片恋2

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親就 / 転生 / ほの暗い

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「貴様の名はなんという」
「わ、わたし、なま」
「もうよい。我は貴様を長曾我部と呼ぶが、よいな?」
「ちょう、そか、べ」
「そうだ。我のことは毛利と呼べ」
「もうり、さん」
「さんは要らぬ」
 苛々する。縮こまって己のことを、ちらとも見ない長曾我部に。嫌ならば嫌と言えばよいのに、びくびくと震えるばかりで、言われたことを繰り返すことしかしない。
 学生マンションの一室で、元就は長曾我部と向き合って床に座っていた。正座は慣れないのか、もぞもぞと腰の落ち着かない子どもを冷めた目で眺めやる。別に元就が強要した訳ではない。崩したくば崩せばよいのに、長曾我部はそれをしなかった。元就は、ついぞこれまで、居心地悪げに縮こまって座る長曾我部の姿など、想像したこともなかった。
 けれども、その想像もしたこともないような事態が、今目の前の現実なのだ。潮風で痛めたこともないような艶やかな白い髪に、日に焼けたこともないような白い肌をして、毛利、と呼ぶ声は低くもなく、少し力を入れれば折れそうな華奢な手足を持ってはいても、瀬戸内の海に似た、明るい青の眸は長曾我部のものである。
「長曾我部、貴様、歳はいくつぞ」
「と……し。歳、は、小学、五、年」
 歯切れ悪く、ぼそぼそと答えを返す長曾我部に、ついついため息がこぼれた。薄い肩がびくんとはね上がる。
「一々怯えるでない。不愉快ぞ」
「ふゆ、かい」
「愉快ではない、という意味だ。それくらい如何な貴様でもわかろうな?」
 そう問えば、慌てたように白い頭が上下した。首振り人形のようよ、と思いながら、元就はふとあることに気づいた。
「貴様、学校はどうする」
「学校……は、お休みします、って、ママが」
「すでに連絡しておるのか」
 こくん。頷く子どもを見つめながら、今生、こ奴を生み育てている人間はどんな顔をしているのだろうか、と思う。あの姉の友人である、ろくでもない女に違いない。その夫もまた然りであろう。でなければ、何の縁もゆかりもない、元就などに子どもを預けようはずがない。
 どうしたものかと息を吐けば、またびくりと子どもが震えた。一々、何を恐ろしくて、そんなに怯えた態度を見せるのか。あの男が元就を恐れたことなど、ただの一度もなかったのに。
 ……まさか、長曾我部ではないの、か?
 そんなはずはない。他の誰でもない、毛利元就が、長曾我部元親を見間違うなどと。そんなことがあってたまるものか。他の人間など有象無象に等しいが、己を殺した鬼の顔までは忘れはしない。
 その、筈である。

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2011/09/18

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