男なんて五万といるんだけど…。佐野万次郎、特別にあなたの血も啜ってあげてもいいわよ?』
「……懲りねえやつ」
『あらあら!こちらも弱腰かしら?兄妹そっくりね』
「もうウチは家入るからね……」
佐野万次郎の妹は呆れ顔で中に入ってしまった。失礼な子ね。
「あの、すみませんちょっといいですか?」
「佐野くんに用事があって…。いいですか?」
「ん?」
『あたしはかまわないわよ』
佐野万次郎の妹ではない声と、それを先頭に5人くらいの女子グループが割って入ってくる。
声をかけた女はいかにも清楚系の大人しめな子。それにその取り巻き達…。さっきから睨み付けてきてあたしに用がありそうね。
「前に佐野くんに助けてもらったことがあって…。その節は本当にありがとうございました」
「そーだっけ?ごめん覚えてないや」
「あ、いいんです。それでその時のお礼です…」
そんなやり取りを横目で見ていると、取巻き達に呼ばれる。面倒くさいけど、こういうのにはなれているから、まあ何となく展開がよめる。
「苗字ナマエさんよね?」
『光栄ね、名前を知っててもらえるなんて』
「アンタ佐野くんにも手を出すわけ?」
「何人もの男たらし込んで…、メーワクなんだけど?」
『迷惑かけたつもり無いし、あたしが誰に手を出そうが勝手じゃない?』
「っ、アンタみたいなの佐野くんが相手にするわけないでしょ!」
「マジムカつくこの女!」
よく喋る喋る。AとBとCとD。
『ハァー…友だちE子のためによくここまでするわね』
「E?アンタ何言ってんの?アレをだしに佐野くんに近づく為だから」
『……こっわ』
「はぁ!?アンタだって同じでしょう!まあ…、あの母親の血を引いているんだもの。男たらしが招く結果は同じよね」
『っ!?』
「血に飢えて暴走して…、最終的には父親がとどめを刺したとか?アンタもその内暴走するんじゃない?」
『それはっ、……関係ないわ』
「より強い男の血をって考えているようだけど、意味あるのかしらね」
「みんな!付いてきてくれてありがとう!終わったよ」
「っ、じゃ苗字さん、暴走しないように気をつけて」
サヨナラ、と吐き捨てる取巻き軍団と、その後ろを歩く清楚系のE子があたしに頭を下げて帰って行った。
家の事情を、知らないはずの街まで来たのに。昔のことを思い出すのは、かなり嫌。
「おい」
『っ!』
「オマエも用があんだよな?なに?」
『……別にない。帰る』
これ以上ここに居たくない。
今日のところは一旦引いて、佐野万次郎との決着もまた日を改めて……、
『ちょっと、何で腕つかむのよ!?あたし帰るって言ったわ!』
「うーん」
『離しなさいよ!!』
「なんかオマエに言われたことの逆をヤリたくなるんだよな♡」
『はぁっ!?』
「まあ、いいから」
ズルズルと引っ張られる。
前から思ったけど、力強さは元より、この逆らえない空気は何なの!?背だってあたしより少し大きいだけなのに…!これが無敵のマイキー?
