目の前にはホカホカと湯気の立つ白粥。
卓袱台を時計回りに歌仙、剣勢、私、山姥切が座っている。

「申し訳無いのだけど、今日は白粥しか用意できなかったよ。全く雅じゃないが、我儘を言っている場合では無いからね」

そう言った歌仙は軽装になっており、前髪も結い上げている。あの装束では料理はし辛かったのだろう。山姥切も籠手や武具を脱いで、ずっと片手に握っていた本体を部屋の壁に立て掛けて座っている。
そんな二人を見た剣勢は、ハッとして腰に下げていた本体を取って自分の後ろに置き、食事に向き直った。

「別にご飯を食べる時に必ず武装を解く必要はないよ、剣勢。有事の時だってあるんだから」

歌仙は可笑しそうにそれを見ると、剣勢に言った。

「でも……二人共、そうしてる」
「まあね、本丸に結界が張られたし、新しく主も来た。僕達も安心してるから。…ほら、冷めないうちに食べよう」

私達は歌仙にそう言われると、両手を合わせた。剣勢も一拍置いて手を合わせた。

「剣勢、すっかり歌仙に懐いたね。仲良くできて良かった」

白粥を一口飲み込んだ私は笑顔だった。歌仙の作った白粥は優しい味がするし、一番嬉しかったのは剣勢が私以外に懐いている姿が微笑ましかった。
実際、剣勢は顕現された刀剣男子を見るのは殆ど初めてだ。それに、私以外の人に会う機会がなかったのだ。だから多少心配していたのが正直だった。

そんな剣勢は匙を不思議そうに握って眺めている。
そういえば、剣勢は食事をするのも初めてだった。

「剣勢。匙はこう持って、粥を掬って食べる」

私は左手に持った匙で粥を掬って口元へ運んで見せた。
私自身、本来は右利きだったので、左手で匙を持つ事に慣れておらず、挙句に今は包帯を巻かれていて、とても匙が扱い辛い。そんな手で不器用に掬った粥はごく少量だったから、これがちゃんとした見本になっているか謎だが。
それを見た剣勢は、粥へ匙を沈めると掬い上げて口へ運んだ。

「剣勢は食事をした事がないのかい?」
「まあ…、昨日の夜に土壇場で顕現させたからね。まだ戦う事しか知らないんだよ」

はは、と私は力無く笑った。
時間遡行軍に襲撃され、作った後飾ったままにしていた剣勢を、出来るかどうかすら分からないまま力任せに顕現させた。火急の事態をすぐに見極めた剣勢は直ぐに本能のまま戦って、私と一緒に逃げてくれた。
これから、ここでゆっくり色んな事を学んで行ければいい。時間はたっぷりあるのだから。……そう思っている。
私が結界を張った今、政府すら簡単に介入する事は出来ない。私が張ったこの結界は、私と剣勢を守る城壁になったのだ。
政府は、自分達の体裁を気にして私を審神者として此処に送ってきたのが間違いだった。

そんな事を思いながらボーッと剣勢を見ていると、剣勢は匙を置いてお椀を片手で持ち、口を付けて、ズズッと音を立てて粥を飲み始めた。

「は、剣勢?何処でそんな事を……」

突然の剣勢の行動に、私は目をぱちくりさせていると、歌仙は匙を持ったまま大声を上げた。

「山姥切!君と言う奴は!」
「……なんだ?」

片手でお椀を持ち、剣勢と同じく粥を啜っていた山姥切はお椀を下げて顔を上げた。口の端に、ふやけた米粒が付いている。

「食べ方が雅じゃない!剣勢が真似してるだろう!」
「食い方は自由だろう、食い易い食い方で食えば良い」
「その言い方も雅じゃない!真似したらどうするんだ!」

歌仙の勢いは今にも立ち上がりかねないものだった。正直少し怖い。
山姥切は平然と持論を展開する。
つまり剣勢は、匙で一口ずつ食べる事が煩わしくて、正面に座っていた山姥切の食べ方を真似していたのだ。
キレる歌仙、何処吹く風と変わらない食べ方で食べ続ける山姥切。右左と忙しなく二人を見て「喧嘩は止めて」と言わんばかりに焦る、口の端に米粒を付けた剣勢。
なんだか可笑しくて、私は思わず声を上げて笑ってしまった。

