のこったのは「 」でした


パドキア共和国のククルーマウンテンに邸宅を構えるゾルディック家。その一執事として、ナマエはその身を置いていた。本来、親の代から受け継がれ、生を受けた時から執事としての教養を学び、ゾルディック家の為に尽くすよう作られる。

それなのになぜ生かされているのか、当時4歳だったナマエの疑問が解消されたのはその一年後、だだっ広い食卓の上座でキキョウの腕に抱かれながら毒入りの離乳食に喉を鳴らすちいさな銀髪の赤ん坊を見た時だった。本来、忙しい彼等が揃って食卓を囲むのも希な上、こうして執事を在席させるのは珍しい。カチャカチャと金属がぶつかり合う冷たい音と、まだ未発達の言葉ともいえない単語を連ねる幼い声にナマエは背筋を伸ばすしかなかった。

「ナマエ、これからはキルア様のために生きなさい」
「はい、ツボネ様」

彼等の食事を見届けたあと、硬い表情のツボネに呼ばれたナマエは彼女の真摯な視線に深く頷いたのを覚えている。彼等がそうであることを望むのならナマエは大人しくこうべを垂れるしかなかった。



「なぁ、天空競技場ってどんなとこ?」
「私も行ったことはないのでキルア様の質問にお答えすることはできませんが···そうですね、きっとキルア様を成長させるところなのだと思います」
「まぁ、ここから離れられるんだったらどんなとこでもいっか」
「キルア様」
「はいはい、分かってるってーの。家業を継がなければいけません、だろ?ナマエの説教は聞き飽きた」

出発直前の会話を思い返しながら、ナマエは揺れる銀色に一定の間隔で着いていく。受付を済ませ、飄々と歩くキルアに向けられる視線はじっとりと舐める様な揶揄いの混じるものばかりだったが、キルアはすこしも気にせず、体格の違う男達の間を軽々と進んでいく。「おいおい、此処はお子ちゃまが来るところじゃねぇぜ」ニヤついた笑みを貼り付ける男にドッと沸き立つ周囲の馬鹿にした笑いに、キルアは詰まらなさそうに咥えていた棒付きキャンディをころりと口腔で転がした。

「殺ってもいいんだっけ」
「特に問題は無いと思いますが···あまり目立つ行動は控えた方が良いかと」
「あーあ。そっちのが楽なのにな」

加減すんのって難しいじゃん。後頭部で両腕を組みながら、キルアが不貞腐れて言った。受付嬢から聞いたルールによれば、P&KO制。つまり、相手を先に戦闘不能にした方が勝者というわかりやすい形式となっている。勝利する都度ファイトマネーが支給され、階が上がる毎にその金額もより高額になる。階は1階から200階まであり、200階で10勝すればフロアマスターへの挑戦権を獲得できるそうだが、シルバに言い渡されたのは「200階に行くまで戻るな」なので、キルアもナマエもフロアマスターについて興奮気味に語る受付嬢のはなしはあえて聞き流した。

「ほんとにナマエはやんねーの?」
「私はキルア様のお世話係なので」

チラリと一瞥をくれるキルアにナマエは緩やかに頭を振った。飛行船でも同じ質問をされたが、キルアの同行を命じられたのであって参加しろと言われた訳では無かったし、屈強な男達が集う此処で力を試す気にならなかった。

「ナマエと当たればおもしろかったのに」
「そうなればキルア様に触れることも出来ずに負けてしまいますね」

唇を尖らせたキルアにナマエはゆるりと瞳を細めた。この6年でゾルディックの暗殺術を叩き込まれたキルアの強さは勿論だが、そもそもナマエがキルアに危害を加えることはできないのだ。たとえキルアがそれを良しとしても、キルアの為に生かされていることを教え込まれているナマエにとっては舌を噛み切るほうが余程簡単なことだった。

「少しは手応えのある奴に当たればいーけど」
「上の階に行けば、手応えのある方に当たると思いますよ」
「そうでなきゃ修行になんねーじゃん」

ふはっと笑ったキルアにそれはそうですねと首肯する。丁度、呼ばれた番号にキルアはぐっと伸びをしてポケットから出したフィルムに包まれた新品の棒付きキャンディをナマエに差し向けた。食べながら待っとけということだろうか。そっと受け取ったナマエにキルアが口角を持ち上げた。

「んじゃ、さっさと済ませてくる」
「はい、行ってらっしゃいませ」

気をつけてとは言わなかった。傷ひとつ無く戻ってくることは分かりきっていた。棒付きキャンディを指先でくるくると弄りながら、颯爽と歩く小さな背中をナマエは見えなくなるまで見送った。