偏見が嫌いな女の子とデク

「まあ、ヒーローが好きってのは分かるとしてもさ。なりたいってなるの凄くない?」

がたんごとん、と。車両に響く騒音に負けず劣らずの声量で彼女がそれを口にするのは、ついさっきぶりである。せっかく、「発車のアナウンスと被ってうまく聴き取れなかった」体でいたというのに、どうやら消化不良だったらしい。「あー。例の無個性?」「そうそう」帰宅ラッシュが過ぎ、すっかり人の引いた車内で彼女たちの声は良く通った。そんな彼女たちの会話をおざなりに、無言でネットニュースをスクロールしていく。

「授業中もなんかずっとぶつぶつ言ってるしさ。どう見てもヒーローって柄じゃないっしょ」
「知ってる知ってる。無個性とクラス一緒になったこと無いけど、廊下ですれ違った時とかノート?みたいなん持ってなんか喋りながら歩いてるし。暗いっつーか、あそこまで行くと気味悪いよねぇ」

"無個性"、というのは彼女──野乃花恵ののはなえとばったりホームで再開してからというもの彼女が度々話題にあげている人物である。なんでも彼女たちの中学校では割りと有名人物なんだとか。ちなみに、野乃花恵とは小学校の同級生という関係ではあるけれど、ぶっちゃけ声を掛けられてからの数分間、名前を引っ張りだすのに苦労したくらいの、めちゃくちゃ浅い関係である。彼女の友人に至っては名前すら知らないのだ。つい流れで乗車してしまったが、こんなことなら遠出なんてしなければ良かったと、ちゃっかり確保した端の座席に腰掛けながらそんなどうにもならないことを考える。

「しかもさ⋯ねぇ、あの無個性、どこの高校受けると思う?」

もうどっかで適当に降りようかな。まったく頭に入ってこない文字の羅列に、悶々と逡巡していれば突然、じっとりと落とされた声量にわたしはつい顔を持ち上げた。「えっ、どこどこ?!」「いやさ、私も人伝に聞いただけなんだけどぉ〜」なにがそんなに面白いのか。まるでとびっきりの秘密でも打ち明けるような勿体ぶった口調のくせして、口角に浮かぶのは明らかな嘲笑。にやにやと露骨なまでの不快な笑みに、どうせろくでもない話しだろうと早々に見切りをつけてわたしはそっと窓の外に視線を流した。ていうか、人様の行く高校なんてどこでも良くないか?実は好きだったりする?

「あの雄英だって!ゆ、う、え、い!!」

えー!!まじで?!まじまじ!!───効果音にするなら、ギャンっ!!だろうか。爆発的に響いた、まるで地鳴りのような声量に、他の乗客たちの視線が一瞬にして突き刺さるのがわかった。いや、わたしまったくの無関係なのでぇ⋯。バッチリと視線の合った、おば様の不愉快そうな眼差しにとりあえず頭を下げておく。めちゃくちゃ居た堪れないのですが。ワカメのようなもじゃっとした緑色の頭髪の男の子なんて、女子たちの下品なギャルトークにすっかり萎縮しているのか、目が合ったと思った途端、風を切るように逸らされてしまった。解せぬ。

「無個性なのに雄英なんて、どう頑張っても無理っしょ?」
「ぜ〜ったいムリムリ!あの無個性が受かるなら、私らなんて推薦、余裕じゃん!!」

「──いや、無理でしょ」

尚もゲラゲラと笑う彼女たちに、鼓膜だけじゃなく頭痛までひどくなったような気がして、だからだろう、つい口が滑っていた。

「無個性だろうが凡個性だろうが、夢に向かって頑張ってる人を蔑むような奴が受かるほど、雄英ってそんな甘くないよ」

突然、会話に割り込んだわたしに彼女たちはギョッとしたような顔で固まった。さっきまでよく動いていた舌が、ピッタリとお行儀よく口腔に収まっている。

まあ、とはいえ、彼女たちの言うように、雄英高校は数多の有名ヒーローを輩出した実績を誇る、ヒーロー科きっての名門校であるには違いない。NO.1ヒーローの母校でもあるので、ヒーローを目指さずともまず知らない人はいないだろう。倍率約300倍といわれるくらいなので、強個性であっても素質がなければ振い落されるのがほとんど。実際、無個性が受かるのは厳しいのが現実だろう。だからって、人を馬鹿にしていい理由にはならないけれど。

「というか、無個性だからヒーローになれないってなに?合否決めるのあんたらじゃないよね?」

そもそも、「個性」というものは、個々を分別する為のひとつの認識材料でしかないのだ。容姿や個々の能力だけでなく、性格だったり価値観だったりと、はるか昔はもっと漠然としたものが「個性」といわれていたくらいである。それが、今では人口の6割が頭部に触覚やら角やらを生やしていたり、犬がお巡りさんしているせいで、能力そのものが当たり前のように「個性」と呼ばれるようになっただけで、その人を表す個性そのものが無いわけではないし、なんなら無個性もひとつの立派な個性だとわたしは思っている。