「っあー、可笑しい。山姥切の言う通り、どんな食べ方でも良いじゃない、歌仙。山姥切に怒りすぎだよ……ふっくくっ…それに、さっきから“雅じゃない”って何さ…!」

腹が捩れる。
こんなに笑ったのは久し振りだった。
私は「はあーあ」と言って笑いを逃すと、匙を置いてお椀を持った。それを徐ろに口へ運ぶ。
こっちの方が、今の私も食べやすい。ズズッと啜る。

「主!どさくさに紛れて君もやるんじゃない!全く三人揃って、なんて食べ方をしてるんだ!僕はそんな食べ方をされる為に料理を作ったんじゃない!」

歌仙は今度こそ立ち上がって、私に指をさしてきた。
頻りに「雅じゃない!」と叫んでいる。

「はいはい、雅じゃない、雅じゃない」

私はそう言って一気に飲み干す。タンとお椀を置くと満足の溜息を吐いて、左手で胃の辺りをさすった。

「ご馳走様でした。…他人の作ったご飯を久し振りに食べたよ」
「あんな食べ方で“ご馳走様”と言われてもね……まあ、お粗末様でした。…“他人の作ったご飯を久し振りに”って、前は自炊していたのかい?」

私達の食べ方に呆れつつ、一足遅れて歌仙も食べ終えると、彼はお椀と匙を回収してお盆に乗せた。
私は、左手で着物の上から右の二の腕を触りながら、歌仙の質問に答える。
私は、すっかり無くなった右腕を触る事が癖になってしまった様だ。

「んー、作業中は食べたり食べなかったりしたけど…一人だったからね。でも、肉焼いたり漬物を漬けたり味噌汁を作ったり、一応してたよ、自炊。……二人共何その顔。そんなに意外?」
「まあ…今日会ったばかりだけれど、主の人と成りを見ると、意外…というか」
「食わなそうなのは、その貧相な体つきで判るが、自炊する様には…正直見えないな」
「酷い言われ様。剣勢、言ってやってよ。“らいのご飯はいつも美味しそうな匂いがしてた”って。刀の中で見てたでしょ?」
「…見てた。らいのご飯…、……何時も焦げた匂いがして、たまに炭みたいだった」
「…そんな気はしていたよ」
「…俺もだ」
「皆酷い!」

私はショックを受けて凹むと、歌仙と山姥切はそれぞれ笑った。剣勢は不思議そうに首を傾げてる。

「…主、湯を沸かしてあるから、お風呂に入ってきたらどうだい?身形も酷いし、昨日の事があったから、きっと入れていないんだろう?」
「それは有難い、頂こうかな。もう埃塗れ血塗れで、正直気持ち悪かった。剣勢、一緒にお風呂入ろうか」
「…ちょっと待ってくれ、主。剣勢も一緒かい?君は女子なんだから、少しはそういう事を気にした方がいい」
「……はい?」

歌仙の言葉に、立ち上がりかけた私は目が点になって動きが止まった。
私は、はあ、と溜息を吐くと、座り直して口を開いた。

「……私が女って、いつ言ったっけ」
「は?」
「…は?」

山姥切も歌仙も訳が分からず目が点になっている。
私は左肘を卓袱台に乗せると、包帯でぐるぐる巻きにされた掌に顎を乗せた。

「女と思ってるところ大変申し訳無いんだけどさ、…私、歴とした男だよ?」
「はあああああ!?」

私の一言に歌仙と山姥切は口を揃えて「信じられない」と言った様に驚愕の声を上げた。
私は合点がいって、ニヤっと笑った。

「……あぁ、山姥切の言った“貧相な”ってそういう意味?男だから無いよね、そりゃ」

アッハッハ、と私は笑って、まな板の様な平たい胸元をバンバン叩いて主張した。
実際背が低くて髪が長いから女に見られる事はよくあった事だし、今更は凹む事ではないが。
着用してる着物も、女が着ない様な海松茶色なのだから、正直気がついて欲しかった。丁度今、胡座だって組んでいる。
更に言うなら、昨日までは刀鍛冶を生業にしていたのだ。力作業だし、女では出来ない仕事だろう。考えれば判る事だ。

