ハケンの女+αその2

*

三 / 吉 / 現代パロ

※「ハケンの女」+α1のつづき。

*

 すぐさま別室に連れ出された三成は、誰が何を聞いても一言もしゃべらなかった。むっつりと押し黙ったままで、自分が悪いとも相手が悪いとも言わない。
 あんなに楽しみにしていた秀吉の話も結局一語も聞くことなく、入社式は終わってしまった。
 本来ならばもうこの時点で、三成の内定は取り消されていてもおかしくはない。しかし、壇上から養い子の姿が見えなかったことを、秀吉がいぶかしんだのが幸いだった。懸念は半兵衛へと耳打ちされ、慌てて会場へと向かった半兵衛が目にしたのは、ぽつん、と一人、隔離された三成の姿。
 聞けば、同じく入社式に出ていた同期の男性社員を殴り飛ばしたのだという。半兵衛が三成と暮らし始めたのは三成が小学生の頃からで、その時から癇の強い子だとは思っていたが、根は純粋すぎるくらい真面目な子だ。理由のないわけがないと、三成を問いただすも、やはりだんまりを貫く三成。秀吉ほどではないものの、それなりに信用を勝ち取っていたと自負していた半兵衛はこの三成の態度に内心ひどく落ち込んだのだが――理由はすぐにしれた。

 大谷吉継なる男の為に、三成は同僚となる人間を殴ったというのだ。

 あの男に礼を言わせてくださいませ、と何食わぬ顔をして別室へと現れた吉継を見て、慌てたのは三成の方だった。
 貴様には関係ない、いや関係ある、と押し問答を繰り返す二人を見ながら、ははあ、と半兵衛は事態のおおよそをつかむことが出来たのだ。
 吉継は三成と同じく、その年に入る新入社員の一人であるが、こう言ってはなんだが、人の口にのぼってもおかしくないような見目をしていた。幼い頃の火傷の痕を隠すため、顔の左半分を包帯で覆っていたのである。
 吉継自身に何の落ち度もないことではあるが、現実、口さがない者たちの中傷の的になることは想像に難くない。それがまっすぐな質の三成には、我慢がならなかったのだろう。
 とりあえず吉継の陰口を叩いていたのであろう、三成に殴られた者たちの処遇はそれなりにしておくとして、とそこでふと、半兵衛の脳裡にひらめくものがあった。
 この二人、組ませてみようか。

 ……と、いう話を三成が聞いたのは、実はごく最近のことである。
 事情が事情の為、おとがめなしとされた騒動の後、研修として何ヵ月か先輩社員の元で仕事を学んだ三成は、なぜか経理部に配属された。三成本人は新しく設立された海外事業部への配属を強く希望していたのだが、とにもかくにも秀吉様の為に働くことに異存はない。勇んで取りかかった初仕事、なぜか三成とコンビを組まされたのは――同期入社の、吉継だった。
 顔を合わせてそうそうに、
「なんと、あの時の恩人殿か」
 包帯からはみ出た顔半分で、にたり笑いながらそう言った男の顔を、三成はまったく覚えていなかった。
「誰だ、貴様は」
 そう返した三成に、吉継はこの男には珍しく、一瞬、虚を突かれたような表情を浮かべたのだが、そんなことがその時の三成にわかるはずもない。足を引っ張ったら斬滅する、と言い捨てると三成は仕事へと戻っていった。
 この男と組むのも、この仕事が終わればそうあるまい、と思っていたのだが。
 三成の予想に反して、その後もなぜか吉継とばかり組む仕事が続いたのだ。吉継はけして仕事の出来ない男ではなく、むしろ一緒に仕事をしてやりやすい相手だったから、三成としても不満はない。
 そんなことが繰り返されるうち、いつの間にか周りからセットで見られるようになっていた二人が、互いに互いを唯一無二の相棒のように考えるようになったのは、いつからだろうか。

 鞄を持ち、吉継のデスクの脇に立った三成は、ふとそんなことを思いながら、見慣れてしまった顔を見下ろす。半分隠れた顔が自分を見つめる視線に気づいて、にやり、と歪んだ。
「何ぞわれの顔についていやるか、三成」
 ヒヒヒ、と三成以外の社員からは不気味だと大変不評である独特の笑い声を立てて、吉継はたずねる。
 いや、と短く三成は答えて、
「貴様と仕事ができることは、私にとっての幸福なのだな、と考えていた」
 そう、付け足した。
 終電に間に合わせるぞ、そう言ってすぐさま背を向けた三成は吉継がどんな顔をしていたのか知らない。
「……われも、ぬしと仕事ができて幸福よ」
 返された言葉に、自分がどんな表情を浮かべていたのかも。

*

2011/02/12

*

+