さらば君1

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オリ主 / トリップ

※名前固定のオリキャラ主人公(女子高生)が戦国時代にトリップして好き勝手毒と蘊蓄を垂れ流す特殊系夢小説風トリップもの。特に誰ともくっつくことなく、わりとオールキャラに進行します。なお主人公はエセ関西弁の非実在系大阪府民です。いろいろご注意ください!
 ちなみに書いてる人は大阪大好きですよ!

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 生まれてこの方、16年間、大阪を出たのは片手で足りる回数ほどしかない。
 私、天野二歩は生粋の大阪府民である。
 ……だから、というのは、言い訳。わかってる! わかってるんやけど!
「帰ったら半殺しや……」
 私は自分の注意不足も省みず呟いた。うっすら開いた唇からは、ふふふ、と勝手に低い笑いがもれだしている。
 もしこの時、自分で自分の姿を見ることが出来ていたのなら、間違いなくドン引きだった。
 だからこそ、そんな状態の私に声をかけてきた奴には、ある意味感謝しているのだ。ぶっちゃけ、空気読めないだけだろ、とか思わなくもないが、とりあえず助かったことは、助かった。
「お……お前、誰、だ?」
 あの時、奴が声をかけてくれなかったら、私はそのまま、全力で現実逃避を後二三時間は続けていた自信がある。たとえ、敵と目する相手であっても、その恩だけは、認めてやらなくてはならないだろう。
「……あんたこそ誰よ?」
 それが、私が初めて交わした、今から四百年前の時代に生きた、人間との会話だった。

 大阪最高大阪大好きを公言してはばからない大阪人たる私といえど、東京にまったく興味がない……とは、さすがに言えなかった。大阪には確かに大阪城がある。海遊館もUSJも、たこ焼きお好み焼き蓬莱の豚まんも、美味しいものだっていっぱいある。
 でもでも! TDLは東京にしかないんやもん!(※正確には千葉)
 高校の修学旅行の二日目は一日自由行動で、だから、絶対にTDLに行くと決めていた。どんなにあほらしく見えようとも、ネズミの耳を頭に付け、チュロスをかじって両手を上げてジェットコースターに乗ると、決めていたのだ。
 だからこそ、前日に組み込まれた見学スケジュール――江戸城見学も、興味がないながらもそれなりに楽しく、済ませられそうだったのに。
 ガイドさんの説明をほうほうと聞き流しつつ、ふと深緑色に濁るお堀へと、目を転じた、その時だった。

 ――とん、と誰かに、背中を押された。

 まぁ、その後は言わずもがなというか、案の定というか、お約束というか、つまり落ちた。どっぼーんと。ばっしゃーんと。ええ、ええ、それはもうすさまじい音を立てまして!

 で、気づいたら畳の上。目の前には見知らぬ男。前髪からはひっきりなしに雫がぽたぽた、ぽたぽた、ぽたぽた……。
「意味、わからんわ」

 東京は怖いところって、ほんまやったんやね。

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 ……自分は他者から命を狙われている人間だという自覚はある。いくら戦の無い世の中を理想として掲げても、その為の戦が更なる悲劇を起こしているという矛盾も。
 その悲劇の最たる被害者であり、家康の命を狙う筆頭が三成こと石田三成なのだが、三成は暗殺などといった卑怯な手段を選ぶことを最も嫌う男だった。
 だから、多分、三成は目の前の娘とは無関係だ。
 無関係……だよ、な?
「あああーっ、もうなんでもええわ! とりあえずタオル貸して、タオル!」
「た、たおる?」
「なんや、あんた。目の前でかよわい乙女が震えてるっちゅーのに、タオルの一つも貸してくれへんの? とんだ鬼畜やな」
 吐き捨てるようにそう言った娘は、あろうことかチッ、と舌打ちしてみせた。
 家康はぎょっとした。見た目は若い娘である。見慣れない衣服は南蛮のものだろうか、腕と足が大胆に露出されているのは、前田の奥方や軍神の忍のように戦う為の意匠なのだろう。ということはやはり、この娘は間者なのか。それはいい。いや、よくはない。よくはないが……舌打ち。
 若い娘が、舌打ち。
「まず、まずは落ち着こう、落ち着いてくれ」
「あんたがな」
 混乱の中、必死で絞り出した言葉もあえなく返り討ちにあった家康は、もはや呆然とこの不可思議な闖入者を見つめるしかなす術がなかった。絆の力で天下を統べる、とはいうものの、さすがにこれは絆では……。
「た、忠勝! ちょっと来てくれ!」
 一人で解決出来ない問題には、二人で当たれば良いのだ! これぞまさに絆の力!
 と、一人で納得する家康の真正面では、もう話をするのを諦めたのか、ふらり、と立ち上がる娘の姿があった。細い娘だとは思っていたが、立ち姿は更に細い。白い肌がおおっているのは戦う為の筋肉ではなく、やわらかいばかりの肉のようにも見えるが、見た目通りのか弱い娘ならばどうして江戸城の――それも最奥である家康の居室まで、誰にも見とがめられずに侵入できるのだ。だから多分、間者なのは間違いない……と、思うんだが、なあ……。
「……!!!」
 キュインと鳴った高いような低いような、不思議な声音に、いくぶんかほっとしながら振り返った家康は、直後にとどいた、ぼとぼとぼと、という水音に上半身をひねった状態のままかたまった。
 見慣れた一の家臣も、心なしか困ったような顔をして、家康の後ろを見つめている。
 覚悟を決めて振り返った家康の目に映ったのは、足があらわになるのも構わずに、腰に巻いた布をぎゅうぎゅうと絞る娘の姿だった。

