ちゅんちゅんと雀が囀る。太陽が眩しくて、私は目を覚ました。

(ああ、あのまま縁側で寝ちゃったのか……)

左手を支えにして起き上がる。板張りの縁側で寝ていたから、身体中が痛い。
私は、山暮らしをしていた頃から朝に弱く、布団から抜け出すまで時間の掛かる質だった。頭がボーッとする。
暫く起き上がったまま顔に左手を当てていた。目を閉じて、うつらうつらとこのままもう一度寝そうになった時だった。

「ねえ。起きてるの?」
「……らい、起きてる?」

私はゆっくり目を開けて、気怠げに声のする方へ顔を向けた。
目の覚めるような赤毛の頭と青い頭が目に飛び込んできた。
…そうだった、此処は家じゃなくて本丸だった。
私が作った剣勢と昨日顕現した小夜が、寝惚けている私の顔を覗き込んでいた。

「……起きてる……」

私はやっと口を開くと、一言伝えた。
小夜は申し訳なさそうに口を開いた。

「その…身体は大丈夫なの?辛い?」
「…つらくないよ」
「…昨日歌仙から聞いたんだ。僕らを顕現させるために霊力を使いすぎたからお風呂の中で寝ちゃったんだ、って」
「なんで言っちゃうかなぁ、歌仙は。……もう大丈夫だから、有難うね、小夜」

小夜が話している間に覚醒した私は、はは、と笑って左手で小夜の肩に手を置いた。

「…らい、朝御飯だって、……歌仙が」
「朝御飯か……食べないと五月蝿そうだね…」
「言ったんだ、俺。“らいは何時も朝御飯食べない”って…」
「……なんか怖いなぁ。したら?」
「“朝食は一日の活力だ。食べないなんて力が出ないだろう?主には、今日も力を使ってもらわなきゃいけなくなる。それにもうこんな時間だ。引っ張ってでも起こして来てくれ”……って」

剣勢がこんなに長く喋るなんて珍しい。
多分、歌仙の言ったことを一言一句違わずに、全部言ったのだろう。
確かに、今日は江雪左文字を探すと小夜と約束した。

「……怖。分かった分かった。二日連続で歌仙の怒髪天を衝きたくないからね、朝食には参加するよ」

私は、よっこらせ、と言って立ちがると、私が立ち上がるのを待って縁側を歩き出した二人に着いていった。
私がいた部屋は、どうやら本丸のかなり奥の部屋だったらしい。所謂、審神者用の部屋と言ったところか。
居間まで結構遠かった。

「主、やっとお目覚めかい?」
「……起きましたとも。おはよう」
「ああ、おはよう」

歌仙は茶碗と杓文字を手に、私に朝の挨拶をした。
剣勢と小夜は其々卓袱台の前に座って朝食を今か今かと待った。そこには山姥切も居る。
私は浴衣のまま卓袱台に着くと、歌仙からご飯を盛られたお茶碗を差し出された。

「主の分だ。…食べないなんて、許さないよ」
「はいはい。剣勢から聞いてるよ。……こんなにご飯盛らなくて良いのに」
「何か言ったかい?」
「いいえー?」

歌仙の笑顔に圧されて、茶碗を受け取り、朝食に目をやる。
ゼンマイの胡麻和えと鮎の塩焼きが其々一人分ずつ並べられていた。
はた、と歌仙は気付き、私の茶碗受け取った左手を見て声を出した。

「主。左手は…どうしたんだい?」
「寝たら霊力が戻ったから、治ったよ」
「……そんな事がありえるのかい?」
「昔から傷の治りは早いんだ。はい、この話は終わり」

私は卓袱台にお茶碗を置いて左手で膝を叩くと、話を打ち切った。

「…と言うか歌仙。このゼンマイと鮎は何処から?食料庫、ほぼ全滅だったんでしょ?」
「…朝一番に本丸の裏山に採りに行ったよ。鮎は山姥切が川で獲ってきた。本丸の庭には畑もあるんだけどね、荒れていて一からやり直しみたいだから、今朝はこんな物で申し訳ないんだけど」
「…いや、食に対する順応というか、備蓄が無い時の料理の考えが純粋に凄いと思う。私だけだったら、諦めて食べない」

