Wisely, and slow

Brother&Sister


 薄暗い洞窟を改造したバットケイブにふたつの人影があった。ひとりはブルース・ウェインの養子、リチャード・ジョン・ディック・グレイソン。もうひとりは白井祐未。つい最近、ディック同様ブルース・ウェインの養子になった東洋人の少女だ。
 彼らは現在バットケイブをめいっぱいに使って戦闘訓練中だった。
 祐未の拳が空気を切り裂き、ディックの心臓めがけてまっすぐ伸びる。

「おらっ」

 かけ声とともにたたき付けられた拳を少年の手が受け止めた。彼は少女の手を引き寄せると、足払いで細い身体を転倒させる。
 勢いよく地面に転がされた祐未が低く呻く。

「いって!」

 勝負に勝ったはずのディックは不機嫌そうな顔で彼女を見下ろしていた。

「手を抜いてるだろ」

「抜いてねぇ」

「だって君、昨日は僕の倍以上ある大男を投げ飛ばした」

「腕の骨にヒビが入ってふくらはぎが細切れになったけどな」

「足の筋肉繊維」

「あーそうだっけ。まあいいや」

 ディックが祐未の腕を引っ張って起き上がらせる。彼女の乱れた髪を少年の手が軽く整えた。
 服についたゴミを払い、祐未が言う。

「とにかくそんなんは後先考えねぇからできるんだ。マトモな取っ組み合いなんてあたしはならってねぇからな」

「マトモな取っ組み合いになると、君は僕に負けるって?」

「最初の時だってそうだっただろ。あたしはリサイクルできる鉄砲玉だ。お前の習った戦い方と、あたしの戦い方は根っこから違う。あたしの場合は、腕が吹っ飛ぼうが足が千切れようが敵を殺せば良い」

「ねぇ、ブルースも言ったけど、そういう戦い方はもうやめなよ。君の体が持たない」

「持つんだけどな」

 ディックが眉を顰める。

「そういうこと言ってるんじゃないんだよ」

 少年の変化を敏感に感じ取って、祐未は肩を竦めて見せた。

「知ってる知ってる。気をつけてるよ。だからこの前は腕も足も千切れなかった」

「代わりに首が折れかけた」

 祐未が乾いた笑いで誤魔化すと、ディックがため息をつく。腰に手をあてた彼は首を傾げて自分よりすこし背の高い少女を見上げた。

「まるで年下と話してるみたいだ。君、本当に僕より年上?」

「さあ? お前のが背ぇちっちゃいし、そうなんじゃね?」

「年齢の話になると君ってすぐそれを持ち出すよね。いいよ、すぐに追い抜くから」

「成長期のガキは前向きでいいな」

「女性より男性のほうが成長期は長いからね」

 少年の視線が時計に向かう。ひとつ背伸びをした彼は基地の出入り口へと身体を向けた。

「ほら、そろそろ夕食の時間だ。いこう」

「おー」

 バットケイブはウェイン邸一階の振り子時計に繋がっている。秘密基地みたいで面白いとディックは思っていたが、祐未はあまりピンと来ていないようだった。
 彼女はあまりものを知らない。スパイ映画もコミックも祐未とは縁遠い世界だった。

「実際さ、僕のほうが先にこの家に来てるから、僕のほうが先輩なわけだろ? でも君は僕より多分年上だ。僕は君を姉さんと呼ぶべき? それとも君が僕を兄さんと呼ぶべき?」

「どーでもいいんじゃねぇの?」

 祐未はすでに夕食のことを考えていて上の空だ。彼女の背中をディックが軽くつついた。

「親睦を深めるための雑談だろ。まあ、僕が君の面倒を見てる場合が多いから、僕が兄さんかな」

 すると祐未が不満そうに口を尖らせ振り向く。

「おいなんだよ、昨日庇ってやっただろ」

「頼んでないし、自分で避けられたし、そのせいで君は首の骨が折れかけてブルースに抱きかかえられて帰った」

 さすがに反論できないらしい。祐未が口を尖らせたままディックから視線を逸らす。

「自分よりチビのアニキなんてしまんねぇな」

「いつまでも君より背が低いと思うなよ。人種的にも性別的にも僕が君の身長を追い抜かすのは決定事項だ」

「途中からなに言ってんのかわっかんねぇ」

「君はやっぱり妹だな。その方が似合ってるよ」

 少女は少し不機嫌そうだ。ディックと視線を合わせず、ポケットに手を突っ込む。

「関係ねーしー 年だけで決まるってアルフが言ってたしー」

「妹みたいな姉だって? それはそれで面白いかもね」

「アニキみたいな弟ね。生意気そうだなおい」

 お互いに軽い蹴りを応酬して、ウェイン邸の一階に出る。丁度アルフレッドが部屋を覗いていた。

「祐未様、リチャード様、お夕食の時間です」

 訓練を思わせるじゃれ合いをしていたふたりが顔を見合わせる。アルフレッドが部屋を後にすると、彼らも楽しげに笑いながら執事の後を追ったのだった。
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