あてんしょんぷりーず?

「えー。ただいまの時間を持ちましてタイムアップとなりました。超高校級の生徒たちはすみやかに体育館に集合してください。繰り返します───」

無機質で、機械的な音声が校内に薄く伸びていく。モニターに映るモノクマは映像を切り取ったような静止画ではあるが、音声自体はおそらく、予め用意していたというわけではないのだろう。やけに事務的な口調のその背後では、ガチャガチャとなにやら慌ただしく動く物音がマイクを通して聴こえてくる。

まるで現実味のない──いや、ここに連れてこられてからというものそもそもがまだこの非日常的な現況に、脳と身体が処理しきれていないのだ。処刑されると言われてもすこしの実感も湧かないそんな状況下で、いったい誰が罪を犯すというのだろう。予想通りといえば予想通りの展開に、天海はモニターから視線を引き剥がすと無言で立ち尽くすなまえを横目に見やった。彼女は依然として、モニターをじっと見上げている。

彼女は、まるでつまらない映画のスクリーンを眺めでもしているかのように、泰然と、深沈と、動きもしないモノクマをただ静かにそのくろい瞳に閉じ込めていた。ブツリッ、と放送が途絶えてしまえば、あとに残ったのはひっそりとした居心地の悪い静寂と僅かばかりの期待と焦燥で、いっその事、取り乱してくれたならこの地に足のつかない感覚もすこしは明瞭になったのにと天海は思う。泣いて喚いて、その綺麗な髪を掻き乱して、陶器のような肌色を絶望に染めてくれたなら、希望も湧かず、期待も持たず、あとはただ大人しく堕ちるだけだというのに。

「⋯⋯行かないんすか?」

たっぷりとした沈黙のあと、静かに声を発した天海になまえはようやくモニターから顔を引き剥がした。ぱちりと、鷹揚な瞬きに天海は再度口を動かす。

「⋯どの道、選択肢は他にないんすけどね」

どちらに転ぶにせよこの閉鎖された場所に囚われている以上、行く宛てなど他にはないのだ。投げるようにそう言って、天海は引き戸に手をかける。静かに図書室を出ていった天海に結局、なまえが言葉を返すことはなかった。





「おそい!遅すぎるよ、みょうじさん!」

体育館に足を踏み入れてそうそう、なまえを出迎えたのはぷりぷりと顔を真っ赤に染めて憤慨するモノクマの罵声だった。既にほかの生徒たちは揃っているようで、モノクマに詰め寄られるなまえの姿を、不安と心配が入り交じったなんとも神妙な顔付きでうつうつと見守っている。

壇上の前には、五機のエグイサルが半円状に並んで待機しており、おそらく臨戦状態のモノクマーズがそれぞれ搭乗しているのだろう。ピリピリというより、うずうずと言ったほうが近いだろうか。とにかく、いまはだらりと垂れ下がった重そうなアームだが、モノクマの気分しだいで一斉にこちらを向くことになるのは明らかだった。なまえは、そんな威圧感のあるエグイサルから足元に佇む超高校級の彼らまでを順番に見渡して、それから仁王立ちでふんぞり返っているモノクマへと静かに視線を戻した。

「まったくもう!あと少しでも遅れてたらボクのミサイルが火を噴くところだったよ!」
「ミ、ミサイルってぇ⋯!」

ミサイル、その単語に真っ先に反応したのは入間だった。思わず、といった様子の上擦った悲鳴に、なまえは謝ろうと開いた唇をおもむろに閉じた。入間は、興奮に頬を赤らめたと思えばしかし、すぐにハッとした表情でぎゅっと眉間に皺を寄せる。

「てめぇ嘘つくんじゃねー!そのナリでミサイルなんてぶっ大層なもん搭載してるわけねぇじゃねーか!」
「なになに?ミサイルなんかじゃあゆるゆるで、びちゃびちゃな入間さんには物足りないって?」
「び、びちゃびちゃだなんて⋯そんなぁ⋯ホントのこと言うなよぉ⋯⋯」

豊満な胸を押し上げ、身悶える入間になまえは数秒、絶句した。状況さえ違えば、おそらく、見惚れていただろう。もしかしたら、彼女らしいと笑っていたかもしれない。容姿の美しさも相俟って、善がる彼女はいたく暴力的であったが、しかし状況が状況なだけに少しも穏やかではいられなかった。それはなまえだけでは無いようで、呆れや軽蔑を含んだ剣呑な冷たさが次第に空気を満たしていく。