煮え切らなそうな顔をしていたが、私が用意された御飯に対して素直に感想を述べると、歌仙は笑顔になり、ご飯の入った御櫃を閉めて卓袱台に向き直った。

「主にそう言われると、朝から山に入った甲斐があったよ。…それじゃあ揃った訳だし、食べようか」

皆両手を合わせて「戴きます」と言った。私も片手で拝むポーズをとって頭を下げた。
小夜と山姥切がゼンマイや鮎を口に運んでいく。「美味しい」「美味い」と口々に言う。
初めて箸を取る剣勢に、隣に座っている歌仙が持ち方を教えている。剣勢は早速器用に箸を使い、食べ始めていた。
私はそれを微笑ましく見て、箸を握ってゼンマイを取ろうとした。が。ポロリとゼンマイは器の中に戻って行ってしまった。
もう一度やってみるが、何度やっても同じ事だった。

「…何をしてるんだ、主」

山姥切が白米を口に入れながら声を掛けてきた。
それを聞いて、皆が私を見た。
私は途端に恥ずかしくなって、箸を箸置きに戻して正座した膝の上に手を乗せた。

「どうしたんだい?」
「……刺し匙、下さい……。左手だと…箸持てなかった…」

俯いてそう言うと、歌仙が笑いながら箸を置いた。
初めて箸を持った剣勢に出来て、私が出来ないなんて。

「気が利かなくてすまなかった、主は右利きだったね。今、刺し匙を取ってくるよ。ちょっと待っていてくれ」

立ち上がって居間を出て行った歌仙に「ごめん」と言う。
それを見た小夜と山姥切は箸を左手に持ち替えて、ゼンマイや魚を摘もうと試みていた。

「……難しいね」
「利き手と逆の手で箸を使うのは、訓練が必要だな」

そう言って二人は私を見た。

「徐々に慣らしていけばいい。誰だって最初は出来ない事はある。…そんなに恥じる事じゃない。左手で飯を食うのは俺だって出来ない」

山姥切はそう言うと、何事もなかったかの様に利き手に箸を持ち替えてゼンマイを口に入れた。
私は山姥切と小夜に礼を言うと、その後すぐに歌仙が刺し匙を持って戻ってきた。

「主は暫く食事の時は匙や刺し匙を使って、時間がある時に豆でも使って箸の練習をしよう。いつか使える様になれば良いよ。時間はたっぷりあるんだろう?」
「ありがとう、歌仙。そうするよ。……あ、あと序でに今度から御飯の量を減らしてくれると助かるな」
「それは聞けない願いだね。…言ったろう?朝食は一日の活力だって」
「私は元々少食なんだよ」
「善処しよう」
「……その言い方は、減らさないな…」
「善処すると言ったじゃないか。主、今日は江雪を探しに行くんだろう?早く食べないと」

そう私と言い合った歌仙は、刺し匙を私に渡し、綺麗な所作で魚を解し分けて口に運んだ。
そうだった、と私も思い出し、もらった刺し匙でゼンマイを刺して口に運ぶ。
私が食べ始めた頃には、剣勢、小夜、山姥切はもう食べ終わっていた。私は成る可く早く食べるよう努めた。

食べ終えた私は、食器を片付けた歌仙が部屋を出るのを待って、山姥切と小夜に話し掛けた。

「ねえ、二人共。余ってる着物ってある?私と剣勢、いつまでもこの格好のままじゃね」
「ある。…こっちだ」

そう言って山姥切が立ち上がる。小夜も後に続いて立ち上がった。私と剣勢はそれに着いて行く。
これから江雪や他の刀剣を顕現させるのだ。着てきた着物が乾くまで浴衣という訳には行かない。剣勢もまた然り。そう思ったのだ。
連れて行かれたのは私が寝ていた審神者の部屋。
押入れを迷わず開けた山姥切は、押入れにデカデカと入れ置いてあった着物箪笥を開けた。