「その見目だし、一人称が“私”じゃないか…」

歌仙は力が抜けた様にそう言った。
私は溜息を吐くと、左手で後頭部を掻いた。

「それだけで私の事を女だって思ったの?それは養父がね、一人称が“私”だったんだよ。だから私も、自然と私の事を“私”と言う様になった。それだけ」
「…俺達が間違えた様に、他で女に間違われた事は無かったのか?」
「そんなのしょっちゅう。女だって嘗められる事だって何度もあった。でも実際は男だし、腕にだけは自信あったからさ、仕事は貰えたよ。…さて、誤解は解けた?お風呂行っていい?」

立ち上がってそう言うと、襖を開けて部屋を出ようとした。
「風呂」と言う単語を耳にしてから、一刻も早くお風呂に入りたかったのだ。

「……あ、ああ。風呂場は続間を二つ出た先の廊下を左に曲がった突き当たりだよ」
「本当、広い家だよ此処は…辿り着くかな…。剣勢、行くよ」

剣勢を呼ぶと、私は部屋を後にしたが、「あ」と私は思い出し、部屋を戻った。

「…ねえ、私達着替えが無い」
「寝間着なら、剣勢の分と一緒に用意しておくよ。後で脱衣場に置いておく。汚れた着物は洗濯に出すからカゴに入れといてくれ」
「有難う」

パタンと襖を閉じた。
剣勢は私の着物の右袖を握っている。
歌仙に言われた通り、暗い続間を二つ超えて、板張りの廊下に出る。歌仙曰く、左に曲がって突き当たりと言われたが、行くべき方向の廊下の先が真っ暗だ。
とりあえず左に折れて、壁に手を付きながら進んでいくが、一向に突き当たりが見えない。
暗闇に気を取られすぎていたのか、壁に手を付いていた所がいきなり無くなって、思い切りバランスを崩した。

「う、わ…!」
「…っらい……!」

剣勢を巻き込み、二人で真っ暗な部屋に派手に倒れこむ。
倒れたまま左手で探ると、下が畳だという事が分かったが、此処は日本家屋。何処の部屋も畳だろうから、全然手掛かりにはならない。
左手を咄嗟につけなくて、顔から思い切り転んだ為、鼻柱を押さえて起き上がる。
辺りを見回すが、そこは暗闇。何も見えない。

「…痛っ…此処、部屋……?」
「らい、……平気?」
「平気…此処の本丸、広過ぎだよ……。此処何処さ…」

手探りで自分の周囲の畳を触っていると、左の爪の先にカツンと何かが当たった。

「…ん?」

暗闇の中で爪先で触ったものをもう一度触る。
漆で塗り重ねた様なつるりとした見知った手触り。細長い物体。此れは…。

「刀?」

近くに手繰り寄せて左手で感触を確かめる。
乾いた漆の手触り。長さは多分25センチ位の短刀。

「何事だい!」
「どうかしたか!」

バタバタと歌仙と山姥切が廊下に出てきた。
パチッと音がして廊下が明るくなる。
剣勢は廊下に顔を覗かせ、彼らに姿を見せた。

「…こっち」
「何があったんだい、凄い音がしたが……」
「…山姥切、ここに刀が落ちてたの知ってた?」

私は左手に刀を持って、立ち上がって二人に振り向く。
歌仙と山姥切が部屋に入ってきた。歌仙が灯りをつけてくれたので部屋が明るくなる。
私達が転げ入った此の部屋は、8畳程の部屋だった。
山姥切は仲間が何処にいるか探しに、夕食前に本丸の中を散策した筈だ。

