さらば君14

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オリ主 / トリップ

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40

「いや、だからって、どーっていうわけではないねんけど!」
 相変わらず黙ったままの吉継を前に、私はあわてて言葉をついだ。
「っていうか常識やもんね! この時代! 恋愛っていうたら、男同士に決まってるわな! あはは!」
「貴様なんの話をしている」
 いつの間にか部屋に戻ってきた三成の声に、私は思わず飛び上がる。行きはどたどた音立ててたくせに、帰りは無音ってどういうことやねん。
「な、なんでもな……い、いや、やっぱり言うといた方がええか」
「だから貴様なんの話を」
「み、三成! 黙りや」
 ぎょっとしたように、吉継が叫ぶ。でも、私も止められなかった。自分では気づいてなかったけれど、その時の私は相当パニック状態だった。
「大丈夫、そういう意味で二人の邪魔はせえへんから安心したって!」
 だから、意味もなく笑いながら言った言葉に、そうもフリーズせんでもええやろ、なあ!?

 薄暗い室内で、三人そろって床に座り、黙りこくったまま、阿呆みたいに畳の目を数えていた。誰一人、口を開く気配はない。
 三成に言いつけられたらしい小姓がずいぶん前に障子の前までやってきた様子があったが、部屋の中をちらり覗くなり脱兎のごとく逃げていった。一応その場に薬湯を置いていったようだが、今ごろはもうさめて冷たくなっているにちがいない。多分、全員がわかっているはずだが、それを取りに行こうとする者は誰もいなかった。
 ……わ、私やって、逃げれるもんなら逃げたいわ!
 なんやこれ。なんなんこれ。
 自分以外の二人をちらちらと盗み見るが、二人が二人とも視線があいそうになるたび、さっと違う方向に目を向けるので、口を開こうにもそれ以前の問題、という感じだ。
 けど、一生こうしているわけにはいかないわけで。
 一応自分がこの状況を作ったきっかけ、という自覚はある。大の男が二人もそろっているというのになぜか弱い乙女であるはずの自分が、という思いももちろんあるが、責任は責任だ。とります、とればええんやろ!?
「……えーっと、なんていうか」
 口を開いたとたん、びくり、と二人の肩が跳ねた。けれど、できるだけ笑顔を維持しながら、私は言葉を続けた。
「愛に性別は関係ないわな!」
「秀吉様ァァァァァ! 私にこの者を斬滅する許可を!!!」

 ……なんで!?

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41

 戦場で幾百人の首をかき切ろうとも息のひとつも乱さぬ体が、今日はなぜだか途方もない疲労感を訴えていた。原因はわかっている。
 あの、二歩とかいう名の小娘だ。
「……ヒヒッ、さすがのぬしもあれには当てられたようよな」
「貴様こそ、珍しく無口だっただろう」
 にらみ返す気力もなく、三成は吉継の手から茶碗を奪った。ぐいとあおると、底に残っていたのか茶に混じって苦い薬の味がする。
 それに顔をしかめながら、吉継が何も言い返してこないのは珍しい、ふとそう思い、三成はちらりと視線だけを動かした。途端、友人特有のあの瞳と目があって、どきりとする。
 思わず目を逸らそうとするが、しかし、吉継はといえば、三成と目が合ったことにも気づかず、ぼんやりと口元に手を当てたままであった。本当にどうしたのだと、口を開こうとした瞬間、包帯に包まれた細い指先が、つぅ、と口元を滑った。
 わずかに開いた唇を、なぞるように。
 ガチャン! と唐突に高い音が響く。慌てて下を見れば、手から滑り落ちた茶碗は幸い割れてはいないようだった。ほっとして拾い上げ、視線を下に落としたまま立ち上がる。
「……すまん」
「どうした、三成。ぬしらしくもないわなァ」
 ヒヒッ、と喉を震わせ、何事もなかったように笑う吉継が今は恨めしい。先程のあの顔はなんだったのだ。まるで――口づけの後のような。
「き、貴様こそ、物憂げに唇など触っていたではないか。らしくないぞ」
 浮かんだ喩えに自ら動揺して口にした言葉が、耳に届く頃にはもう後悔していた。これではまるで、己がその行為になにか特別な意味でも見いだしていると言っているようなものではないか。実のところそうではあるのだが、しかし唇を触るぐらい、取り立てて珍しいことではない。
「いや、ただ貴様にしては見慣れない仕草だと……」
 言えば言うほど、墓穴を掘っている気がする。熱を持ち始めた顔を伏せ、寝るッ、と三成は短く吐き捨てた。
「貴様もさっさと休め!」
「あ……あぁ、そうよな。そういたそう」
 ぱたん、と音を立てて閉めた障子の向こうで、吉継もまた赤い顔をしていたことに、三成が気づくよしもない。

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42

 ……むっちゃお腹すいた。
 これ程耐えがたい空腹で目が覚めたのは、初めての経験だった。っていうか、昨日、なんやかんやで夕食食べてないしな。お昼は牛車の中でおにぎりですましたけど、育ち盛りの少女におにぎり一個は無理ありすぎちゃう?
 お腹がすいて動けない体を、食料を求めて無理やり動かす。寝間着に、と渡された着物はとっくに着崩れていたから、気にせず床を這って進んだ。多分、お腹へりすぎて、頭回ってへんかったんやと思うわ。布団を巻き込みつつ、ずるずると進んだ先、障子に指先がかかったかと思った瞬間、がらりとそれは音を立てて開き――大阪城に絶叫を響き渡らせることになった。

「ぬしはまた……朝から騒ぎを起こすでないわ」
「だって、めっちゃお腹へってたんやもん。しゃーないわ」
 やっとありつけた食事をせっせと口へ運びつつ、私は吉継をちらりと睨む。
「昨日は結局、夕飯食べてへんしな?」
「それはあいすまぬ」
 ヒヒッと昨日一日で聞き慣れた、特徴的な笑い声。本気で謝る気ないやろ。そう思いながらも、一々突っ込んでいる余裕のない私は、もぐもぐと口の中の物を咀嚼したまま傍らの小姓さんにお茶碗を差し出した。いや、ほんまにお腹すいてんねん。マジで。
「貴様、まだ食べる気か」
「むしろあんたらが食べなさすぎやねん」
 おかわりをよそってもらった茶碗を受け取り、休む間もなく箸を動かす。っていうか、このご飯めっちゃ美味しいんやけど、産地どこ? あと朝から品数多すぎちゃう? 嬉しいけど。
「腹が減っては戦は出来ぬ、ってゆーやん。刑部も食べへんと病気なんか悪くなる一方やで」
 顔を上げずとも、三成が一瞬で殺気立つのがわかった。斜め後ろに座る小姓さんが、まともに見てしまったのだろう、ひぃっ、と泣きそうな声を漏らす。この子、多分、今日の運勢最悪やな、とふと思った。
 何を隠そう、朝私を起こしに来たのが彼なのだ。さすがにあの絶叫には、一発で目が覚めた。
「サテ、いつの間にやら茶が冷えておるわ」
「す、すぐにっ!」
 とぼけたような吉継の声に、小姓さんが弾かれたように部屋を出て行く。だだだだだっ、と廊下を走る音に混じって、引き連れたような泣き声が聞こえたのは気のせいだろうか。
 いまだこちらを睨み続けている三成に、私はため息をついて茶碗を膳に置いた。

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2011/12/04

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