あさきゆめみし

『もう会えなくても、ママは一生あなたのことを愛してるわ』

背中に手が食い込むほど強く抱きしめられて、なぜか感じた悲壮感に涙した。
今考えればあの時の胸の苦しみも納得がいく。母はまだ五つにもならない私を見捨てなければならなくて、当の本人はそれに気付きさえできないほど幼かったのだから。
かくして、私は生家を後にし養子としていろいろなところを転々とした。

遠縁の親戚、養護施設、裕福な家、貧乏な家。陰陽師の家に行ったこともあった。
で、9歳現在。
私は東京の浮世絵町のはずれにある麻宮神社の老夫婦にお世話になっている。縁は、確かあったと思う。父の仕事仲間の従兄弟の、義理の妹の、みたいな感じで辿っていくことは可能だけど至極面倒。
実母の顔はもう思い出せない。

「薫ちゃん、いってらっしゃい」

 おばあちゃんに見送られて小学校に向かう。立場上は義母であるのだが、本人たっての希望でおばあちゃんと呼ばせてもらっている。母親も父親もたくさんいて困っていたからその申し出がありがたかった。
 大通りの脇にちらちらとランドセル小学生の姿が見えて、心なしか早朝の青さに活気を感じる。
校門の前に留まったバスから友人のカナちゃんが降りてくるのを見かけて彼女の元までスキップで駆け寄る。
 カナちゃんは私が転校してきた初日に浮世絵小の洗礼として上靴がなくなった時、助けてくれた心優しい美少女だ。そしてその一件以来、私たちはクラスが違うにもかかわらず仲がいい。

「おはよーカナちゃん。今日も可愛いねー。今からオネエサンと遊ぼうや」
「なに言ってるの? 早く教室いこ!」
「まあクラスは違うけど気にするなレッツラゴー」

 カナちゃんの後を追いかけて校庭を駆ける。同じように希望に溢れる子供達を横目に私も笑った。
てな訳で放課後。1日は今日も雷光のように早かった。
 ランドセルは玄関先に投げ捨てて、腰の痛いおじいちゃんの代わりに庭を色合いよく染める枯葉を箒で集める。
 枯葉をもっと集めれば焼き芋できるかな、なんて思って山を作り、そしてこんもり溜まった葉っぱの前で誰にも見せる気のないドヤ顔をした。

「何誇らしげにしとるんじゃい」
「おじいちゃん」

 見られてしまった。む、ちょっと恥ずい。
 恥ずかしい気持ちを誤魔化すようにおじいちゃんに質問をする。

「お芋、ありませんか?これだけあれば焼き芋もできるかなあって」
「それはばあさんに聞かにゃわからんな」

 デスヨネー。
 唸りながらしゃがみこみ枯葉の山を見上げる。
 とはいえあのおばあちゃんが晩御飯の前におやつを食べさせてくれるとは到底思えない。うちは側からみれば亭主関白に見えて、実際はかなりのかかあ天下なのでおじいちゃんは絶対おばあちゃんの意向には逆らえない。仕方ないけど枯葉はゴミに出すしかないだろう。
 しかし、諦めかけた私の目の前に第三者によってレジ袋にぎゅうぎゅう詰めのサツマイモが差し出された。

「芋ならここにあるぞい」
「あ、あたまがながいおじいちゃん!」
「おう、じいさん何しに来たんだ」
「おじいちゃんも言えないでしょう。おじいちゃんなんだから」
「いいんだよ、俺は。このじいさん、俺がお前くらいの時からじじいだったんだから」

 じいさんだのジジイだの言いすぎてぐっちゃぐちゃだ。
 あたまのながいおじいちゃん、本名…というかもう少しましな言い方をすればぬらりひょんさん。なぜ妖怪の名前を冠しているのかは不明だがこう呼ばれているのだからそうなんだろう。このあたまのながいおじいちゃんはよく勝手に家に入ってきてははお菓子を食べたり茶をすすった。はじめて遭遇したのは夕飯の時だったのだが、おばあちゃんとおじいちゃんがあまりにも自然にこの人を受け入れていたから私がおかしくなったのかと思ってしまった。

 あたまのながいおじいちゃんからサツマイモを受けとり、アルミホイルと新聞紙で包み枯葉の中に突っ込んだ。
 火をつけると焦げたにおいがあたりに広がる。

「もーすぐ焼けるから欲しいひと…?じゃないよね。欲しいヤツは来いよー」

 数十分経って、焦げたにおいが甘いいい匂いに変わったあたりで人のいない周囲に声をかける。すると変な生き物たちが焼き芋の匂いにつられてこれまたどこからか出てきては集まってきた。私の足幅より大きいの、小さいの、同じくらいの。
 人は、これを俗に妖怪というらしい。

「一人ずつ並んで、こらそこ割入らないちゃんと並ぶ!」

 昔から見えるがためにあまり抵抗感も違和感もない。友人みたいな奴もいれば意地悪だから嫌いな奴もいる。生活に付き添って生きている、私からすれば人とあまり変わらない。そんなものだった。まあたまに風呂場やトイレに出てくる傍迷惑な奴もいるが。 
 変なものが見えるせいで今まで大体の家では君悪がられてきたのだが、どういうわけかこの街は至る所に妖怪がいて、さらにそれを視認できる人間も多く私が浮くことはなかった。
 おばあちゃんもおじいちゃんも当たり前みたいに妖怪の存在を受け入れているし。

「あたまのながいおじいちゃんもお芋、あったかいから……ってあれ。いない」
「じいさんはあんなもんだ。ばあさんにバレる前に食べきっちまわねえと……」

「誰にバレる前かしら?」

「むっごふぉっげほ…。ば、ばあさん。これは…」

 おばあちゃんの登場にとっさに二人同時に頬張っていた焼き芋を後ろ手に隠すがそれも意味ない。
 だからあたまのながいおじいちゃんはいなくなったのか。おばあちゃんは優しいけど怒ると怖いひとなのだ。

「ご飯の前にこんなに食べちゃって…もう」

結局こってり絞られた私たちの明日のおやつは抜きになった。





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