蟷螂8

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吉三 / 現代パロ / 転生ネタ / 高校生 / 女体化

※幼名が出ます。吉継:紀之介(きのすけ)、三成:佐吉(さきち)で対応してます。

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「あれは真にぬしの本心か?」
 駅に向かうという三成を送る為、わずかの距離を空けて隣を歩きながら、吉継はそう問うた。
 ――三成のことならば、己のことのように理解出来た筈なのに。
 前世では発する必要のなかった問いを口にしなくてはならないことに、吉継の胸はひどく痛んだ。変わってしまった。変わってしまったのだ、あの男は。そうでなければ。
「ああ。……私はもう、家康の首を狙うことは、ない」
 そんな言葉、口が裂けても言う男ではなかったのに。
 己が神とあがめる太閤の名ばかりを口にするような男だった。その軍師を敬愛し、今は微力なれど、いつかは立派に彼の方々をお支え申し上げたいと、照れも打算もなしに、言って回るような男だった。
 幾度その命絶たれようとも、己の神の、仇を討たずにはおれないような、そんな男であった筈なのに。
「……刑部、刑部は……刑部は、家康を殺したいか?」
 吉継のよく知っていた筈の男――もはや、男でもない――は、そう言って、何故かひっそりと笑ってみせた。人目を引く白い髪が、それは美しく風に舞った。
 儚いというしかないような、そんな笑みだった。
「われ……は、そのような……。そもそも、ぬしが、」
 あんなにも、家康の首にこだわり続けた。そうしなければ、彼は生きては行けなかったことぐらい、吉継にもわかっている。いや、三成の側に誰よりも長くいた吉継だからこそ、悔しいほどにわかっていた。
 生きるために目的を必要とするような男だとわかっていたから――家康の首を、と唆したのは、吉継だ。
 今にも消え入りそうな三成を此岸に引き留めるには、それしかなかった。吉継の、かの軍師に次ぐと言われていた筈の悟性は、何の役にも立ちはしなかった。
「そうだ。私が家康の首を欲した。そして、貴様は私の願いを、家康の首を、叶えようと、してくれた」
 すまない、と三成が言った。
「私の足がもう少し早ければ。そうすれば、奴の首をはねられた。貴様の策は完璧だった。私が復讐を果たせなかったのは、私の力不足の所為だった。それなのに、」
 今生の三成は、家康の首を欲っさない。だから、吉継は家康が憎いと口には出せない。出したところで何になるのか。三成が要らないといった首を、吉継が討つ、それは出来ない。
 この二年間はなんだったのか。泰平の世に植え付けられた、人殺しへの罪悪感に苛まれ、それでも徳川憎しという感情を抑えることの出来なかった、この二年間は。
「われは……」
 ぬしに会いたくは、なかった。徳川にも、真田にも、毛利にも誰にも、会いたくはなかった。
 誰にも会うことがなければ、こんな思いは、せずにすんだ。
 酷い、ムゴイ、と吉継は一人ごちる。神も仏も、酷いことをする。せめて記憶もないならば、やはりこんな思いはせずにすんだ。
 いつの間にか、吉継の足は止まっていた。三成の足も止まっていたが、二人の間にある距離は、数ミリも変わらずそこにあった。
「……刑部、貴様が欲しいと言うならば、私は家康を殺してくる。貴様が望むというならば、秀吉様もきっとお許しくださるだろう」
 ヒ、ヒ、ヒ、と吉継は笑った。目を細め、唇を歪ませ、喉から声を絞り出すような笑い方で、三成を笑ってやった。
「何を言いやる、三成。徳川の首が欲しいなど、われは一言も言っておらぬ。徳川の首はぬしにこそ、ぬしが、太閤の赦しを得る、まさにその為にこそ、欲したのではなかったえ」
「秀吉様は……」

 いらぬ、と。

 そう言った、三成の顔を見て、吉継はすべてを理解した。この穏やかさも、家康の首を要らぬと言ったのも、すべてが太閤の為だったのかと。それもそうだ。三成が、神とあがめた秀吉以外の人間の言葉を聞くことはなく、己一人の意思を容易に曲げることもないと、わかっていた筈だった。そうか、太閤に、会ったのか。
 今生もまた、三成は、秀吉の為にだけ、生きるのか。
 そのことに、寂しさと悔しさを――何故そう感じるのかもわからぬままに、そう感じて、やはり吉継は笑った。
「そうか、そうか。太閤が言うなら仕方あるま……」
「違う!」
 唐突に、三成が叫んだ。駄々っ子のように首を振りながら、しかし何かを恐れるように、半歩、さらにあとずさる。
「私は……私が……、私が、言ったのだ。今生は、貴様の……っ」
 きのすけ、と震える声が、吉継を呼んだ。懐かしい響きだった。
「私は変わってしまった。今の私は、貴様にとって不快だろうか」
 きっと、三成は純粋に容姿のことを言っているのだ。あの男は、自らの性格などなんら省みないような男だったから。己がどう変わったかなど、たとえ他人から指摘されても気づくまい。
「変わったなァ。大層、変わった」
 そう言ってやれば、傷ついたような顔をした。
 共にいた、最後の一年。三成がこんな顔をすることはなかった。しかし、
「不快では、あるまいがな」
 吉継は、この“人間”を知っていた。
 はじかれたように、三成が顔を上げる。
「ならば! 私を……私を許可しろ、紀之介! 私は貴様の傍にいたい。次に生まれ変わることがあれば、きっと、貴様の為に生きると決めていた」
 まっすぐに見つめあうその先で、切れ長の瞳が、ぐしゃり、と形をくずした。泣くな、と思った。思うと同時に、吉継は腕を伸ばしていた。
「私は私の為に許された生があるならば、貴様の為に、使いたかった」
「さようか、サヨウカ」
「私は……貴様が好きだった」
 きのすけ、と呼んだ声は、もう震えてはいなかった。吉継は囲い込んだ体にくちびるを寄せ、そっとその耳に言葉を落とす。
「われもよ、佐吉」
 神の為に生きた三成でもなく、復讐にとりつかれた凶王でもなく、ここにいるのは不器用で泣き虫で、その癖驚くほど強情な、佐吉という名の子どもだった。

 紀之介が愛した、子どもだった。

 今生でも、われの役回りは蝶々か、と吉継は心の内で笑う。ひらりひらり、と飛び回るばかりで、毒を撒くしか役には立たぬ。
 それもよい、と今は思う。
 蟷螂の腕では、この柔らかな体を抱きしめることは、出来ぬのだから。

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おわり

2011/02/04

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