さらば君13
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オリ主 / トリップ
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一体どこから現れたとか、どうやって移動したとか、そういうことがどうでもよくなるほどのあまりの声の大きさに私は思わず眉をしかめた。対照的に吉継は慣れた様子でヒヒッ、と機嫌よく笑っている。
「ちと落ち着きやれ、三成」
小さな子どもをなだめるような言い方だった。
……って、三成?
「ちょ、ちょっと待ちいや! 三成って、そしたらこいつが石田みつ」
「質問に答えろ刑部ッ!」
苛立ったように(仮)三成が叫ぶ。カルシウム足りてへんのと違うか、とか思わず呆れ顔になるのも仕方のないことだと思う。
こいつ、全っ然、他人の話きかへんのな。
質問に答えろと言いながら、返答を待たずに次から次に文句を投げてくるものだから、口をはさむ隙もない。どうしたものかと見ていると、
「大体、貴様、つい四日前に骨が痛むと」
「いい加減に黙りやれ、三成。ぬしの怒鳴りで骨より先に耳が痛みやる」
さすがの吉継も我慢が切れたのか、わずかに怒気をふくませた声でぴしゃりとやった。で、それでぴたっ、と黙るんだから、すごい。
「……すまん」
「ぬしはわれを城に入れぬつもりか? そうでなくば輿を近う寄せてくりゃ」
ヒャッ、っと吉継が息を飲む声がして、そうして私はあわてて脇へと体をずらした。三成が急に振り向いたからである。体を引いた私の視界を白く細いものが勢いよく横切って……って、ちょ、今の包帯とちゃうかった!?
後ろを振り返れば、案の定、車に吉継の姿はない。視線を前に戻せば、黒い甲冑に白の陣羽織を着た背の高い後ろ姿と、そこから横にぶらりと垂れた包帯が巻かれた二本の足。正面から確認したわけではないけれど、多分、いわゆる姫だっこってやつだと思う。男同士でなにしてんねん、とか、そういうツッコミもあるにはあるけど、でもなにより気になるのは、
「待ちって! なあ!」
さっきから、いっそ清々しいぐらいにガン無視状態だってこと。
そんなんやから、ついつい口がすべったとしても、仕方ないと思うやろ?
「あんた、負けるで」
だからといって、まあ、これは、さすがに卑怯だったとは思うけど。
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「……なに?」
ゆっくりと三成が振り返る。
とげとげしい黒の甲冑を着こんだ、その背は高い。戦国時代の平均身長は160cm弱だって聞いたけど、あれ、嘘か。なにこれ、めっちゃ威圧感ありまくりなんですけど!
見下げるのは酷薄そうな薄い唇、白を通り越して青ざめて見える肌は、まるでその下に通う血が青い色をしているようだ。金緑の瞳は凍えるような冷たさを持って私を見下ろし、
「ぶっ」
鋭角的な前髪が、
「くっ……ぎゃはははははは! ちょ、なに、なんなん、その頭!?」
今にも刺さりそうでした。
「……ふふっ」
「ぬしはいい加減笑い止めやれ」
場所はあれから大坂城内へと移り、いくつかの門を抜けた先にたたずむこじんまりとした屋敷の一室に私は通されていた。上座に三成でなく吉継が座っていることから、どうやらこの屋敷は吉継に与えられたものらしい。
結局あの後、人数は増えず、三成に横抱きにされた吉継の後を追ってきたのだが、いまだ、私の笑いは止まる気配がない。
吉継に呆れられようと、三成から殺気を含んだ視線を向けられようと、どうしても止められないのだ。仕方がない。原因がずっと視界から出ていかないのだからなおさらである。
「ご、ごめ……っく」
「貴様ァッ! 私を馬鹿にしているのか!?」
「ば、ばかにしては……ぷふっ」
まずい。ヤバい。怒らせてどうする私。でも。
「ほんま、申し訳ないとは思ってんねんで? けど、それとこれとはまた別っていうん? な?」
「……斬滅してもいいか、刑部」
「そうよなァ、役に立つかと思うて拾うてはきたが、こう話もできぬではなァ」
「ぎゃあ! ごめんごめん! 黙ります!」
いよいよ刀に手をかけた三成に、私はあわてて口をふさいだ。目がマジやから! 怖いから!
「……えーっと、あー、はじめまして。天野二歩、言います。なんや知らんけどタイムスリ」
「御託はいい」
人がせっかく面倒くささをおして自己紹介してるのを、三成はばっさり切り捨てる。
ほんま、人の話聞かんな。
「あんたなぁ、人が喋っ」
「貴様、私が負けると言ったな。どういうことだ」
「……どーもこーもないわ、負けるもんは負けんねん」
言い終わるかいなかのタイミングで、じゃきり、と鯉口を切る音がした。怖いからそっちは見ない。見ない方が怖いとも言うけれど。
……さすがにここで見放すほど人でなしやないって信じてるで、大谷吉継。
「でも、それは今のままやと、って話や。私があんたを勝たせたる。私はあんたを勝たせることができる」
それでも斬るん?
にっこり笑って、顔を見て。自信たっぷりに堂々と。
本当に豊臣家を存続させたいなら、答えはひとつしかないはずでしょ?
「……ぶふっ」
「貴様ァァァァァ! よほど斬滅されたいようだな!?」
ごめん、まだ直視は無理やったわ。
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最後の最後にうっかり笑ってしまったがために、あわや命の危機に陥ることになった私だったが、吉継の、
「ぬしら、いつまで病人の居室で騒ぐつもりよ」
という一言によって、呆気なく一命をとりとめた。やや疲れたような吉継の声音に、三成がわかりやすく顔色を変えた為である。
「刑部、貴様は早く休め!」
「できるものならな。ぬしが休ませてくれなんだのであろ」
ふぅ、とため息を吐き、やれやれと頭を振ってみせる吉継はなかなかの演技派だ。おかげで三成が泣きそうな顔になっている。いくらなんでも心配しすぎだろ。
って、ちょっと待て。
「それは貴様が……っ、話は後だ!」
夜着はどこだ、まずは薬湯かと三成が足音も荒々しく小姓を呼びに立つ。それをぽかんと見送って、私は恐る恐る吉継へと視線を戻した。
「……なあ」
「なにか言いたそうな目付きよな」
「あー……えっと、立ち入った話で申し訳ないねんけど」
こういうのって、なんて聞けばいいのかな。まさかこんなことになっているとは予想していなかった。いや、小耳にはさんだことぐらいはあるんだけど。でも、なんていうか、まさか目の前でこういう展開を迎えるとは思わなかったし。っていうか、そもそも、なんて聞けば。
「早くせぬと三成が帰りやるぞ?」
言いよどむ私をにまにまと笑いながら吉継が急かす。
あー、もう! 面倒くさい!
「アレと衆道関係って、ほんま?」
面倒くささに負けてオブラートを無視してぶっちゃけると、とたんに吉継がぴきりと固まった。目がキョロキョロとせわしなく動き、意味もなく手がぱたぱたと床の上をさ迷う。
……うわあ、めっちゃ動揺してる。
「そ、それも未来に伝わっておるのか」
「いや、見てたらわかるわ。バレバレやろ」
確かに二人は衆道関係だった、という説もあるにはあったが、ことの真偽は実際その時代に生きた人間でないとわからないだろうと思っていた。証拠になるような書状の存在も聞いたことがないし。興味もなかったしな。
しかし、これはどう見ても。
「決定的、やな……」
思わず呟いた視界の隅で、吉継が居心地悪そうに身動ぎした。
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2011/10/16
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