「…何よりも愛おしい」

父の言葉とは言えいざ目にするまで信じていなかった。だがどうだろうか、樹々がざわめき森が開き中から城が姿を現した。入ったら後戻りはできない、けど父は私のお願いを聞いてくれたのだ、だから…。

「見守っていて…父様…」

重い扉が開き中に入るとそこはいかにこの城が立派かを語っている様だった。ゆっくり周囲を見回しつつ中へ徒歩を進めるも鬱蒼とした城の中には私の靴音しかしなかった。

「ねぇ、誰かいないの…!」

返事はない。相変わらず静まり返ったままの城の中をあてもなく彷徨い続けていると急に風が吹いて、その風と共に背後に誰かが佇んでいる事に気付いた私は振り返らずそのまま口を開く。

「父の代わりに来たの、私はなまえよ」
「…どうやら父親より勇気があるらしいな」
「ねぇ、…振り返ってもいい……?」

肯定も否定もしないのをいい事に私はゆっくり振り返った。後ろまで返ったところで閉じていた目を開き視線を徐々に上へとあげる。

「っ、…」
「恐ろしいか」

何か言わなきゃ、そう思いながらも彼のその問いに答えられず固まったままの私のそんな反応をもう慣れたと言わんばかりに彼は鼻で笑った。けれど一瞬だけほんの少し細められた瞳に傷付けてしまった、とそんな事を漠然感じて、父を、私を殺そうとしている相手に何を考えているのだと慌てて頭を振る。

「いかにも人間らしい反応だな」
「…ご、ごめんなさい…」

何が気に食わなかったのかはたまた全てなのか眉間にしわを寄せ1人踵を返した彼を私は慌てて追った。どこへ行くのかも知らないがこの大きな城の中で迷子になるのはごめんだ。

「……城の中はどこへ行ってもいい、だが西の外れには行くな」
「何かそこにあるの…?」
「貴様には知る必要のない事だ」

長い廊下を彼の背中を追うように歩く。ぽつりぽつりと交わされる会話に答えていると一つの部屋の前でその歩が止まり扉を開け促されまま中へと入る。見た事のない様な装飾の施された部屋は父の身代わりであるはずの私には広過ぎるくらいだ。

「好きに過ごせ。…ただし毎日夕餉には必ず大広間に来い」
「え、あっ!」

物珍しそうに室内を眺めていた私に背を向け部屋から出て行くのを感じ、とっさに服の裾を掴んでしまった。足が止まりゆっくりと振り返って見下ろされる。黄金色の瞳は何を考えているのか読み取れない。

「まだ何かあるのか」
「貴方の、貴方の名前は…なんて呼べばいいか分からないから」

言いたいことはたくさんあったが出て来た言葉はそれだった。自分でも何故それを聞いたのか分からなくて、そして多分それは目の前の彼にも伝わった様で。

「…何とでも呼べ」

掴んでいた服を振り払われ今度は止まることなく、少し乱暴に扉が閉め部屋から出て行った。接すれば接するほど彼が分からなくなってくる。直ぐに殺されなかったという事は、きっとこの先ずっと私はここにいる事になるのだろう。何も語らないこの大きな屋敷の主人に私は1人になった部屋で小さくため息をこぼした。
  


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