ハケンの女+αその1

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三 / 吉 / 現代パロ

※「ハケンの女」と同設定。時間軸的には過去。大谷さんと三成の日常よ的挿話。1000ヒットリクエストで普段のやりとりが読みたいと言っていただけたので、嬉々として書いたのですが、日常……?
 リクエストありがとうございました!

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「三成、そろそろ仕舞いにいたせ」
 少しかすれるような響きを持つ声がそう言うのを聞いて、三成はようやくパソコンの画面から目を離して、壁にかかった時計へと視線を向けた。ほとんど毎日のことで確認するまでもないことだったが、時計の針は消灯時間までちょうど残り10分のところを指していた。
「もうこんな時間か」
「ヒヒッ、もう、と言うたか。二時間前にはもはや、ぬしとわれしか残ってはおらなんだが、なァ」
 そうか、とあいずちを打ちながら、三成は手早くパソコンの電源を落とすと、鞄に持ち帰る仕事の資料を詰め始めた。金曜日の今日は土日をはさむ為に、いつもよりも更にぱんぱんに、鞄が膨れ上がっている。これでもまだ足りない、と三成は思うが、無理やり詰めて、大事な書類を汚したり傷つけたりする方が事である。それに、あまり持ち帰ると、吉継もいい顔をしないのだ。
 ちらりとうかがった吉継の顔は、仕方ないな、といった表情で、三成は安心して鞄の留め具をぱちりと鳴らした。
 本来ならば、家に持ち帰る程の仕事は、三成にはない。
 三成の持つ常人離れしたスピードと情熱が、他人の十倍以上の仕事を彼にこなさせているのだ。もはや三成にとって、締め切りという言葉は存在しないと言っていい。だからといって、定時に帰宅するだとか、家庭に仕事を持ち込まないだとか、そういったことをするつもりはさらさらなかった。そんなことの為に、三成は仕事に打ち込んでいる訳ではない。
 仕事がなければ、探せばいい。探してないなら、作ればいい。
 三成はいつでも仕事を求めている。飢えている、と言っても良い。
 それもこれも、すべては秀吉様こと豊臣商事社長、豊臣秀吉の役に立ちたいという、一心である。

 三成の父は豊臣商事の前身である豊臣文具という会社に勤めていた。もう10年以上、昔の話だ。
 豊臣文具は創業まもない中小企業で、主にオフィス用品を扱う会社だった。元会計士である竹中半兵衛が上手くやっていたのだろう、それなりの業績をあげてはいたが、どう言い繕っても自転車操業という言葉からは離れられない小さな会社で、株式上場など夢のまた夢。オフィス用品に留まらず、家具やキッチン用品、家電品までを手掛け、世界を股にかける、現在の豊臣ブランドの姿からは、想像もできないような弱小企業だった。
 そんな会社に三成の父は入社した。理由は簡単だ。リストラにあったのだ。
 頼る当てもなく、家族にも打ち明けられず、日がな一日公園でぼんやりとしていたらしい父を、ちょうど外回りから帰るところだった秀吉が見つけた。秀吉いわく、放っておいたら自殺するかもしれない、と思ったらしい。笑い話としてその時の話をされる度、三成は顔から火が出るような恥ずかしさを覚えた。三成が三歳の時に母をなくして以来、男手一つで自分をここまで育ててくれたのは父であり、そのことについては多大な恩を感じているが――父上、お恨みします!
 そんな訳で、秀吉に拾われるようにして豊臣文具に入社した父であったが、五年と経たずに、この世を去った。過労死、だった。
 三成はその事で父を馬鹿だは思わない。秀吉を恨む気持ちもない。
 父は生前、ずっと三成に言って聞かせていたのだ。秀吉様は我が家の恩人である、あの方がいなければ、私たちはどうなっていたか知らないよ、と。
 だから、三成は父が秀吉の為に身を粉にして働くことに対して、疑問をはさむことはなかった。その為に体を崩しても、それが父の望みならば止めはしなかった。
 ――誰かに尽くすことで力を発揮するという点で、父と三成は、よく似ていたのだと思う。
 父の葬儀が極こじんまりと執り行われた後、顔も知らぬ遠縁に引き取られそうになっていた三成に、秀吉は援助を持ちかけたのだ。
 知らぬ土地で、かろうじて血の繋がりがあるだけの親戚と暮らすよりも、このままこちらで過ごす方が苦労が少なかろう。大学までの学費は我が出してやろう、一人暮らしが不安なら我の家に来てもよい。
 その言葉を聞いた瞬間、三成も悟ったのだ。このお方の為に尽くそう、と。

 大学進学を考える頃には、秀吉の会社も軌道に乗り始め、現在の豊臣商事に社名を変更、一部上場を果たすまでになっていた。
 今後、豊臣商事はますます発展し、海外にも目を向けていくことになるだろうと考えた三成は、周りの誰もが予想しなかった英米文学科に進学する。豊臣家の同居人で秀吉の右腕である半兵衛は三成のこの選択が全く予想出来ていなかったようで、らしくもなく慌てながらも、簿記の基礎知識くらいは持っていた方がいいんじゃないかな、と三成になんとか簿記一級をとらせることに成功している。

 次なる予想外は、就職活動中に起こった。
 三成が秀吉と半兵衛に何も言わないまま、豊臣商事を受験したのだ。受かったから良いものの、これで落ちていたら三成も秀吉も大層落ち込んで手がつけられなくなっていただろう、とは半兵衛の談。ちなみに三成を担当した面接官いわく、落としたら間違いなく殺されると思った、らしい。

 そうして入った念願の会社であったが――入社式で、三成が暴行事件を起こしたのだ。

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2011/02/11

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