麻宮神社の境内から少し離れた母屋は今日に限って一段と騒がしかった。
理由は一人娘の薫が寝坊して遅刻寸前なため。今日ほど学校から徒歩数分の立地条件を素敵に思うことはないだろう。
「あわわ、教科書が〜」
「薫ちゃん、体操服よ!」
可愛いウサギのカバンの中にきちんと畳まれた体操服が投げられる。ナイスおばあちゃん。今日は体育の授業があることをすっかり忘れてた!
「教科書はこれか!?水筒もないだろ!」
「朝ごはんもよ!」
「もぐっふぅ……っ!?」
首に水筒をかけやれたかと思えば口にトーストを突っ込まれて思わずむせる。でも、そんなこと気にしちゃならないくらい切羽詰まっている。
「ふぃってきまーふ!!!」
ぜえ、ぜえ、体力が、ないせいで辛い。足はもたつくし、胸は物理的に苦しいし。
「なんとか間に合ったけど……」
「けど?」
「筆箱忘れた……」
「あはは。鉛筆なら貸すから元気出して、ね」
体育の合同授業中、ドッチボールで補欠になった私とカナちゃんは校庭の隅でだべっていた。というか、大半の女子は補欠なのでだべったりそれぞれ自由に行動している。
「にしても男子は元気だよね。毎日休み時間にもしてることによく全力出せるなぁ」
男子の快活な姿を縁側に座る老人みたいな気分で見る。いくつかのコートを右から左に流し見していると、一人しか残っていないチームとまだまだ人が残って余裕綽々、といった顔立ちのチームが目に入った。
暇なのでだべりついでに観戦する。今の状況を考えれば、形成逆転はほぼ不可能だろう。
「フレー!フレー!若ー!ファイトですよー!!」
それにしてもあのコートだけやけに声援がうるさいな。
しかしその声に応えてか、一人残った子は華麗にボールを避け、キャッチし、豪速球を投げ返した。たくさんいたはずの敵チームの人数が徐々に少なくなっていき、気がつけばどちらも同じ数の一対一へと変わっていた。
二者の表情は完全に逆転している。今度こそ本当に勝負が決まっただろう。
「ねえねえカナちゃん。あれって誰?」
「同じクラスのリクオくんだよ」
指さした先で、チームメイトから胴上げされている少年の名前を数回繰り返す。ぬらくん。どこかでみたような顔だな…。
ぬらくんを見つめていると、先生がこっちに駆けてきているのに気がついた。その勢いに若干気おくれする。
「いた、麻宮さん!今すぐ職員室に来てちょうだい!」
先生に手を引かれて、校庭から職員室に連れて行かれる。
なにかしてしまったかな。朝は大丈夫だったけど、忘れ物とか?
頭の中にこれまでやらかした悪行がぐるぐる回る。
職員室の使ってない給水ポッド勝手に借りて応接室のソファでくつろいだり、放送室の機材でライブごっこしたり、視聴覚室のテレビでホラー映画見た後に直し忘れてて一年生の子にリングを見せちゃったり。
うーん。素直に謝るしかないな。
やけに長く感じた廊下から、職員室の扉が重く開いたかと思えば、先生は「落ち着いて聞いて欲しいんだけど」と息を切らしながら私の肩を持った。
「落ち着いて聞いてちょうだい。あなたのご両親が、亡くなったの」
「……は」
先生の口から出てきた言葉は本当に、本当に青天の霹靂で。
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