「そこにいるのでしょう…いい加減出て来たらどうです?」

その言葉に反応したのか、少しした後で背後にあった大木の陰から姿を現したのは真っ赤な衣を纏い頭に獣の耳を生やした男の子だった。見るからに渋々と行った様子で出てきた彼の様子がなんとも言えずつい笑ってしまう。

「…菖蒲てめぇ、何笑ってやがんだ」
「いえ…つい」
「ついって何だ!ついとは!」

相変わらずの突っかかり具合いに暫しの談笑を楽しむも彼が何の理由でここに来たのかは良く分かっていた。彼らはどうやら互いにまだ気付いていない様だがきっと惹かれ合っているのだろう、何となくそれは理解している。半妖と巫女、知れば色々と言ってくる者はいるだろうが私自身は別に悪いとも思っていなかったし、何より以前よりも幸せそうに笑う桔梗を見ているとこちらにまで、その幸せが伝わってくるようでそれが何より嬉しかった。

「犬夜叉、桔梗なら薬草を採りに森へ行ってますよ」
「だっ!誰もそんな事聞いてねぇ!!」
「あ、そうだ。これ、桔梗に渡してきてくれませんか?私はちょっと用事があるので…」
「……そ、そう言う事なら、しゃあねぇな」

ぶっきらぼうに差し出されたその手に桔梗への荷物を託すと犬夜叉は一目散に森の方へと向かった。人々に尽くすのは確かに巫女として当たり前の事だが少しその使命に捕われ過ぎているような気がしなくもなかったから、こうやってほんの少しだけでも自分のために動くそんな彼女の姿を見る事になるなんて思いってもみなかった私にとっては、些か不謹慎ではあるが嬉しい事だった。

「…いつまでも続けばいいのに」

不意に呟いた、まるで何かを予言するかのようその言葉に私自身首を傾げた。まるでそれは長く続かない、そう暗示しているかの様なその一言に。


***


少し前から匿っている夜盗、鬼蜘蛛。少々引っかかる事はあったものの桔梗の見立て通り彼はもうここから動けないだろう。今日は遠くまで出かけている桔梗の代わりに私が彼の世話をすることになっている、禍々しい程の欲望やらが伝わってくるここにはあまり来たくはなかった。

「なんだ…今日は姉さんの方か」
「そうですよ」
「…姉さんの方もえれぇ別嬪だな」
「世辞など言っても何も出ませんよ」

何とも言えない笑みを浮かべながら彼は話を続ける。ここまで回復したのは桔梗の看病の成果と彼の凄まじい執念だろう、生きる事そして桔梗に対する執念。

「そういやぁ…姉さん、あんたも何か不思議な力があるって聞いたな」
「‥私は一介の巫女ですよ」
「食えねぇ巫女さんだ」

長居は無用だと思い手早くするべき事を済ませ足早に洞窟から去って行こうとしているとそれに気付いたのか鬼蜘蛛はくつくつと腹の底から響くような嫌な笑いに少し寒気を感じた。

「また来てくれよな、…菖蒲姉さん」
「……」

私はその言葉に何も返せずにその場を去った。


***

「お帰りなさい、桔梗」
「姉上…!ただいま戻りました」

桔梗の少し後ろその木の陰から犬夜叉の妖気を感じる、今回もひっそりと付いていったのかと何だか微笑ましかった。少し言葉を交わして楓の元へと桔梗が向かって少ししたあと私はそのまま背後に喋りかける様に話し始める。

「今回も見守ってくれたのですね」
「!」
「桔梗も気付いてはいた思いますが」
「…だいたいあいつにゃあ守るもくそもねぇだろ」
「あら、桔梗だってひとりの女ですよ」

そういうとぐっと言葉に詰まった様に犬夜叉はそっぽを向いた。その姿につい笑みがこぼれるのと同時にふとあることに気付く、長く伸びた銀色の髪に黄金の瞳、どことなくつい先日出会したあの妖怪に似ているような気がした。なぜか記憶から離れずにいるあの妖怪の姿とほんの少しの己の心境の変化に私はまだ気付けずにいた。


 


HOME
ALICE+