どこにでもあるような村にその姉妹は住んでいた。姉の名前は菖蒲、妹を桔梗と言い美しく霊力の高いその巫女姉妹の噂は巷では有名で、知らない者はいないという。末の妹の楓も上の姉二人の手伝いをしながら仲睦まじく暮らしていた。ある日そんな姉妹のもとに何時もの様に妖怪退治の依頼がきて上の姉がその依頼のため少し離れた村まで出かける事になったが、いつも通りのはずなのにこの時はなぜか胸の辺りが疼くような、いい知れぬ予感が少しだけよぎっていた。だが考え過ぎだろうと思いだと思い気にも留めなかった、この予感は遠からずも当たっており、少し先の未来を暗示していたとも知らずに。


***


「菖蒲さまー」

両の腕一杯に薬草を抱えた少女に名前を呼ばれ振り返った女はとても美しかった。長く伸ばした黒々とした髪に、透き通るような肌そこに浮かんでいる表情は慈愛に満ちている。駆け寄ってきた少女と目線を合わせるためその場にしゃがみ込む彼女に少女は息を切らせながらはなしを切り出す。

「菖蒲さま菖蒲さま!みて、わたし菖蒲さまに教えてもらった薬草こんなにみつけたよ!」
「本当、たくさん見つけたね。皆きっと喜んでくれるよ」
「え、えへへ…」

はにかむ様に笑った少女に笑みを浮かべながら菖蒲は立ち上がり頭を撫で、嬉しそうに笑うその顔を見れば心が温かくなるのを感じた。この村には妖怪退治に来たが一向にその妖怪は姿を見せない。平和にこした事はもちろん無いのだが、出発する前に感じたあの不思議な感覚は日に日に少しずつではあるが大きくなっているような気がしていた。

「さあ、今日はこの辺で戻ろうね」
「はい!菖蒲さまっ」

手を繋ぎ歩き出して間もなく菖蒲は背後に微かだが妖気を感じた。退治してくれと頼まれていたのは大蛇の妖怪でそれとはどうも違う気がしたが念には念をだ、と思い足を止めた。

「菖蒲さま…?」
「…小梅、先に戻ってて」
「……はい!」

素直でまっすぐで本当にいい子だ、そう思いながら小梅の後ろ姿が見えなくなった頃後ろを振り返る。妖気は遠くに行っていない。どうやら先ほどからあまり動いていないらしい、何かを探しているのかと考えながら足音を殺しゆっくりと妖気のする方へと足を運ぶとそこにいたのは何やら杖を持った緑色の小妖怪。悪い奴には見えなかったが何かを知っているかもしれないし、もしかしたら退治する妖怪の手先かもしれない、そう思い弓を持つ手を握りその妖怪の前に姿を出した。

「!!な、なな、なんじゃ貴様は!巫女風情がなぜここにいるっ!」
「巫女風情とは、ひどい言われようですね。物を聞く時はまず己からでしょう…貴方こそ何者です?」
「ぐっ…わ、儂はな!さるお方に使える者だ!貴様なんぞが目に触れる事もない偉ぁいお方なのだ!!」
「……それは、っ」

その時だった。ぶわり、と背中に強い妖気を感じた。今まで感じた事のない大きな妖気、ぞくっと悪寒が珍しく走る。

「何をしている、邪見」
「せっ殺生丸さまっ!」

ピシッと目の前の妖怪が背筋を伸ばしたのが分かった。”せっしょうまる”そう呼ばれたその妖怪はかなり強い大妖怪なのだろう、覚悟を決めて振り返る、頬にはいつの間にか一筋の汗が伝っていた。

「……」
「…何者だ、貴様」

そこにいたのは真っ白な妖怪。端正な顔立ちて人で言うと大体、19ぐらいではないだろうか私と変わらない姿の男が立っている。たがこの禍々しい妖気は確かに彼から出ているのだから彼が”せっしょうまる”で間違いないのだろう。

「おい巫女!貴様殺生丸さまが問うているだろう!…答えんか!」
「邪見」
「は、はは…!」

小妖怪の様子からやはり随分と位が高いのだろう下手な態度は逆効果だろうと思い素直に答える事にした。

「見ての通りの巫女ですが…」
「……」

そう答えると彼はまるで興味なんてないかのように踵を翻し私から遠ざかろうとするではないか。咄嗟のことで思わず声をかけてしまった。

「ま、…待ちなさい!」
「……なんだ」

振り返った彼に弓を向けるがまるで怯む様子も無くただ前に立ち続けている。

「フン…そんなものでこの殺生丸が倒せると思っているのか」
「…やってみないとわからないでしょう?」
「口の減らない女だ」

何ともすましたその表情にカチンとくる。ここまで言われて何もしないというのも癪だ、それにこの妖怪ここでこのまま放っておく訳ににもいか無いだろうと思い一気に弓を引いた。

「!!」

確かに私はしっかりと霊力を込めて破魔の矢を射ったはずだったがそれはいとも容易く人差し指と中指で止められてしまった。あっけにとらてれいる私をよそに彼は再び背中を向ける。

「邪見、行くぞ」
「お待ちださい!殺生丸さまっ!」
「こ、殺さないのか!私を」

私のその声に森の中へと向いていた足が止まる。その目線からは興味が無いのが伝わってきた、冷たい目線だ。

「貴様を殺して私に何の特があるのだ」
「より霊力の高い肉が食えますよ…」
「…私は人間の肉なんぞ食わぬ。その辺の雑魚と一緒にするな」
「え…」

そう言い残すと彼は今度こそお供の小妖怪を連れて森の中へと姿を消していった。気配が完全に消えると私はその場にぺたりと座り込む、緊張が一気に解けとけていくのを感じた。

「変な、妖怪」

さほど気にも止めなかった事だったがこの出会いが、これから先の私の未来を変えていくとはこの時微塵も思ってもみなかった。
 
 

 


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