もしも道具にたとえたら

「みょうじちゃんってさー、コレみたいだよねっ」

そう言って王馬くんが目前に翳したのは真ん中で繋がったままの、木製の割り箸だった。ええっと。

「それって、つまり、使い捨ての便利な道具ってことですか⋯?」
「うわぁ!すっげー卑屈!!」

そう、彼はげらげらと笑ってパキリッと箸を割る。東条さんお手製の、見た目と匂いからして美味しそうな朝食をそのまま、もごもごと口に入れながら喋る王馬くんに、ちゃんと飲み込んでから喋ってください。じっとりとした眼差しを向けて言えばごくんと盛大な音を鳴らして王馬くんが飲み込んだ。だからさ!

「ほら!こうやったらすぐに折れそうなとことかたまにちゃんと割れなくてイライラさせるとことか、みょうじちゃんにそっくりじゃん!」
「なるほど。王馬さんがわたしをどう思ってるかよくわかりました」

割り箸を曲げたり、振ったりと無邪気に手で弄ぶ王馬くんに、わたしはついむすりと頬を膨らませた。使い捨ての便利な道具と、印象は対して違わないじゃないか。わずかな苛立ちと、沈んだ気持ちをぶら下げたまま、オムレツをつつくわたしに、彼はにししっと歯を見せて笑うと「じゃあ、オレは?」今度はわたしへとそう問いかける。

いきなりいわれても。わたしはすこし逡巡した。ゆるりと視線をオムレツから天井へと移動させて、ちょっとだけ真剣に考えてみる。なにかひと泡吹かせれるような解答をとは思ったが、けれどいい案は浮かんでこなかった。仕方なく、パッと思い浮かんだ物をそのまま伝える。

「王馬さんは、時計、ですかね」
「時計?」
「アラームの音が王馬くんにそっくりなので」

とっても煩いんです。わたしは、にこやかに言った。嫌味っぽく聴こえるように言ったはずなのに、王馬くんの表情はひとつも変わらず、それどころか益々笑みが深まった気さえする。

「ふーん?じゃあオレが、みょうじちゃん専用の時計になってあげよっか?」
「え?」

王馬くんの言葉にわたしはきょとりと瞬いた。頬杖を付いた彼の、まあるい大きな瞳が優しく細まって胸骨の奥がどきりと跳ねる。

「十二時になったらごはんだよー!って教えてあげるし、三時にはおやつだよーってお菓子も持ってきてあげるし、寝る時にはおやすみって言ってあげるよ?朝もちゃあんと耳元でおはよう、朝だよ⋯って優しく起こしてあげるしさ!特別だよ?」

これはきっと、煩いと言ったことに対する意趣返しだろう。からかわれている。そうわかってはいるのに、想像して途端にぶわりと頬が熱をもった。そ、そんなに艶っぽく言わなくても⋯!

「いいいいえ、結構です!」
「えー。でも時計って毎日、何回も、欠かさずに見るもんでしょ?つまりさ、みょうじちゃんはそれくらいオレのこと見てるってことじゃん。チラチラチラチラ、エロ本買うときの中学生みたいにさー。あーあ。嬉しかったのになー。まあ、嘘だけどね」

涼し気な表情で流れるように言った王馬くんにわたしは羞恥から顔を紅く染めたまま、「ち、違います!」咄嗟に声を張り上げていた。時計に例えただけでまさかこんなにも話しを広げられるとは思わず、なにより図星をぐさりと突かれたことにわたしはひどく混乱していた。だからだろう。

「べ、べつに王馬さんにそうして貰いたいとか、見てたとかじゃなくてですね…!ただ、今何してるのかなって、気になるだけで───」
「は?」

思わずといった王馬くんの低い素の声に、わたしもついきょとりと瞬いた。ええっと。わたしは今、なにを⋯?
一体、なにを口走ってしまったのか、気づいた瞬間、ぼぼぼっと一瞬で火が出るように顔が熱くなる。咄嗟に口を覆ったけれど時既に遅しとはまさにこのことで、いまのは、えっとその⋯!!あわわわとパニくるわたしを王馬くんがぽかんと見詰めているだけなのがなんともいたたまれない。

「わ、忘れてください⋯!!」

もしかしたら彼にはりんごかポストか赤鬼か──とにかく、そういったものに見えているのかもしれない。そう思ってしまうほど、まるで変なものを見るような、あんぐりと開いた薄いくちびるにわたしはガシャーン!と派手な音を散らして逃げるように席を立つ。食堂から飛び出した際、だれかとすれ違ったような気もしたがさすがに立ち止まる余裕はなかった。





「っていう会話をしたんですけど、どう思います?」
「割り箸って⋯さすがに王馬くんの嘘じゃないかなあ」
「どうですかね?嘘だよ、とは言われなかったですし。それより、赤松さんなら王馬くんをなにに例えますか?」
「うーん。私なら王馬くんは、ガチャガチャかな。それも中身が見えない黒いカプセルのやつ。あの空けるまでのワクワク感と、空けてからの落ち込む感じが王馬くんっぽいよね」
「すごくわかります。王馬さんのガチャガチャなら変なのしか入ってなさそうですけどね」
「むしろなにも入ってなかったりしてね!何が入ってるのかはお楽しみ!って書いてるのに、べつに何かが入ってるとは書いてないじゃん!とか言って馬鹿にされるんだよ、きっと」





「⋯どうかしたんすか、王馬くん。顔赤いっすけど」
「べっつにー。オレが風邪ひいてようと倒れようと余命一ヶ月だろうと天海ちゃんには関係ないだろ」
「それはそうっすね」

「そんなことよりさ、天海ちゃんはコレ、どう思う?」
「割り箸っすか⋯?どうって言われても⋯再利用できる便利な物としか」
「だよね!所詮、箸がないときにしか使われない無駄に資源を浪費してるだけの、あってもなくても誰も困らないただのひょろい棒っきれだよね!」
「いえ、そこまでは言ってないっす」

「ていうかべつにオレ、割り箸なんて言ってないじゃん!見せただけで勘違いしちゃってさ、こんなんただの箸だろ!」
「情緒どうしたんっすか」
「だいたい、みんな誰が使ったかわかんない箸使ってんだよ!百田ちゃんと最原ちゃんがべろべろ舐めまわしてねぶって、唾液と雑菌が染み込んだ箸使い回してんだよ!お前らはそれでいいのか!!」
「ちょっと王馬くん!変な言い掛かり付けないでよ!」
「ええ。ちゃんと洗っているわ」
「東条さんが訂正するのそこなんっすね」
「神さまはそんなに嫌なら手で食べればいいて言ってるよー」
「嫌なら自分用の箸を持てばいいだけじゃん」
「マイ箸ってやつじゃな」
「はい!転子は夢野さんとふたりだけの専用のお箸を所望します!!」
「ていうか王馬くんってそんなに潔癖だったっすか?」
「そうだよ!オレは繊細で貧弱で、季節の変わり目にはぶっ倒れるくらい、口に入れる物にもいちいち気を配らなきゃいけないくらい病弱だからね」
「っていう設定だろーが」
「??よくわかんないけど、それくらい王馬くんにとってお箸は重要なんだね?」
「そうだよ、オレは日本人だからね。フォークとかナイフとか格好だけを気にしてごちゃごちゃしたマナーを強いられるめんどうな物より、なんにも気にしないで扱える素直な物のほうが気楽だし、誰かが使ったもん使うくらいならマイ箸だろうがこんな棒っきれだろうが利用するくらいには大事なんだよ。⋯まあ嘘だけどね」

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