片恋1

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親就 / 転生 / ほの暗い

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「……はじめ、まして」
 再び見えた時、彼は己のことも元就のことも、全く覚えていないように見えた。己は何もかも、昨日のことのように思い出せるというのに。
 これではまるで片恋のようではないかと、苦い思いが胸を焼く。

 ――あんたのことは、綺麗さっぱり忘れるさ。

 自らの言葉を忘れる程の阿呆ではなかったことを、誉めてやるべきか。ハッ、と鼻で笑ってやると、小さな体がびくり、と跳ねた。おどおどと遠慮がちに向けられる、怯えた視線が忌々しい。
 こんな、女のような男ではなかった。震えることしか出来ない、童などでは、なかった――あの男は、我を殺した、長曾我部元親という男は!
 元就は苛立ちのまま、低い位置にある頭を見下ろした。白い頭が、震えている。あの珍しい髪の色は、現世でも健在らしかった。
「あんた、何威嚇してんのよ」
 ふと、視界に派手な花柄が写り込む。顔を上げれば、呆れたような表情を浮かべる女の姿があった。現世での元就にとっては、姉にあたる女である。
「威嚇などしておらぬわ」
「まー、そもそもあんたの顔きっついからねえ」
 せめて笑いなさいよ、そう言いながらケラケラと阿呆のような笑声をこぼす。それをなんともなしに静観してから、元就は、で、と声を発した。
「なんの用だ。まさか貴様の子と言うのではあるまいな」
「それはお姉様に対する宣戦布告なの?」
「冗談もわからぬか」
「……相変わらずかわいくない子ねえ」
 伸ばして来た手を一歩引くことで避ける。チッ、と舌打ちなぞするから、未だにこの女には貰い手がない。28などまだまだ結婚する歳ではない、と姉は言うが、元就にはその考えは今一つ理解出来なかった。十で嫁ぐ娘もいる、そんな時代の記憶を持っていれば仕方のないことだと、自身でも諦めている節さえある。
「高校の時の友達とね、こないだ偶然再会してさあ。久しぶりだし旅行でも行こうよ、って話になったんだけど、じゃあ、子どもどうし」
「経緯はよい。用件だけ話せ」
 唐突に、目の前の頭がばっ、と沈んだ。
「お願いっ! この子、三日間だけ預かって!」
 両手を合わせ、ねっ、ねっ、と上目遣いに頼み込んでくる、姉の言葉を了承する義理など、元就にはない。勝手に子どもなど預かってくる姉が悪いのだし、第一、元就は子どもは嫌いだ。それが長曾我部ならば、尚更である。だのに。
「……構わぬ」
 口は勝手に、了解の言葉を発していたのだった。

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2011/09/15

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