「いや、俺はこの部屋には入ってない。仲間を見つけたのか?」
「この部屋に落ちてた」

歌仙と山姥切に短刀を見せる。

「…小夜左文字」
「…お小夜」

歌仙と山姥切が同時に呟いた。

「お小夜?…小夜左文字って、細川幽斎の?」
「そう。小夜左文字だよ。僕と同じく細川家にあった刀さ」

歌仙は小夜左文字を私から受け取ると、懐かしそうにそう言った。

「可哀想に、兄達と離れてこんな所に居たとは…。主、疲れてるところ申し訳ないのだけど、顕現してやってはくれないかい?」
「勿論、いいよ」

歌仙は真剣な眼差しで私に頼んできた。私はそれを快諾すると、小夜左文字を受け取り、鞘を強く握った。
ぶわりと舞う桜吹雪。
私と歌仙の間に、背の小さな青い髪が揺れた。
髪と同じ、青い袈裟をかけた小夜左文字は、開いた両手を見てから私の顔を見た。

「…貴方が、僕を顕現させたの?」
「そう。私は薄氷、此処の新しい審神者だよ」
「…!」

それを聞いた小夜は、吊り上がった目で私を睨むと、自分の本体を鞘から抜いて私に突き付けた。今にも切らんとする、明らかな殺意。
剣勢は私の前に出ようとするが、私はそれを左手で制した。しかし、本体に手を掛けて、いつでも抜刀できる様に構えている。

「…!お小夜!この主は前の審神者とは違う。安心して良いんだ…!」

歌仙は小夜を安心させる様に言うと、私の前に立った。

「歌仙、退いてよ。そんなこと…分からないじゃないか」
「この方は、折れた山姥切を…怪我を負うことを厭わずに直してくれたんだよ」
「折れた刀を直す…?そんな事が出来るの?」
「この方は、他の審神者とは違うんだ。…刀を下ろしてくれないかい?」
「…じゃあ!じゃあ、兄様も……江雪兄様も直せるの?」

折れた刀を直す、と聞いた小夜は、歌仙を押し退け、私の着物を掴んで見上げてきた。その目に殺意は無かった。寧ろ、懇願の色すら見える。
私は江雪左文字は直した事があった。
鎬造で丸棟の、身幅の比較的広い太刀だったと記憶している。左文字源慶が作った唯一の太刀。

「直そう、お兄さんを。お兄さんに会いたいもんね。…この本丸の何処に居るか、分かる?」

私は左手で着物を掴んだ小夜の手を握ると、腰を屈めて目を合わせた。
小夜は悲しい顔をして青い頭を振る。

「何処に居るか分からない。僕らを庇って折れた後、その次に来た主がきっと何処かにやったんだ…」
「…僕も江雪の場所は分からない。山姥切、君は?本丸の中を見て回ったんだろう?」
「いや、俺も江雪は見ていない。本丸全部を見て回った訳じゃないが、探した中では、折れた刀は見当たらなかった」
「折れた刀、何処かで一箇所に纏めてるのかな…」

私は顎に手を当てて考える。
一週間程しか居なかった審神者は、選りすぐった刀しか顕現させなかったらしいし、片足で折れた刀を足で隅に寄せたと聞いている。何処かに隠したとしてもおかしくはない。
或いは、足で隅に寄せられたくなかったから、当時顕現された刀剣男子の誰かが何処かに隠した可能性もある。

「今日は遅いから、明日、皆で本丸の中を手分けして捜索しよう。…それで良いかな」
「うん…。分かった」

よし、と私は小夜の頭を撫ぜる。
小夜は刀を鞘に戻した。
剣勢も本体から手を離す。

「…さてと、…ところで、三人。聞きたいんだけど……お風呂は何処?」
「……はぁ…もしかして君は、方向音痴かい?」

呆れたように、歌仙はおでこに手を当てて私を見た。

「…方向音痴じゃない。広い家に入った事がないから、造りが分からないだけ。…失敬な」
「…らいの家、工房と寝る所…一緒だったから」
「私、自慢じゃないけど、山から出た事ないからね」

