ハケンの女+βその1

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三孫 / 吉 / 現代パロ

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 石田三成と仕事をする時に、最も愚かな行動として挙げられるのは“待つ”という行動である。どんなに忍耐力のある人間が相手だとて、石田から指示や仕事を得られることはないだろう。
 そもそも石田三成には、仕事を他人に任せるという観念がない。
 それどころか、放っておけば他人の仕事まで奪っていくような男だから(その癖、暇そうにしている人間を見れば、仕事をしろと怒鳴りつける)、石田と同じ部署に配属された人間は、もれなく石田からなんとか自分の分の仕事をもぎ取って来なくてはならない、という仕事まで得る。
 孫市もまた、石田と組んで仕事をし始めてから1日も経たぬうちにそのことを嫌と言うほど学んだので、その時も、ちょうど石田の机から何食わぬ顔で仕事を奪い取り席へと戻るところであった。
「孫市」
「どうした」
「貴様、今日は定時に上がれ」
 孫市は一度瞬きをして、そうしてあらためて石田を見た。
 相変わらずの、愛想もなにもない仏頂面である。
「何を見ている、孫市」
「明日は雨が降るな」
「……何故だ?」
 首をかしげた石田は、まぁいい、とすぐに考えるのを止めると、
「吉継が面会できるようになった」
 まったく関係のないことを言い出した。
 一体それとこれとはどう繋がるのかとわずかに首をひねった孫市だったが、次いで苛々と発された石田の言葉に、ああ、と手を叩いたのだった。
「貴様が吉継に会いたいと言ったのだろう!」
「……そういえば、そんなことをもらした気もするな」
 会いたい、ではなくて、機会があれば会ってみたい、程度の控えめな希望だった気もするが。
 そんな指摘を口にすれば、また会話がこじれるのがわかっていたから、孫市は軽く肯定するにとどめた。石田とまともに会話する一番のコツは、大まかが合っていればそれで良いとする考え方のように思う。
「わかった。今日は定時に仕事を終わらせよう」
 一つ頷いて見せて、孫市は自分のデスクへと戻った。

「行くぞ」
「ああ」
 定時である6時ぴったりに現れた石田は、すでに退社準備を完璧に済ませていた。いつもは退社時間ぎりぎりまで粘るくせに、こういう時にはやけに潔いな、と思いながら、孫市も整理の終わった鞄を持ち立ち上がる。
 返答に興味はないのか、ぷいと顔を背けて行ってしまった石田の後を、孫市は慌てず追いかけた。結局のところ、どんなに早足で行ったところで、石田が孫市を置いて行くことはない。

 行き先は、市立の総合病院だった。
 事前に入手した情報によると、大谷吉継はこの病院の403号室に入院しているらしい。入院自体は今回が初めてではなく、何度も手術による入退院を繰り返しているらしいが、大抵は1日2日で終わるもので、これほど長期の休みを取るのは入社以来初めてのことだという。
 孫市は以前目にした大谷の写真を思い出した。
 幼い頃に負ったという火傷の痕を隠す為、顔の左半分を包帯で覆っているという話を先に聞いていなければ、なるほど、こういってはなんだが他人を驚かすには十分な姿である。けれども、火傷痕を隠すだけならば別に包帯である必要はない。また、火傷痕を薄くするような手術もあるというのに、そこをあえて包帯を選ぶところに、孫市は大谷の悪意を感じるのである。
 実際、大谷という男の社内の評判は芳しくない。ごく局地的に――今現在、孫市が働いている部署、つまりは元々大谷が居た、石田が責任者を務める部署においては、なぜか非常な支持と好感を持たれているが、それ以外では大抵の者が大谷吉継と聞けば嫌な顔をする。ただし石田についても同じことが言えるので、やはり実際会わないことにはどうにもわからないということだろう。
 ただ、石田がやけになついているところを見ると、心底から悪い人間ではない、と思うのだが。
 石田の人間を見分ける、一種動物的な勘はかなりのものであることを、短い付き合いながら孫市は認めざるを得なかった。

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2011/04/09

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