「ミサイルだって!そういうことならこっちも負けてらんないね!ほら!キー坊!お前の自慢のマグナムの出番だぞ!」
「そんなもの搭載してませんよ!!」

ついにはまるで新しい玩具を貰った子供のようにわくわくと王馬までもが参戦しだしたのだから、張り詰めていた緊張感は跡形もなく消え去った。まるで氷山の一角に放り込まれたような冷え冷えとした視線を、当人たちだけがまったく気付いていないのだ。いや、王馬に至っては確実に愉快犯であろう。重い空気を変えようと試みたものでもなく、単純にノリに便乗しただけだろうことが生き生きとした表情から伝わって、未だ、ぎゃいぎゃいと賑やかな声をシャットアウトする様になまえはおもむろに米神を押える。

結論だけを言えば、今回、殺人は起きなかった。図書室にはしっかりとカメラが設置されていたので、赤松は抜かりなく準備を進めていたのだろうが、おそらく、なまえというイレギュラーな存在のせいだろう。あの後まっすぐに図書室へと向かった天海だったが、彼は一切隠し扉には近寄らなかったのだ。視線のひとつさえ向けなかったのだから、その徹底ぶりにはなまえも思わず感心してしまったほど。結局、なまえがした事といえば天海の警戒心を煽ったあげく、突き放されないのをいい事に後を追っていただけであるが、かえって彼だけにピントを絞ったのが吉であったのかもしれない。

とはいえ、最悪な状況には変わりなかった。王馬と入間のせいでずいぶんと空気が弛緩されているが、流石にこのままとはいかないだろう。意地の悪いモノクマが見逃してくれるとは思わない。
さて、どう口火を切るべきか、と。なまえはぐるりと思考を巡らせた。ここから先はなまえにとっても未知の領域なのだ。ひとつの選択がそのまま最悪のシナリオに転じる可能性も有り得てしまう。こんなときばかりは、機転の早い才能が羨ましいとなまえはちいさく唸った。正直、頭の回転が早い方ではないのだ。どうせなら、最原のように頭の切れる才能か、もしくはギャンブラーや詐欺師といった舌の回る、ポーカーフェイスを保てるポテンシャルの才能であれば、もう少し上手く立ち回れたのだろうに──。

「それじゃあ⋯⋯もういいよね?」

悶々と、考えあぐねるなまえを置いて先に口を開いたのはモノクマだった。雑音の中でぽとりと落とした水滴のような音は、それでもはっきりと全員の耳に行き届いた。ぎくり、と身体が強ばる。あれだけ騒々しかった室内が、波を引いたように静まり返るのは一瞬だった。

「もういいって⋯」
「い、いいわけないよ!!」

かくりと首を傾げたモノクマの、その言葉の意味がわからないほど、誰もが鈍感ではなかった。条件反射というべきか、咄嗟に食い下がった赤松にモノクマは「え〜」とだらしなく口先を尖らせる。

「そうは言ってもねぇ。べつにボクだって、こんな展開望んでたワケじゃないんだよ?優秀で、才能に溢れてるオマエらには、もっと狡猾で斬新で、アッと驚くようなコロシアイを期待してたんだからさ。それなのにオマエらときたらあれもイヤこれもイヤって⋯──まったく!!図々しいったらないよ!自分たちの都合ばっか押し付けてさ!ボクだって観たいアニメがあるんだからな!!あ、ちゃんと録画してくれてる?」

してるよお父ちゃん!バッチリだぜ!さすがボクの出来る子供たち!───そんな茶番をなまえたちは唖然と聴いていた。まるでオチのない寸劇のようだ、となまえは思った。そこに台本なんてありはしないのに、息のあった仰々しい素振りに、ここまでの全てが創られたシナリオのように錯覚させられる───そんな筈はないのに。

「まあ、そういうわけだからさ。ザンネンだけど、約束は約束だからね。オマエらがぐだぐだ喚こうが、泣いて懇願しようがボクは約束を守るクマだから。せいぜいみっともなく泣き叫びながら絶望するといいよ!」

あーはははは、と。腹を抱えて笑うモノクマの笑声に被せてガシャリと一斉に銃口が向けられた。誰かの息を呑む音がなまえの耳に届いた。「ちょ、ちょっと待ってよ!」咄嗟に赤松が声を張り上げたが、当然、モノクマに聞く気は無い。

「それじゃあ張り切って──」

一体どこから取り出したのか、モノクマはやけに快活とした声色で、嬉々としてガベルを天高く振り上げた───。

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