「あんたらがどんだけ凄い個性もってるのかは知らないけどさ──」

だから、これはただの八つ当たりだ。「無個性だから」って諦める理由にはならない筈なのに、「無個性だから」こそ選ぶ道が狭まれる、前衛的で馬鹿馬鹿しい時代に対するただの八つ当たり。価値観の相違も、彼女たちがそういう価値観を持っているのも、彼女たちだけのせいじゃないのは分かっているけれど、だからってやはり馬鹿にするのはいただけない。

「──ただ嘲笑ってる奴よりかはずっと、無個性くんのが凄いと思うよ」

んじゃあ、わたし此処だから。そう言ってタイミングよく停車した車両から、ポカンと惚けている彼女たちを置いて逃げるように飛び降りた。最寄りの駅では無いけれど、まあどうにかなるだろう。もう会うこともないからと言いたいことを言い切ったおかげで、頭が随分とスッキリしている。

「いやあ、でも、これが不器用な愛情表現とかだったらめちゃくちゃ申し訳ないな⋯」
「ええっ?!」

嫌よ嫌よも好きのうち?にしてはもうちょいやり方あるでしょーに。なんて、わりと、めちゃくちゃどうでもいいことを考えていれば、突然背後から上がった奇声。しょうもない独り言に、まさか反応が返ってくるとは思わず、わたしは「ん?」ぐんっと背筋を伸ばした体制のまま振り返った。

「あっ、ああ、あの⋯!!」

背後に居たのはまさかのワカメくんである。さっきのやり取りがバッチリ聴こえていたのか萎縮してめちゃくちゃ吃ってるし、視線も合わないけれど、たぶん、おそらく、わたしに用があるのだろう。ほとんど人も疎らなホームで、彼の目の前にいるのはわたしだけだし。だから、なに?と尋ねたつもりで首を傾げて見せたけど、視界を足元だけに収めている彼には伝わらなかったようで、改めて声に乗せて問い掛ける。

「なにか用ですか?」

できるだけ、柔らかく尋ねたというのに彼の反応は思わずこちらまでびっくりするほど大きかった。ひぃっ、てちょっと、わたしが虐めてるみたいじゃん!ビクッ、と目に見えて肩を飛び上がらせたワカメくんと、やっと視線が交差する。恐る恐るといった様子で上げた表情は、思っていたよりもずっとしっかりとしていた。

「ああの、こ、これ⋯っ!忘れてました⋯っ!」

緊張しているのか、つっかえながらそう言って彼が差し出したのは、ストラップも付いてないシンプルな長方形の携帯電話。白いシリコンカバーに包まれたソレは、間違いなくわたしの携帯だ。「えっ?!」まさか、座席に忘れてた?!慌ててポケットに手を突っ込んだけど、まあそりゃあ無いよねぇ⋯。

「うわあ〜、ありがとうございます!」

彼が届けてくれなきゃ、駅中探し回るところだった⋯!!にこにこと、目一杯の感謝を伝えて携帯電話に指を掛ける。

「ほんと、助かりました!」
「あっ、いえ⋯はい⋯!」

⋯⋯⋯ん?おやおや、とわたしはにっこり笑顔まま固まった。あとは彼が指を離して、別れを言うだけなのに、なぜだか、彼がなかなか指を離してはくれないのだ。これじゃあたまに道端で見かける名刺交換をしているサラリーマンである。おやおや??

「ええっと⋯?他になにか⋯?」
「あっ、ご、ごめんなさい⋯っ!!」

軽く腕を引けば、今度こそ簡単に指が離れていった。いや、彼が慌てて手を離したのが早かったかもしれない。ひとまず、しっかりと鞄の内ポケットに仕舞い込んで、改めて彼に視線を向ける。

「それじゃあ⋯?」
「ああ、あのっ!!」
「はい?」

もう行ってもいいかしら?とお伺いを立てたつもりだったのに、強い口調で阻まれてわたしはぱちくりと瞬いた。ぎゅっと握られた拳と、ごくりと鳴った喉に、彼が緊張しているのがわかる。

「あ、貴方も!その、雄英、受けるんですか⋯っ?」

彼の言葉に、というより、彼の瞳にか。さっきまでのうじうじびくびくしたような、頼りなげな風貌とは打って変わった力強い眼差しに、わたしは思わず目を見張ってしまった。それから、ちょっとだけ逡巡して、なるほど、と納得する。彼はあの会話を聴いていたのだ。確かに、 客観的に見れば雄英を甘くみているから怒った、とも捉えられるかもしれない。実際は、だいぶ私情を含んだ迷惑極まりない八つ当たりなんだけど。

「貴方も、ってことは君も?」
「⋯うっ、はい⋯」

しおっと、すぐに垂れ下がった目尻につい、笑ってしまいそうになる。「へぇ〜そっか〜」つまり、彼とは同い年で、これから先、同級生になるかもしれないってことだ。

「それじゃあ、また、会えるように。入試試験、お互い頑張ろうね」

それじゃあ、だけじゃちょっと味気ないと思っていたのだ。はいっ、と手の平を差し出せば、ぱちりと目を見開いて、それからやっと意図を理解したのだろう。恐る恐る触れた、思ったよりも硬い手の平を、互いの健闘を祈ってぎゅっと握る。

「じゃあまた!雄英で!!」
「は⋯、うん!!」

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