テディ


「祐未、お願いがあるんだ」

「なんだよ」

 テレビに視線を向けたまま祐未が言う。ソファの隣に座ったディックは少女の横顔を覗き込んでいた。
 ブルードヘイブンにあるアパートの一角。ウェイン邸を出てから彼が住まいとしている部屋に祐未が上がり込んでいる。
 酔った勢いで結婚してから、祐未はこのアパートに行く回数が多くなった。ブルースやアルフレッドやディックが勧めるからだ。
 今は風呂に入り終わり、シャツ一枚でリビングのソファに座ってテレビを見ている。
 
「これ、受け取って欲しいんだけど」

 ディックが差し出したのは紙袋。やっと祐未の視線がテレビから動いた。手に取ってみると布製品が入っているようだ。

「なんだよ、これ。開けて良い?」

「どうぞ」

 袋の中から出てきたのは赤いリボン。よく見てみるとブラジャーのようで、リボンのついたショーツもセットだ。
 祐未がその場で硬直する。
 何気なく引っ張ったリボンがするりとほどけ、胸がむき出しになるデザインのオープンブラが姿を現したからだ。ショーツもおそらく、リボンをほどいただけで簡単に脱げるようになっている。もはや着る意味の見いだせない代物だ。
 ディックが真剣な顔のまま祐未を見ていた。

「今夜それを来て欲しいんだけど」

「なんだこれ」

「下着」

「こんなどこもかしこもむき出しになったやつが?」

「セクシーランジェリーってやつ」

「?」

「祐未はいつもスポーツブラとかばっかりだからたまにはこういうのもいいじゃないか?」

「これ下着の意味ねぇだろ」

「それがいいんだろ!」

 祐未の表情が歪んだ。眉を顰めて口をへの字に曲げる。

「頭大丈夫かコイツって顔するのやめてくれないか」

「頭大丈夫かお前」

「ひどくない? なぁ、着てくれよ。今のノーブラ彼シャツもイイけど赤いレースの下着とかみたいじゃないか」

「いや、しらねぇよ。人のカッコをそんな下品な言い方するんじゃねぇよ」

「青と黒でも興奮する自信があるけど、最初はオーソドックスに赤が見たいなと思って」

「人の話聞いてんのか?」

「君が着替えたくないなら僕が着替えさせるのはどう?」

「そんなに赤が見てぇなら赤くなったあたしの目を見せてやろうか」

「祐未が怖い。ねえ、着替えさせてあげるよ。着替えて貰うよりイイ気がしてきた」

「ディックが怖い。なあ、腕へし折ってやるよ。着替えさせてもらうよりイイ気がする」

「なにそれ情熱的すぎない?」

「なにそれ前向きすぎない?」

 しばらく沈黙が続いた。テレビではずっとニュースが流れている。メトロポリスでスーパーマンがどうしたとか、ゴッサムでバットマンがペンギンを捕らえたとか、そんなものばかりだ。
 ディックの左手薬指にはシンプルなプラチナの指輪が光っていた。祐未の左手薬指にも同じ指輪がついている。結婚指輪だ。酔った勢いで貰った結婚証明書を重く受け止めたディックが買った。祐未としては別にいらなかったのだが。というか結婚証明書を見たときはすぐさま離婚手続きをするのだと思った。
 それがこうしてズルズルと結婚したままになっているのだから人生わからないものだ。
 結婚したという実感はない。勢いで身体を繋げて以降そういう行為も日常的になったが、正直恋人なのか夫婦なのかセフレなのかも判然としなかった。

「似合うと思うよ。絶対似合うと思う」

「似合う似合わねぇの問題じゃねぇだろコレ、売女じゃねぇんだこんなもん着れるか」

「せっかく買ったのに」

「なんで買ったんだよ。っていうかお前これ店に買いに行ったの? ひとりで?」

「ネット通販」

「本当しょうがねぇ」

「来週には青と黒のやつが来ます。ファッショントップテディのベビードールとガーター」

「お前ホント1回殴ってやろうか? 少しはマトモになるんじゃねぇの」

「充分すぎるほどマトモな自覚があるよ」

「キチガイはみんなそう言うんだ」

 ディックの手が祐未の着ているシャツにかかった。抵抗しようと身をよじるも、もう片方の手でゆっくりソファに押しつけられる。男の目がやたらギラついていたので『スイッチが入ったな』と他人事のように考えた。

「なあ、いいだろ?」

「マジな話、腹筋割れてる女がこんなもん着て似合うとおもうか?」

「興奮する」

「即答」

 祐未が思わず笑ってしまうと、ディックが間合いを詰めて身体の上に乗ってきた。思い切り顔を近付けて優しげな笑みを浮かべてくる。

「着せてすぐ脱がすっていうのも倒錯的で良いかもしれない」

「倒錯的なのはテメェの頭だけで充分だ」

「もう黙って」

 更に近づいて来る男の顔を見ながら、祐未はぼんやり

――今日はベッドルームにはいかねぇんだろうな

 と考えていた。
 
 そして来週にはほぼ同じやりとりで青い下着を着るの着ないのと口論し、ほぼ同じ流れでソファに押し倒されることになるのだった。
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