蝶嫁御1

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三吉 / 女体化 / 豊臣軍

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「半兵衛、なんだそれは」
 ある穏やかな昼下がり。あまりの心地よさについ、自室でうとうとと舟を漕ぎかけていた秀吉は、声もかけずに入室してきた親友の姿を見て思わず声を上げた。腕一杯に抱えた紙束のせいで、まるで白い化け物が歩いているようだった。
 半兵衛は秀吉の問いに答えることなく部屋の真ん中まで歩いてくると、ためらうことなくばさばさと紙を床へと落とした。策の緻密さに反して、半兵衛の普段の行動には大雑把さが目立つ。秀吉はそんな友の性格を重々承知していたから、今さらそんなことで驚いたりはしなかったが、けれども、この大量の紙の正体についてはとんと予想がつかなかった。
 紙の山の前に腰を落ちつけ、おもむろにその一つを手に取り出した半兵衛をちらり、と確認してから、秀吉もまた紙の山へと手を伸ばした。わざわざここで読むからには、秀吉にも目を通して欲しい物なのだろう。
 そう思って視線を落とした紙は、どうやら手紙のようだった。戦や政の伝令にしてはやけに洒落た紙を使っている。疑問に思いながらも開いた、その中の文章を読んで、秀吉は目が点になった。
「半兵衛……これは、釣書ではないか」
「そうだよ、秀吉。君の意見も聞きたいと思って持ってきたんだ」
 どれがいいと思う? と目線を上げずに問う半兵衛に、秀吉は動揺を隠せない。いつの間に。いや、むしろ、いつからそんなことを考えていたのか。
「もちろんあの子自身、君の後継も務まる技量を持っているけど、やっぱり強い縁者がいるのといないのとではかなり違うからね」
「……あの、子?」
「とはいえ、あんまり外戚に口を出されるのも困りものだね。佐吉に必要以上の苦労を負わせたくはない」
「佐吉」
 そこでやっと半兵衛は顔を上げて、秀吉を見た。怪訝な相がありありと浮かんでいる。
「さっきからいったいなにを……あぁ。秀吉、まさか誰のはなしだと思ったんだい?」
 途中からにやにやと口許を歪ませはじめた半兵衛から、秀吉はぷいと目を逸らして、なに食わぬ顔でふたたび山へと手を伸ばす。気心のしれた、この頭のよい親友には、秀吉がなにを心配していたかなど隠すすべもなくばれていようが、それでもさすがに口にするには照れくさい。
 くすくすと笑い声をもらす半兵衛はそれ以上追及することなく、次の釣書を手にとった。
「しかし、早すぎるのではないか? 佐吉はこの間、元服を迎えたばかりだろう」
「その元服を迎えたばかりの子どもに、いきなり治部少輔の位を遣ったのはどこの誰だったっけ」
「手伝いをさせるのに、位がないのは不便だとお前が言ったのだろう、半兵衛」
 そうだっけ? とうそぶく様は、まさに知らぬ顔の半兵衛である。
 自分も半兵衛もあれには弱い、と思いながら、秀吉は佐吉という名の小姓を頭に浮かべる。
 半兵衛に似た白い髪色を持つ少年は、秀吉がたまたま立ち寄った寺で、特に気に入って手元に引き取った子どもである。気に入ったのはもちろん、親友を連想させる見目形だけではなく、はきはきとした喋り口と、生来の頭のよさに目を引くものがあったからである。半兵衛も佐吉の才能には期待しているのか、秀吉がなにを言わずとも目をかけている。
 しかし、結局のところ、二人とも、ただただ純粋に自分たちを慕ってくれる佐吉がかわいいだけなのである。

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2011/03/05

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