悲報はあまりにも突然だった。父の乗る船が難破した知らせを聞いたその瞬間、目の前が真っ暗になりその後どうやって家に帰っただとか記憶があやふやで。けれど父の悪運は強かった。船も財産も全てなくなったけれど父は帰ってきたのだ。それからは、町を離れ唯一残された田舎にある別荘での生活の始まりである。兄と一緒に働く私をよそに姉は何かにつけては、以前と同じ様に爪を研いだり鏡を眺めていた。
そんな生活にも慣れ始めていた頃、一報が入った。父の船が引き上げられしかも中から財産までもが出てきたという。兄や姉は大喜び、父も早急に身支度を済ませ町へ行ってくると言った。

「なまえ、お前はお土産は何が欲しいんだい?」
「何も…父様が無事に帰ってきてくれたらそれでいいわ」

私の答えに父は困ったように眉を下げた。本心で言った事だが父を困らせるのも忍びない。かと言って姉たちの様に、服や毛皮やらを欲しいとはこれっぽっちも思えなくて。

「気にしなくていいんだ…好きなものを言いなさい」
「じゃあ、バラ……バラが欲しい。ここじゃ育てられないから」

必ず持って帰るよ、と父は満面の笑みで家を出た。

***

森のずっとずっと奥深くには決して近付いてはならない城があるよ、恐ろしい野獣が住んでいるのだから。

わいわいと賑わう町には少し不釣り合いなその噂が古くから語り続けられている。子供を守りに近づけない為だとか色々な説があるが本当のところは誰も知らない。だが確かにそれは紛れも無い真実だったのだ。

「…人とはやはり愚かな生き物だな」
「!!?」

町来たところまでは良かったが、問題はそこからで。船から上げられた財産を見た者たちが起こした裁判により結局財産は手に入れられずじまい。途方に暮れ道なりに進んだ結果がこれだ。振り返ったそこは件の妖が忌々しそうに私に視線を下ろしている。あの船から命からがら生き延びた時に運は使い果たしてしまった様だ。

「貴様か盗んだバラがどんな物か知っているのか」
「そ、それは、その…っ」

目の前に立つ野獣のその圧倒的な威圧感に今にも押しつぶされそうになる。恐ろしい見た目も相まってうまく言葉が喋れない。

「……命を助けてやった礼がこれか、恩知らずめ」
「そんな、大切な物とは知らなかったんだ…っ!娘が欲しがっていて…それでつい…」

せめてもう一目でいいから家族に会いたかった。いつか終わるかもしれない自分の命に体が震える。其の鋭い爪が下されるのを今か今かと恐怖していたが、上から降って来たのは爪でも痛みでもなかった。

「バラの代償に娘のうち1人を渡せ。…そうすれば貴様の命は見逃してやろう」
「そんな……」
「逃げようなどと考えても無駄だ…その時は貴様の家族を皆殺しにする」

さあ行け、と促されるまま野獣の用意した馬に乗る。そして逃げる様に森を後にした。町を抜け暗い夜道をひたすらにかけて転がり込む様に家に入った。

「父様っ??!」

騒ぎを聞きつけのだろう子供達の心配そうな視線を感じながらただただ謝罪の言葉を言い続けた。

 


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