片恋14

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親就 / 転生 / ほの暗い

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 気づけば辺りはいつのまにか闇に飲まれ、ぽつんぽつんと立つ街灯が、やや黄ばんだ明かりをアスファルトへと落としている。
「毛利」
 呼ばれて元就は素直に後ろを振り返った。明かりの下に、薄紫の傘をさして石田が一人で立っている。それを見て、そうか雨が降っているのかと今更ながらに気がついた。
「貴様、こんな遅くにどうした」
 どう見てもずぶ濡れの相手に向かって、何事もなかったように話しかけてくるこの男には、常識というものが欠けているに違いない。それが無性におかしくて、元就はケラケラと笑い声をあげた。石田の眉間にぐっと皺が寄るのも、またおかしい。
「長曾我部はどうした」
「ああ、あやつか」
 知らぬ、と元就は唇に笑みを乗せつつ答える。
「あれが我を忘れたゆえ、我もあれを忘れることにした。ゆえに知らぬ」
「……そうか」
 石田はそれ以上は何も言わずに黙って携帯を取り出すと、どこかへか電話をかけはじめた。この男のことだ、どうせ相手は大谷だろうと思いながら、元就はぼんやりとその場を動かずにいた。そうして立ち尽くしていると、自身がひどく疲れていることに不意に気づく。
「今は何時ぞ」
 ぼそぼそと携帯を片手に喋っていた石田が、ちらりと元就に目をやって、10時だ、と言った。
 道理で暗いはずである。学校が終わったのが6時。それから家に帰っても15分もかからぬはずで、その時には日もだいぶ傾いてはいだが、沈みきってはいなかった。いつの間に沈んだのかもさっぱりわからない。今までどこをどう歩いていたのかも、まるで記憶がなかった。
「わかった」
 プチンと石田が電話を切った。ストレート型の携帯を無造作にズボンのポケットへと突っ込んだかと思うと、その青白い顔を元就へ向ける。
「貴様はこれを持って、家へ帰れ」
 ずい、と傘とともに差し出されたのは、コンビニのロゴがデカデカと印刷されたビニール袋である。中身に興味も持てぬままに受けとると、濡らすなよ、と睨まれた。
 家、とは石田と大谷がルームシェアリングしているマンションを指すのだろう。石田なぞに借りを作るのは癪だったが、あの子どもがいる部屋にはどうしても帰りたくなかった。

 それからのことはよく覚えていない。多分、言われた通りに元就は石田達のマンションへと行ったのだろう。傘をさしているくせに、髪の先から手足からぼとぼとと水滴を垂らす元就に大谷は呆れた顔をして、バスタオルの一つも投げたかも知れぬ。
 翌日、目覚めたのは自分のものとは違う寝台の上で、二日続けてまともな朝食を食べたのは久しぶりのことだった。昼には石田から電話がかかってきて、姉の説教を聞く羽目になった。元就はそれになんとか答えたかして、そうしてまた昼まで眠った。大谷も、帰ってきた石田も、そんな元就を見て何も言わなかった。
 そんな風にして、元就は石田達の家に二日間ほど寝泊まりした。そうして三日目にはまた、何事もなかったように学校へ行った。

 あの子どもには、あの晩以来会っていない。

「毛利!」
 聞き覚えのある声に、元就は思わず足を止める。振り返っては駄目だ。このまま行ってしまわなくては。そう思うのに、足はぴくりとも動かない。
「おい、あんた、毛利だろっ?」
 あれから8年、あの子どもはどうしているだろうか。どうなろうと元就には関係のないことだが、けれど、この声は。
「あぁ、やっぱり」
 掴まれた腕が痛いほど熱かった。無理矢理に振り向けさせられて、そうして顔を覗きこまれる。なにが楽しいのか、男は笑みを浮かべていた。

 8年。

 たかだか8年で、子どもが大人になれるものか。声変わりを迎え低い男の声になろうとも、元就の背をとっくに抜かそうとも、その顔には未だ幼さが残っている。

 けれど。

 8年は、目の前の男がまさしく自分を殺した男なのだと、元就に理解させるには充分すぎる期間だった。

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おわり

2011/11/10

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