私は立ち上がるとフンと鼻息を鳴らし、左手を腰に当てた。
本当の事だ。
私は工房兼自宅のある山から出た事無いし、村に降りたこともない。
養父が居た頃、買い物は養父に任せていたし、養父が死んでからの食べ物は、畑と野兎狩りで事足りたから、村に降りる必要が無かった。
刀の修理は政府の役人が直接届けに来ていたから、仕事を探しに出る事も無かった。

小夜は私の着物を摘むと部屋の外を指差した。

「こっち……、案内するよ」
「助かるよ、小夜。あ、小夜も一緒にお風呂入る?」
「…入る」

斜め下を向いて答えた小夜の頭を、私は目を細めてまた撫ぜると、顔を上げて歌仙と山姥切を見た。

「じゃ、お風呂行ってくる」
「分かったよ、着替えは用意しておく」
「宜しく頼んだ」

私は剣勢を連れて小夜の後を追った。

やっとお風呂に入れる。
今日はバタバタとした一日だった。
一日に三振りの顕現は正直疲れた。もうクタクタだ。
私は湯船に髪が浸からないよう、剣勢に髪を束ね上げて貰って湯船にゆっくり浸かった。

「男…だったんだね」

小夜は、一緒に湯船に浸かりながら私に言った。
「またその話か」と私は笑うと、自己紹介と、これまでの経緯を小夜に話した。
元は刀鍛冶をしていた事、剣勢は私が作った事、時間遡行軍に襲われて家が無くなった事、歌仙や山姥切にどう出会ったのかを有りの侭伝えた。

「……そうだったんだ」
「怒涛だったね。なんか…目紛しくて…」

そう。怒涛だった。
私は長く溜息を吐くと、口元まで湯船に浸かって目を閉じる。
そこで私の意識は泥に解けるように無くなった。



……気が付いたら私は布団の上に寝かされていた。
左手に力を入れて起き上がる。
風呂で結い上げられていたはずの髪は解かれ、乱れている。
風呂の中で寝てしまったようだ。
小夜か剣勢が助けを求め、歌仙か山姥切が引き上げて、誰かが着替えさせてくれたのだろう。私は今、木綿の浴衣を身に纏っていた。
薄明るく、月明かりが障子を透かしていた。
私は導かれる様に障子に這いずって近づき、優しく開けた。

(…満月だ)

私は外に出て縁側に腰掛けると、深呼吸をする。
月光が光の粒になって、私に吸い込まれていく。だんだん身体が軽くなっていく様な気がした。
『ーーー月光の光を受けなければ生きていけない、とかな。』
頭の隅を過ぎった言葉。
……そうだ。私は月光が無いと生きていけない。…煩い。何が悪い、人だって陽の光が無ければ生きられないじゃ無いか。それと同じだ。私は偶々それが月光なだけだ。
私は役人に言われたあの言葉を振り払う様に、乱暴に前髪を掻き乱した。
掻き乱した左手を、ハッとして見つめ、口で留め具を外すと、それを解いた。
……山姥切を直した時の傷は、綺麗さっぱり、無かったかの様に癒えていた。
腕を触る。しかし、腕は無いままだった。

「……私は、人じゃ無い、か……」

私を山に捨てた親を憎んだ事も、育ててくれた養父を憎んだ事も無いが、自分自身の事は憎いと思う。
傷がすぐ治るなんて気持ち悪い。歳を取らないなんて気持ち悪い。死なないなんて気持ち悪い。
霊山を離れた今、ちゃんと歳を取って死ねるのでは無いかと希望を持ったが、私に月光がある限り、霊山から宿った霊力がある限り、私は死なないのだと確信になった。

障子を開けたままの部屋から細い赤蛇が出て来た。

「ごめんね」

私は左手で蛇を触りながら満月を見上げた。



…………………………
(20190704)
「鎬造(しのぎづくり)」「丸棟(まるむね)」と読みます。
刀の用語が難しい!
はい、無事に小夜左文字を顕現させました。