「俺の知ってる前の主は女だったから、着丈は合うだろう。好きなものを着ればいい」

私の中で「ガーン」と言う音が響いた。本丸が襲われた時の審神者は女だったのがショックなのではなく、「女物だから着丈が合うだろう」と言う言葉に落ち込んだのだった。
背が低いのは分かっていた。だが、それにしてもだ。

「地味なのあるかな…」
「前の主は派手好きではなかったから、大丈夫だろう」
「そう言う意味ではなく……。柄だよ柄。女の着物は柄物が多い」
「無地くらい、あるんじゃないか?」
「探してみる」
「…剣勢は、僕らの仲間が着てたやつを着れば良いよ。こっち…」

小夜は剣勢の浴衣を引くと別の部屋へ連れて行ってしまった。
左手で着物を漁る私は溜息を吐いた。
色は暗めや渋めの色が多いが、どれもこれも蝶の柄や菊の柄など、大振りの柄物ばかりだ。一目で女物と分かる。

「……あ。みっけ」

私は一枚の着物を引っ張り出した。
桑染色に所々渋紙色の鹿の子柄が入った、比較的地味な柄の着物。鹿の子柄なら、私が着ても問題無さそうだ。
丈感も、不本意ながら丁度良さそうだった。
適当な伊達締めを二本選んで畳に落とし、帯は…、と選んでいたら檳榔子染色の兵児帯を見つけたので、それを選んで畳に落とした。
…はてさて、下着はどうしようか。

「山姥切、その……下着とか…」
「ああ、ちょっと待っていろ」

そう言うと何処かへ行ってしまった。
…ものの数分で山姥切は戻ってきた。
その手に握られているのは、パッケージに入ったままの新品のようで、ちゃんと男性用だった。
此処で女性用の物を出されたら、私は山姥切の端整な顔が山姥切と分から無くなる程、容赦無くタコ殴りにしていただろう。
彼の手には、洗い替えに対応できるよう、数枚あった。大変助かる。

「ありがとう。着替えるから、もう行って良いよ」
「…その腕では、帯が結べないだろう。此処に居る」
「此処に居……まあ、居てもいいけど…」

なんだか着替えを見られるのはちょっと…、と思ったが、そう言えば風呂で引き揚げてもらった時に全部見られただろうから、今更といえば今更だ。が、とりあえず山姥切に背は向けて居る。
ええい、と思い、私は浴衣の帯を緩めて左手だけで下着を履き、浴衣を脱ぎ捨てた。
桑染色の着物に袖を通す。まあ、丈はこんなものだろう。私は着物の合わせを持つと、山姥切の方へ向いた。

「じゃあお言葉に甘えて、帯を結んで貰えるかな」
「分かった」

山姥切は膝立ちになると、私の落とした伊達締めや帯を拾い、着物を着付け始めた。山姥切は洋服を着ているのに、着物の着付けがやけに上手かった。
ものの数分で着付けが完成すると、山姥切は立ち上がった。

「…これでいいだろう」
「ありがとう。なんかインナーとズボンがないからかな、変な気分だ」
「洗濯から戻ったら着ればいい。その方が楽なんだろう?」
「まあ、着てた方が動きやすいからね。……剣勢と小夜は何処行ったんだろう」
「多分、粟田口の部屋だろう。粟田口の短刀の中には剣勢位の背丈のが居たからな。彼処なら剣勢の着れる着物があるだろう」
「そうなんだ。粟田口か…」

そう話していると、歌仙が部屋にやって来た。

「主、着替えていたんだね。似合っているよ。……ちょっと来てくれるかい?」
「何?」
「剣勢と小夜が押入れの中から、粟田口の刀達を見つけたって言ってるんだ」
「…行ってみよう。案内して、二人共」
「分かった」
「ああ」

