3700年後の世界と余命わずかだった子

「はいはーい!わたし行きたいです!行きます!!」

一際、元気な声が上がる。ゴツゴツとした岩肌に囲まれた洞窟で、それは反響するほどに良く通った。ぎょっと目を見張るもの、やっぱりかと顔を覆う者。それらの注目を浴びながらも、なまえの視線はただ一点に注がれている。

「うん、じゃあ頼んだよ」
「お任せあれ!」

たおやかに頷いた司に、なまえははっきりと言い切った。不安も、恐れも感じさせない清々しいほどのやる気に満ちた声だった。司が承諾したのであれば、否を唱える者はいない。すんなりと決まったことにほっとしたような、気の抜けた足取りでぞろぞろと洞窟を後にする連中に紛れて、下手くそなステップを踏む背中を見詰めながらゲンはひっそりと額を覆った。


3700年の時が経ち、すっかり崩壊した文明を科学の力で取り戻す。その野望は、司の思想とはまったくもって相反するものだった。悪いモノは取り除くべきなのに、全人類を復活させると宣言した彼が司にとっては邪魔だった。それさえ違えなければ、きっといい友人になれただろうに、けれど殺されるとわかっていても彼は科学を捨てなかった。だから、殺した。殺すしかなかった。彼の願いどおり、あるいは司の望みどおり、一瞬で眠りにつけるように頚神経を一撃で砕いた。その感触は今でも司の手に残っている。それなのに、こうも不安になるのは僅かに過ごした時の中で垣間見た彼の性質ゆえか、はたまた最期に対峙した際の彼の強い眼光のせいか。確実に殺した実感はあるのに、虫の知らせとでもいうべきか、司はいずれひょっこりと彼が現れるような気がしていた。だから、途中で出会った現地人の村に単独でゲンを向かわせた。仮に、生きているならば彼が人手を欲して村に行き着くことは明らかだった。

「残念だけど、千空ちゃんらしき人は居なかったよ」

一度目の訪問で、そう報告したゲンを信用していない訳ではなかった。二度目の報告でも、ゲンは常套句のように同じことを司に告げた。ならば、やはり彼は死んだのだろう。生きているかもと不安に思うのも、殺したくない相手だったからかもしれない。ゲンは口から出す言葉こそ軽薄ではあるが、賢い男だ。現地人と司、どちら側につくのが己にとっての最良かちゃんとわかっている。それが千空と司、となった時どちらに天秤が傾くかはわからないがそれでもこの薄っぺらい男を司は疑ってはいなかった。裏切られた際の対策を頭の中でしっかりと考慮しながらも、いまはまだ。

「うん、報告、ありがとう。なら、やはり千空は死んだと思ったほうが良さそうだ」
「さすがに頸神経砕かれちゃったらねぇ。もし生きてても歩けないし動けないしで、よくって餓死、悪くて動物の餌ってとこかな」

本当に、損な役どころだとゲンは思った。別に、千空に頼まれた訳ではないし、脅された訳でもない。それなのにこうして危険な賭けだと理解していながらも偽りの報告をするのは、単純にもう少しだけ様子を見たいと思ったからだ。幸いにも、今のところ司に疑っている様子はない。が、「死んだと思ったほうが良さそう」ということは生きている可能性を完全に捨ててはいないということだ。千空の知識量を見れば司が危険視する気持ちも理解できるが、執着されている千空からしたら迷惑千万だろう。それなのに、彼は彼で追われているのすら糧にして凄まじいスピードで村を発展させているのだから、ゲンがやっている事は束の間の時間稼ぎでしかなかった。そして、おそらく、それを千空もわかっている。ゲンが現れたことでゼロだった時間が、ゲンによって引き伸ばされた。科学に裏技も時短もないが、発展していくうちに何れはバレるそれをゲンが上手く引き伸ばしているその間に一ミリでも早く進めたいと思っているはずだった。いつバレるのかと冷や冷やしているゲンからすればたまったものではないが。

「うん、俺もそう思うよ。けど、念の為、村の監視は続けてほしい」
「任せて、司ちゃん。上手くいけば村の人たちこっち側に引き込めるかもしんないしね〜」
「何れはそうなるだろうし、うん、そうするのがベストだ。もし、抵抗するなら排除も厭わない。その為にも、監視の目は多いほうがいい」
「え〜っと⋯それってつまり?」

なんだか話の矛先が急激にシフトした気がする。それも、嫌な方向に。穏やかそうな面をして、物騒なことを宣う司に思わずゲンは喉を引き攣らせた。表情にはおくびにもでていないはずだが、司はゆっくりと目元を細めた。

「もう一人、ゲンの同行者を決めようと思うんだ」





そうして、決まったのがなまえだった。完全に立候補であったが、もしなまえが名乗りを上げなければきっと、屈強な男のうちの誰かが司によって指名されたことだろう。村に赴くよりも断然、この拠点に居たほうが司に取り入るチャンスがある。それなのに、なまえは司が口を閉じ切る前に両手を上げた。両手を振って、小さい身体を飛び上がらせて、自身の存在を主張しながらきっぱりと表明したのだ。これが、吉となるか凶となるかはさすがのゲンにもわからない。なにせ、なまえはゲンが起こされる前から司の傍にいる、所謂、選ばれた復活者だからだ。目覚めて早々に役目を与えられたゲンがなまえについて知っていることは少ないが、おそらく、3700年前からの知り合いなんだろう。そうでなければ、貴重な復活液をいの一番になまえに使用した理由がわからない。

