「……あるじさん、すごく大きな声だったね…」
「焦ってる様に見えたが、何だったんだ…」
「小夜すけ。……何見たんだ?…月が何だって?」

粟田口の短刀達が、薄氷の出て行った縁側の方へ向きながら茫然とする。
薬研は小夜に問い掛けるが、小夜は下を向いたまま何も言わない。
ややあって、小夜は小さな声で呟いた。

「……僕は何も見てない。きっと見間違いだったんだ」
「でも、あんなにはっきり言っといて…今更“間違い”だって…そんなのあるか?」

厚は首を傾げた。

「多分月は見てたんだと思う。……僕も寝惚けてたから、よく覚えてないよ」

小夜は下を向いたままだった。

「…主さま、昨日ここにやって来て結界張って、僕たち三振り顕現してて、お風呂の中で寝ちゃって溺れてた位疲れてたから、きっとまだ疲れが残ってて…だから今日も倒れたんだ」

そう言って、正座の上に握っていた拳を更に握って、小夜は薄氷の寝ていた枕を見た。
江雪は隣に座ってた小夜の頭を撫でながら宥めるように声を掛けた。

「…そうでしたか。あの方は、来て早々で私達に尽力して下さっていたのですね…」
「あのー…さ、話ズレてね?」

厚は頬を掻きながら話を戻そうとした。

「…良いのです。誰しも、話したくない事の一つや二つはあるものです…。いずれ時が来れば、話して下さるでしょう…。今は焦らずとも、これからゆっくり和睦して行けば良いのです」

そう言って江雪は数珠を片手に拝むような姿をとった。
それに対して、厚は胡座に両手を乗せる。

「…ま、俺は直してもらったし、今んとこ、大将に文句ねぇけど」
「ボクも文句はないよ。だって、“信じて”って言われたし、あるじさんを信じたい」
「俺っちも、前の主よりかは良いとは思うぜ、小夜すけの約束守ったんだから」

その粟田口三人の言葉に小夜は顔を上げた。

「……皆…」
「まあ、秘密なんて誰だってある訳だし。見られたくないもんだってある訳だし。気にすることねーよな」

そう言って厚は小夜の肩を叩いた。
乱は思い出したように声を上げる。

「そういえば…。今度のあるじさんって女の人なんだよね?髪長いし、“私”って言うし、綺麗な人だし…」

小夜はモゾリと正座を直すと、「ううん」と小さく否定を入れた。

「あの人、男の人だよ」
「えっ?」
「は!?」
「は!?」
「…?」
「…昨日、お風呂一緒に入ったから……」

四者四様の驚きだった。
小夜は更に続けて、昨日湯船の中での薄氷の自己紹介を掻い摘んで話した。
ここに来る前は鍛治職人だったこと、剣勢は薄氷が作った事、時間遡行軍に追われ家が焼かれた事、歌仙や山姥切、自分を顕現した時のこと、風呂の中で寝てしまい溺れかけたこと、朝の食事風景…。

「なんか…、主さまは、見栄とかないんだ。飾らないっていうか…。そんな人だよ」

そうだ。
飾らない、命令しない、偉そうなこと言わない。
本人は『小夜達を顕現する関係上、自分の事を“審神者”と言っているけど、本当は“家族”になりたい。“仲間”に入れて欲しいんだ』と風呂の中で言っていた。
…刀である僕達と対等で居たいのだ。

小夜は握っていた手を開いて掌で膝を包むと、皆の顔を順番に見てから口を開いた。

「…主さま、『みんなと仲良くなりたい』って言ってた」
「…今の大将、そんな事言ってたのか。なんか、それマジだったら『主』の概念覆るよな」
「そうだねー…。前のあるじさんより、ボクは好感持てるなぁ、今のあるじさん」
「小夜すけがそんなに大将に入れ込んでるとはな。ま、そうだよな…倒れるまで俺たちを顕現してんだから。本当の気持ちなんだろうな」
「身体を張って、和睦の道に努めようとして下さっているのです…。私達も応えていきたいものですね…」

ね、主さま。
だから。
主さまが僕達に『信じて』って言った様に、僕達を信じて欲しい。
本当は隠したい事でも、どんな事でも僕達は受け入れるから。
いつか。…いつかでいいから、兄様が言ってた様に“和睦”が出来れば良いって思うんだ。



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(20190722)
ちょっと小夜視点。
このメンバーにも男か女かの話し合いがあったら面白いかなと思ったけど、対して話が広がらなかった……(猛省)