私と歌仙と山姥切は急いで廊下を抜けて行ったその先に、大部屋があった。
粟田口の刀は幾つか直した事があるが、刀が他の刀派に比べて多かった気がする。だから全員一緒に大部屋なのだろう。
部屋の前に着替えた剣勢と小夜が待っていた。

「…こっちの部屋に一期一振と薬研と乱と……折れた厚が」
「分かった。すぐに直そう」

私は持ってきた伊達締めで、たすき掛けをすると、部屋に入り、開いたままの押入れに手を伸ばした。まずは一番手前にあった薬研藤四郎から顕現させる事にする。
薬研藤四郎の鞘を力強く握る。霊力を送る。
カタカタと音を鳴らした薬研藤四郎は、ぶわりと桜吹雪を舞わせて姿を現した。

「俺っちは…。アンタが顕現させたってのか」

両手を見て、人型を取っていることに驚いた薬研は、次に私を見てそう言った。

「そう。自己紹介はとりあえず後三振り顕現したらでいいかな。待ってて」

そう言って次は乱藤四郎に手を伸ばした。
同じ様に霊力を注ぐと、またも桜吹雪が舞って、スカート姿の刀剣男子が姿を現した。

「僕…あれ、薬研?っあ、いち兄は!厚は!」
「ちょっと待っててね。後二振り」

私はそう言って何も分かっていない薬研と乱の肩にポンポンと手を乗せ、一期一振を手に取った。
力を込めると、カタカタと音が鳴る。ぶわりと桜吹雪を舞わせて姿を現した水色の髪の刀剣男子。

「私は……。薬研、乱!厚は…!」
「厚は折れたんだ…今、この人が僕達を顕現させて…」

乱は一期一振に答えて私を指差している。私は気にせず厚藤四郎に手を伸ばそうとした。

「あっ!ダメ!!」

乱は折れた厚藤四郎の前に立ち塞がると、両手を伸ばして通せん坊をした。

「退いて。厚藤四郎を直すから」
「な、直すって……そんな事出来る筈ない!これ以上粉々にしないで!」
「粉々になんて絶対しない、しないよ。大事な兄弟だもんね。大切なのは分かる。でも今は一先ず、私に任せてくれないかな」

私は乱の肩に手を置いてそう言うと乱は力が抜けた様に、一歩後退って厚藤四郎への道を開けた。
震える声で、私に問いかける。

「…出来るの、ホントに…?信じて、いいの?」
「信じて。厚藤四郎は直る。直すよ」

そう言って私は厚藤四郎の折れた刀身を山姥切を直した時の様に、刃の欠けら全て集めて素手で掴んだ。
ボタボタと流れる血。
痛みで熱くなる手。
私は歯を食いしばって更に力を込めた。
途端、ぶわりと桜吹雪が舞って短髪の刀剣男子が顕現した。

「……オレ……。え?…あの時、いち兄守って折れた筈なのに……」

尻餅をついたまま両手を見つめている。
厚の前に顕現した一期、薬研、乱は、各々厚の名前を呼んで強く抱きしめた。
一期は一頻り弟達を抱きしめると、立ち上がって私に頭を下げた。

「私や弟達を顕現して下さり、ありがとうございます。厚も直して下さり、感謝の言葉しか…」
「気にしないで。……皆、初めまして。私は薄氷。此処の新しい審神者です。こっちは剣勢、私が打った刀です」

剣勢は私の斜め後ろで、歌仙に両肩を置かれながら、ぺこりと頭を下げた。

「新しい主でしたか。…まさか、折れた刀を直せるとは思いませんでした」
「歌仙達からもそう言われた。普通は直せないんだってね。私は元刀鍛冶だったからかな…?」
「あのっ…」