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 目の前にいるのがタオルも貸してくれないドケチな男であるが為に、私は仕方なくスカートを手で絞っていた。ぎゅう、とひねると、ぼたぼた、と指の間から水がこぼれ出して落ちていく。まだ青い色を残した畳に音もなく吸い込まれていくそれらを見て、声には出さず、ごめんな、と呟く。っていうか、張り替えたばっかりとか。このご時世とは言え、あるところにはある、っていうのは本当だったんだな。てっきり都市伝説かと思ってた。
「……あかんか」
 一瞬、水を吐き出して軽くなったはずの布が、またすぐにじっとりと湿り気を帯びて、肌にまとわりついてくる。どうやら、手作業でどうにかなるレベルじゃないようだ。
 まぁ、お堀に落っこちたのだ。それがどうしてこんなところにいるのかは不明だが、とにかく尋常な濡れ方であるわけがない。この場でどうこうするのは諦めるべきだろう。
「なー、会ってそうそう悪いんやけど、乾燥機とかある? あったら貸して欲しいんやけど。あと、乾かしてる間の着るもんも、出来れば貸したって。Tシャツでもなんでもええねんけど、でももし、どーしても嫌やったら全裸待機してるから。あ、見たら殺すで」
「かんそう、き?」
「そうそう。乾燥機。ないんやったら、しゃーない、濡れたまま帰るから、とりあえずタクシー代だけ貸してくれへん? 後で絶対返すし。ホテル帰っ……て……」
 しかし、タオルも貸してくれないような男だ。いくら返すと言っても、タクシー代の立て替えなんかしてくれるだろうか。
 若干の不安を感じつつ、顔を上げた私の目に飛び込んできたのは、
「……ガ○プラ?」
 ゆうに二メートルは越えるだろう大きさの、巨大プラモデルだった。
 え、なにこれ、オタクなん? いやいや、オタクに偏見はないやで。でもな、でもな……なんで今持ってきたん!!!
 心の中では激しいツッコミをいれつつも、口にするには、目の前の現実は衝撃的すぎた。なんで今この状況でガン○ラ。さてはこいつ、見せたがりか!
「がん、ぷら? えぇっと……天ぷらの一種、か?」
 そしてこのボケである。
「さすがにそれはないわ……」
 明らかにドン引いた気配が伝わったのだろう、違う、違うんだ、となにが違うのかよくわからないが、とりあえず男が必死に何かを否定し始めた。だから、何をや、とつっこむ前に、
「!!!!!」
 キュルルイン、とガ○プラが電子音を発した。最近のプラモデルは音まで出るのか。知らないけど。
 男はなぜか、それにはっとしたように顔をすると、突然、うんうん、と頭をたてに振り出した。
「そ、そうだな、忠勝! まずはワシの名は知っていると思うが、ワシが徳川家康だ。それで、お前は誰の」
「とくがわいえやすぅ?」
 その瞬間、私はこの男が、お笑いのセンスというものをかけらも持ち合わせていない人種なのだということを悟ったのだった。

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2011/02/19

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