星夜見6

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三吉 / 女体化 / 豊臣軍

※蝶嫁御番外編。

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 隣で無心に星を眺めつづける三成に、吉継は視線だけをそっと投げる。
 城内とはいえ、太閤の住まう屋敷からはいくぶんか離れた場所に、三成は部屋をもらっていた。人目を嫌う吉継の意を、言わずもがな汲んだ軍師の計らいである。若いながらも太閤の左腕、と評価される三成は、以前は太閤と同じ屋根の下に部屋をもらっていたのだから、割に合わないとしか言い様がない。
 部屋というよりこじんまりとした屋敷といった造りの平屋には三成たち夫婦以外の住人がいない。その為、暗くなったところでなにかのついでにも小姓や侍女が灯りを点けにくる、といったこともなく、彼らのどちらかが灯りを入れなければ、部屋は闇に沈むばかりになってしまうのだった。
 三成は何も言わない。暗くなったから灯りを点けようとも、腹が空いたとも、疲れたとも。帰ってきてから水を飲んだだけで――それも吉継が勧めた為に口にしただけで、それ以外には本当にただ星を見る為だけに、帰ってきたようだ。
「ぬし……星は、好きかえ?」
 ゆっくりと、白い面がこちらを向く。闇の中でも、三成の真っ白い肌は、光るように目立って見える。細い白い髪までも、星の光を含んできらきらと光る。
「……わからん」
 日の下では明るい鶯色に見える双眸は、今は井戸の底を覗いたような深い深い緑色である。その深い色だけが、彼のうちで唯一の確かなもののような気がした。
 あまりに彼は白すぎて、ふと彼は星の光で出来た幻ではないかしら、と馬鹿げた考えを吉継は抱く。星の光の幻なら、この世に生きるものではない。吉継にとって、信じてもいい、そんなものだ。
「考えたこともなかった。大体、星を好きだ嫌いだと言ったところで、どうにもならんだろう」
「左様か、サヨウカ。言われてみればそれもそうよ。ぬしは賢しいなァ」
 幻のように整った容貌を持つ癖に、吉継の夫は妙なところで現実主義である。
「だが」
 ふとまた星に目をやって、三成が言った。
「多分、私は星が好きなのだ」
「ハテ、おかしなことを言いやる。先にわからぬと申したであろうに」
「おかしくはない。私は貴様が好きだから、貴様の好きな星もきっと好きなのだ」
 そして空を向いたまま、三成はちょっと笑ってみせた。
 吉継はぱちりと瞬きする。夫の姿はまだ消えぬ。腕を伸ばして、その髪に触れる、とその寸前で躊躇って、指がふらりと空をかく。
「ぬしに触れてよいかえ」
「貴様はたまに童でも知っていることを聞く」
 三成の笑みが深くなる。すり、と衣擦れの音がして、板張りの上を滑るように三成の顔が近づいた。そのまま、子どもの癖に体温の低い、指の長い手が、そっと頬に伸ばされる。
「夫婦が触れあうのに許可はいらん」
「……左様か」
 吉継の包帯に隠された指が、三成の顔の輪郭をなぞる。くすぐったがって三成が首をすくめる。吉継は笑い、三成も笑った。
「ぬしは星に似ておるな」
 白い光は強すぎず、形を変えず、動きもしない――星はいつも、吉継に優しい。
「そうか」
 嬉しそうに三成が笑う。

 いくら手を伸ばしても、届かぬ星から目を背け、吉継は隣に座る自分だけの星へと微笑んだ。
 地上にも信じられる星が、一つぐらいあっていい。

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おわり

2011/09/17

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