一期と話していると、乱が声を上げた。

「さっきはごめんなさい、邪魔して…。厚を直してくれてありがとう。あるじさんって、呼んでもいいかな」
「誰だって手負いの身内に手を出されたら焦るし、怒るよ。乱の行動は間違ってない。でも、信じてくれてありがとう。好きに呼んでくれて構わないよ」
「だって、直るなら、もう一度厚に会いたかったから…」
「俺っちからも言わせてくれ。ありがとう、大将」
「オレも直してくれて、ありがとな。……って大将、血塗れじゃねえか、その手!」

厚は立ち上がると私の手を見て大声を上げた。叫んだ、と言ってもいい。
それを見て、粟田口の他の三人もびっくりしてる。

「主、手の止血をしなくては!」
「薬研、どうにかしなきゃ!」
「ちょっ…大将、オレのせいか!?」
「大将、その手を心臓より高い位置でキープしてくれ、薬箱を取ってくる!」
「ちょっと、薬研早く!」

四者四様の慌てっぷりだった。
私は着物をたすき掛けして正解だった、と思いながら溜息を吐いた。
薬研に言われた通り、心臓より高い位置で手を止める。
……四振り顕現しただけで賑やかになったものだ。

「ねえ、歌仙。四振り顕現しただけですごい賑わいになったと思うんだけど、実際この本丸の刀剣男子はもっと居るんだよね?」
「居るさ。数が多すぎて何振りかは把握出来てないが、これくらいで驚いていては、先が思いやられるよ」
「…まじか」
「主、その言葉遣いは雅じゃない、やめたまえ」
「はいはい」

私は薬研の治療により、また鍋掴みの様な手に逆戻りした。
毎回折れた刀を顕現するたびに此れになるのは些か考えものだ、と思うが……まあ一晩ですぐ治るし、問題は無いだろう。
人手も増えた事だし、小夜の為にも早く江雪左文字を見つけてあげなければ。
小夜を見ると、彼は粟田口兄弟の様子を見て、少し寂しそうにしていた。

(……早く見つけてあげたい)

私はあの懇願する小夜の顔が頭から離れなかった。

「…ねえ、四人共。江雪左文字、何処かで見てない?探してるんだけど」

私が粟田口兄弟にそう言うと、厚以外の三人が暗い顔をした。
お互い顔を合わせて口を開こうとしない。
ややあって、一期が沈黙を破った。

「……江雪は、……いや、しかし小夜の前では……」
「…僕は、早く兄様を見つけて助けてあげたい。教えて」

小夜は真っ直ぐ一期を見ていた。どんな事も受け入れようとしている。ギュッと握った手に力が入っていた。

「江雪は……畑の奥の藪の中に……」
「そんな……!」

小夜は覚悟していた以上の言葉に絶句した。

「兎に角、畑の奥の藪に行ってみ……小夜!」

小夜はその言葉を聞かず、部屋の外へ出て行ってしまった。
私達は小走りでその後を追う。
粟田口の部屋の縁側から、畑だと思われる荒れた場所までは直ぐだった。
その荒れた場所の奥、更に私の胸丈程まで草が伸びている。私の胸程も背が無い小夜の姿はもう見えなくなっていた。
私達は藪の足元に注意を払いながら折れた太刀を探す。

「主、そっちはどうだい?」
「駄目、こっちじゃないみたいだ、歌仙。そっちは?」
「こっちも駄目だ」
「俺っちもチラリとも見えない」
「僕も見当たらない…」
「私もです」
「俺もだ」
「…本当にこっちなのか?いち兄」
「こっちの筈だよ。前の主が投げたんだ……」
「酷え事するな…」