「ちょ〜っと聞いてもいい?なまえちゃんと司ちゃんってさぁ、もしかして、昔からの知り合いだったりしちゃう?」

ゲンにとって、そして千空にとって、尤も避けなければならないのは千空の生存報告である。決まってしまった以上、巻いて逃げることも拘束することもできず、ならばひとまず情報を引き出すしかなかった。彼女が司側の人間か、はたまた千空側に靡く可能性があるのか。返答次第では、村に着き次第、千空に処遇を仰ぐ形になるだろう。なまえはゲンの言葉にゆっくりと首を捻った。しゃがみ込んだ体制のまま、ちいさな手に掴んだ名前もわからない植物を背負った大きな皮の鞄に突っ込んでなまえは軽やかに立ち上がった。さながらバックパッカーである。

「司くんと?」
「そうそう!ほら、なまえちゃんって俺よりも先に起こして貰ってるでしょ?ほとんど男ばっかだし、なまえちゃんみたいなか弱い女の子が居てくれて俺としてはジーマーで助かっちゃってるんだけどさ、なんでかな〜ってね」
「あ〜そっか、そうだよねぇ」

ゲンに影響されてか、なまえの口調はやけにのんびりとしたものだった。うんうん、と首肯しながらもなまえの視線はゲンではなく鬱蒼と生い茂る木々に向けられている。そうしてなまえの意識は「あ、きのこだ!」と他所に向いたものだからゲンは「ちょっと、聞いてる?」思わず素面で投げていた。

「聞いてる聞いてる。でも、わたしもわかんないんだよね」
「え〜まさかなまえちゃん、記憶喪失とか?」
「はは、ゲンくんって発想豊かだね」

けらけらと屈託なく笑うなまえに「ん〜そういう人もけっこう周りにいたからね〜」飄々としながらもゲンは内心では思いっきり顔を歪めていた。嫌味ではなく、思ったことをそのまま声に乗せているだけだろうがまったく、調子が狂う。そのまま、緩やかに流されそうになった会話を戻すためにゲンはあえて切り込んだ。

「それで?ホントのとこどうなの?司ちゃんと知り合いでもべつに誰にも言わないよ?」
「うーん。って言っても、知り合いじゃあないし」

なまえは、あっけらかんとした口調で言った。彼女の手元からはぶちぶちと不穏な音がしていて、きのこや色んな種類の植物がぽいぽいと背中の鞄に放られていく。それらの使い道も気になるところではあるが、それ以上に彼女の言葉がいたく衝撃的だった。「ええっ〜?!知り合いじゃないの〜?!」わざとらしく驚いてみせながらも、ゲンは非常に困惑していた。そうだろうと思い込んでいた根底が、一瞬で覆されたのだ。「司くんもだけど、この時代で会ったのがみんな、はじめましてだよ。もちろん、ゲンくんもね」そう言って笑うなまえに嘘をついている様子も、つくメリットもない。ゲンの物差しで見てもなまえは特別美人という訳でもなく、身体能力が優れているという訳でもなく、人心掌握が得意な訳でもなく、至って平凡のどこにでも居るような普通の女の子だった。で、あるなら、なぜ司はなまえを復活させたのか。

「たぶん、知り合いに似てたからじゃないかなぁ」

そしてその答えは聞くより先になまえによってあっさりと告げられた。「わたしもよくわかないんだけど、司くん、ちょっとだけ泣きそうな顔してたから」僅かに声量の落とされた声色は、憂いているようでもあったし同情しているようでもあった。つまり、先程の「わからない」は、起こされた理由についてのことだったのだろう。それならば、わからないのも頷ける。知り合いでないのなら起こした理由は、本人である司にしか知り得ないことだからだ。知りたいのなら、聞くしかない。けれどなまえは踏み込むことをしなかった。それが司の為なのか、あるいは必要性を感じなかったのかはわからないが、兎に角、なまえが司に近しい人間じゃないとわかっただけでも収穫だった。あとは科学側に引き込むだけである。

「なるほどねぇ〜。ところでなまえちゃん、さっきから色々と集めてるみたいだけど、まさか、そのきのこ食べるなんて言わないよね〜⋯?な〜んかバイヤーな色してな〜い⋯?」
「ふはは、食べてみる?よく眠れるよ。その変わり、二度と目は覚めないけどね」
「だよねぇ〜⋯」

ひくり、と頬が引き攣った。無邪気に笑っているが、ゲンとしてはまったく笑えない冗談である。そんな危険性のあるものを、そうだと知っていながら一体なに使用するのか。まさか村の人達にこっそり食べさせちゃうとか?いやいやさすがにそれは無いでしょ!⋯ないよねぇ〜⋯?さすがに、純粋そうな顔の下でそんな危ない思考をしているとは思いたくない。それが、たとえ珍しい鉱物を発見したときのような千空やクロムの表情と酷似していたとしても、村に着くまではなまえとふたり、行動を共にしなければならないのだ。

「あれ〜⋯?これってもしかして俺が一番大変だったりする⋯?」

森に慣れているのか、あるいは森を見るのがはじめてなのか。きょろきょろと辺りを見渡しながらジグザグに進行するちいさな背中にゲンは思わず空を仰いだ。元々、突然の同行者発言に心労していたのに、小動物のような彼女の行動まで監視しなければならないのだ。その上、危険物を所持しているとなれば、自分の摂取する物にさえ気を配らなければならない。司の知り合いかもしれないとはいえ、男よりも女のほうが取り入りやすいと軽く思っていたが、彼女を知った今、過去に戻れるなら真っ先にチェンジを要求しただろう。ある意味、千空の生存報告よりも危険な状況にゲンの足取りは水を含んだように重かった。

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