祟り神と狐14

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三吉三 / 家 / 人外パロ / 転生

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 くるり、と耳を動かすと、三成は下げていた頭を持ち上げて戸口に視線をやった。三成に気づいた刑部が、いつものようにヒヒヒと笑う。
 杖など要らぬ様子で、いとも身軽に社の中へ上がり込んだ刑部は、床で丸まっていた三成のすぐ隣へと腰を下ろした。胡座をかいた足の間に、三成はすかさず狐身をすべりこませる。
「ヤレ、われの狐は甘えたよなァ」
 そう言いながら、毛並みを優しく撫で付ける刑部の手が心地よく、三成は獣の細い目をさらに細めて息を吐いた。しばらくそうしてされるがままになっていたが、一刻か二刻、経った頃不意にぼそりと、
「もういえやすは来ないのだな」
 とそう言った。
「……ぬしはあの童を気に入っていやったか。それは悪いことをした」
 すまぬ、スマヌ、とおどけた風に言った刑部の手は、銀の毛皮の上で迷子のように止まっていた。三成はまぶたをかすかに上げると、もぞもぞと体を動かして、かさついた手に頭を押し付ける。続きを強要されて、刑部の手が再び三成の背を行き来し始める。
「気に入ってはいない。おかしな人間だと思っただけだ」
「人間、なァ」
「そうだ。私に共に来いと行った」
 意味がわからん、と三成は言って、自分の尾に顔を埋める。
「私は刑部の狐だというのに。刑部の傍を離れられるはずがないではないか」
 聞く者によっては、怒っているようにも聞こえただろう。それほどに無愛想な声であった。が、これが三成の素なのである。もちろん刑部もそれを取り違えるほど、三成を知らぬわけでもない。
 しかし、刑部の手は三成の言葉を受けて、小さく震えた。
「……あれはな、ぬしをわれから引き離したかったのよ」
「それこそおかしい。貴様と離れて、私があれるはずがない」
 フン、と鼻を鳴らす三成へ、カラカラと力ない笑いが降りかかる。
「それがな、出来るのよ。あやつは人間ではない、本物の、カミサマゆえ、な」
「本物の神とは、なんだ」
「たったひとりの、ほんとうの、カミサマよ」
 三成は閉じていた目を開くと、むくりと体を起こして刑部の顔をまっすぐに見上げた。戸を閉めきった暗い社の中にあっても、三成には不思議に物がはっきりと見える。刑部の黒と白が反転した美しい瞳が、恐れるように三成を見返していた。
「貴様は私の、たったひとりの、ほんとうの神さまだ」
 そうだろう、刑部、そう問えば、ふわり、と白と黒が滲んだ。それを見届けてから、三成はまた体を丸める。
「そうよな、そうであったなァ……」
 噛みしめるように呟く刑部の声を聞きながら、今度こそ三成は、背を撫でる手の心地よさに身をゆだねたのだった。

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おわり

2011/03/28

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