私達はローラー作戦で探して行く。
だが、なかなか見つからない。

「……兄様!!」

小夜の声が藪の奥から聞こえた。
私達は声の方へ向かった。

「小夜!見つかった!?」

だいぶ奥まった所に小夜は蹲っていた。その小夜の前には粉々に折れた太刀と、その上に重なった打刀。周りがキラキラとしてるのは江雪の破片だろう。

「皆、江雪の破片集めて。全部。全部無いと多分顕現できないから」
「分かりました」

一期は一番最初に地面に膝をついて破片を拾い始めた。それに倣い、全員が膝をついて破片を拾って行く。
暫く全員で下を向いて落穂拾い状態で破片を探していた。

「オレの周りはこれで全部だ!」
「僕の周りもこれで集まった」
「俺っちもだ」
「僕もこれで全部だよ」
「俺の周りにも、もう無い」
「…らい、俺も、周りにはもう無い」
「私もこれで周りにはもう見えない。皆集まったと言ってますが、主は?」
「私の周りももう無い。……小夜。折れた江雪とその打刀、持ってきて。広い所でやろう」

江雪の柄と打刀を大事にずっと抱えていた小夜は涙を浮かべた顔を上げた。

「……分かった」

皆でガサガサと藪から出てくる。畑を抜け、近くの縁側に破片を置いた。
私は一つ一つの破片を見ながらまるでパズルの様に形を復元して行く。
出来上がったものを見て、幸いな事に見逃した破片は一つも無い様である事を確認し、私は後ろで固唾飲んで見守っていた皆に頷いた。
みんなの顔が明るくなる。
先程薬研に巻いてもらった包帯を口で解くと、私は全ての破片と柄に付いた刃を左手で握り込んだ。
また血が滲む。
砕けている刃の断面が私の左手の皮膚を突き破る、厚を直した時に負った傷口を抉る。
私は痛みに唇を噛んだ。
途端、桜吹雪が舞った。
サラリと水色の長い髪が桜吹雪に舞って、小夜の様な袈裟を掛けた刀剣男子が姿を現した。

「私は……」
「江雪兄様!」
「お小夜……」

江雪は小夜の肩を抱いた後、私を見た。

「貴方が私を…?」
「ええ。もう一振り顕現させますので、少々お待ちを」

そう言って血塗れの左手で打刀を持つ。
今度は少し力を込めた位で桜吹雪が舞った。
現れたのは、桃色の髪の、桃色の袈裟を掛けた刀剣男子。

「…貴方が僕を顕現させたのですか…」

棘のある言い方だった。しかし、言葉端からは溜息があり、諦めた様に見えた。

「宗三兄様!」
「宗三…」
「お小夜…兄様…」
「良かった、宗三兄様は江雪兄様と一緒だったんだね」
「あの時、咄嗟に兄様を追いかけましたから…。一人にして、悪い事をしました」

そう言って小夜の頭を撫でた。
宗三は私を見て口を開く。

「…貴方が兄様を直したと言うのですか」
「そう。初めまして、だね。私はここの新しい審神者の薄氷。此処の皆が江雪の破片を集めてくれました。私は直しただけです」
「刀を直す事が出来るなんて、聞いたことがありません」
「私も皆から“聞いたことない”って言われてる。でも私は出来てる。…今はそれでいいんじゃない?」
「何を企んでいるか知りませんが…」
「宗三、その言い方はありませんよ。和睦です…。直してくださった貴方に、私からも感謝を申し上げます。こうしてまた、兄弟と会えたのですから…」

江雪は宗三を優しく窘め、感謝の言葉を述べた。
小夜は江雪と宗三の袈裟を両手で握っていた手を離し、二人より一歩前に歩み出た。

「僕からもありがとう。貴方が居なかったら、兄様達が戻って来なかった」
「小夜、良かったね。これで一安心…」

そこまで言うと、いきなり私の目の前がグルっと一周した。
なんとか踏み止まるが、目の前は依然としてグラグラしている。
…血を流し過ぎたか、霊力を使い過ぎたか。或いは両方か。

「どうかしたかい…?」

歌仙が後ろから声を掛けるが、それも遠くに聞こえる。
直ぐ後ろにいるのに。

私は立って居られなくなり、そのまま意識を手放した。


…………………………
(20190710)
詰め込み過ぎました。
とりあえず、何振り出した…?6振り?書き手の玖和崎が疲れました…_(:3 」∠)_