『というか、何処へ行くのよ!』
「んー?オレの部屋」
『っ!?』
*
『………』
「オマエ、さっきから何ソワソワしてんの?」
『べ、別に!普通よ…』
「ふーん。てっきり男の部屋に入るのが初めてなのかと思った」
『な…!っだから言ったでしょ?何人もの男をキバで虜にしたって!慣れてるわよイロイロとね?なんならアンタも試してみる?』
「オマエさ、そんなだといつか痛い目みるぞ」
『っ、何よ、お説教なんていらないわ…。これがあたしのやり方よ』
「はぁ。ま、いいや」
そう言って佐野万次郎は、ソファから立ち上がる。肩にかけていた学ランを脱ぎ捨てて、ベッドに腰掛けるあたしに近付いてきた。
『な、なによ』
「何って血が欲しいんだろ」
初めてあったときみたいに低い声。
まずい、そう思ったときには遅く、肩をポンと押されて、ベッドに組み敷かれていた。
「どっから吸いたい?首かそれとも腹とか…?」
『っ』
Tシャツをわざとらしく捲りあげ、腹を見せる。細い腰のわりにはしっかりとある腹筋に思わず釘付けになってしまう。
「エッチ」
『なっ、ちが』
これからあたしは佐野万次郎の血を吸うはずで、優位な立場のはず。なのに完全にこいつのペースに乗せられている。体が思うように動かない。
「あー、オマエはこっちの方がいいか」
『…やっ、それはやだ』
「何で?この前きもちよさそーにされてたじゃん?涎ダラダラ垂らして」
『っ、』
「あん時みたいに、まずは指突っ込んでぐちゃぐちゃにしてからにする?」
『や、めて』
「慣れっこなんだろ?わざとらしくベッドに座って、挑発して。それで、やめてって通用しないよなぁ?」
言い返す暇もなく責め立てるように言う。
いいようにされたくない、負けたくない。あたしは強くなる為に最強の血が欲しい。だからこんなチャンスは逃したくない…!
『…マンジローの血が欲しい、』
「っ!」
『…あたしのキバで気持ちよくなって?』
「っは、すげー誘い文句」
佐野万次郎は、仰向けにされていたあたしの腕を引っ張り、向き合うように体勢を変える。
「ん、いいよ」
『っ、虜になっても知らないわよ』
「そん時は責任とってくれんだよな?」
『っ!うるさい、』
誘い文句、なんて。アンタのほうが余程…なんて思うより、目の前の佐野万次郎の首筋に夢中になる。Tシャツから覗く鎖骨、喉仏、細いのにしっかりとした首筋。吸い込まれるように、そこにキバを当てた。
『はぁ、んっ……ん』
「っ、
『んっ……んっ、』
無敵の血を啜っている。それだけで気持ちが昂ぶっていると自分でもわかった。
やっぱり、不思議な味。
柄にもなく無我夢中で吸う。
「はっ、」
『っ!』
上を向いて、耐えるように佐野万次郎から漏れる声。その姿に胸がドキリと音をたてる。……なんだかいい気味。そう思い、首筋からキバを離して、わざと耳元で囁く。
『マンジロー、気持ちい?』
少し息も混ぜて伝えれば、ビクビクする体。
無敵のマイキーをこうしていること、すごく興奮する。気分が良くなって、また首筋にキバを向けようとすると、佐野万次郎の左手があたし後頭部に回り、左耳にかかった髪をサラリと梳いて、耳元に唇を近付ける。
「ん、気持ちいい…」
『っ!?!?』
「オレの血、うまい?」
『っ、不思議な味がする…』
「そっか…、ん…」
『ひゃ…、!?』
「あ、もしかして、耳キモチイイの?口、止まってるよ?」
『ぁっ…、やぁ、待って!』
「またない♡」
『耳元……っ、やだ……!』
「さっき言ったよな?オマエが言う事の逆をヤリたくなるって…」
『っ……』
「だからそれ、逆効果」
『…ぁっ』
「…オレに拘る理由も、オマエがやたら強がってる理由もわかったし、」
『…さっきの聞こえてっ、!?』
「オレの血を飲んだんだ。オマエに拒否権はない。…だから、ナマエの過去もこれからも、全部引っ括めて、オレのモンだ」
『……なっ、』
「オレの血で暴走を止められるかなんて確証はない…ただ、」
『……っ、』
「暴走できないくらい、うんとキモチヨク管理してやるから覚悟しろ♡」
な、なにが起こっているの。訳がわからない。佐野万次郎はさっきの話を聞いていて、あたしが強くなるために無敵の血を欲しているのも知って…。何もかもお見通しで…。管理するって何?過去も未来も?まるでずっと一緒にいるかのような言い方。
強引で、いつでもあたしより優位に立つ男、佐野万次郎。悪い気がしないのはなんでかしら。
『あたし、結構束縛するわよ、万次郎?』
「ナマエこそ、メンドクセー男に捕まったぞ」
fin