映画を見よう ウェイン邸にはシアタールームが設けられている。薄暗い部屋の中で、大画面に子供向けのミュージカルアニメが映し出されていた。 祐未は軽快な音楽とともに歌って踊る映画を茫然と見つめていた。目線は画面下に表示された字幕だ。 読み書きのできない彼女は、字幕をつけて映画をみるようアルフやブルースに勧められていた。 大きな画面の中で、ふたりの男女が魔法の絨毯に乗っている。 歌が終わったところで大きなあくびをした祐未は、絶えきれずにリモコンで画面を一次停止させた。 彼女に一般的なエンターテイメントを楽しむ素養はない。これでも少しは馴染んできたほうだ。 大きく背伸びをした彼女の後ろから、少年の声が聞こえてきた。 「もうギブアップ?」 ディック・グレイソン。祐未より先にウェイン邸に引き取られた少年だ。弟なのか兄なのかは現在二人の間で話し合いが続いている。 「パレードんとこは楽しかったんだけどよ、この歌聞いてると眠くなる」 「その歌がアカデミー歌唱賞なんだけどね」 「よくわかんねぇな」 「そっか。君、ディズニー映画よりハリウッド映画のほうがあってるんじゃない?」 ディックが祐未の隣に腰を下ろした。彼の手には1本の映画ディスクが握られている。 「それどんな話?」 「クリスマスにテロが起きる話」 「いいぜ。この映画見終わった後な」 「律儀だね」 祐未がもう一度リモコンに手を伸ばし、映画再生を再開した。彼女の手元にはノートがあり、いくつか文字が殴り書きされている。 「それ、映画の台詞?」 「書けば早く覚えるからってブルースが」 「そっか」 祐未がまたノートになにか書き付ける。字幕の台詞に出る単語のようだ。 「字、上手くなったね」 「ありがとよ」 字を習い始めたばかりのすこし堅い文字。けれども最初の頃よりはだいぶ上達している。 ディックが身を乗り出し、ノートの1カ所を指差した。 「この単語間違ってるよ。iじゃなくてe」 「へぇ」 「あ、ほらこの曲好きなんでしょ?」 画面で悪役が歌を披露していた。 「お、これもいいなノリ良くて」 ふたりはしばらく映画を見ていた。たまに祐未が首を傾げると、ディックがスペル間違いや文法の違いを指摘したりする。 ブルースがシアタールームを覗いたのは、物語が佳境を迎えたあたりだった。 「ディ、」 少年の名前を呼ぼうとしてやめる。ふたりとも画面を注視していた。まれにディックが祐未に、なにか説明しているようだ。 今日のパトロールについて話そうと思っていたブルースは、後回しにしたほうがいいと判断し、そっとシアタールームを後にしたのだった。 [しおりを挟む] 目次 戻る |