シャボンディ諸島の一際大きなレストランで女が一人、新聞越しに億超えの賞金首たちを眺めていた。
海賊たちは呑気にどんちゃん騒ぎを起こしながら食事をしている。レストランを経営する方は非常に迷惑だろうなと他人事に考えていた。
無論、眺めているのには訳がある。億越えがシャボンディ諸島に集結することは多々あるのだが、シャッキーが言うには億越えのルーキーが同時期に集結するのは非常に珍しいことなのだそうだ。
だから、『億越えルーキーは要チェックかしらね。今後世界を騒がす重要人物になりかねないわ。ついでにモンキーちゃんを見つけたら連れて来てちょうだい。』と、おかしな要望が付け足されてはいるが、情報収集をしにきていたのだ。
「ギャングのカポネ・ベッジ、大喰らいのジュエリー・ボニー、魔術師のバジル・ホーキンス、あっちにいるのは......スクラッチメン・アプーと“キャプテン”キッドかな。」
頭の中で指名手配書を思い浮かべながら、ゆっくりと確認をする。実際に見ると指名手配書がいかに綺麗に撮られているのかが分かる。命がけで写真を撮っているのだろう、あの指名手配書のクオリティはすごい。どれも強者にしか見えないのだ。
レストラン内だというのに、海賊たちは好き勝手に暴れている。アプーとキッドに至っては壁を破壊して喧嘩をし始めた。海軍本部が近いことを、この人たちは本当に理解しているのだろうか。血の気が多くてドン引きする。精神年齢はどうなっているのかと疑いたくなるが、海賊だから血の気が多いのは百歩譲って仕方がないとする。だからといって海軍本部の側で喧嘩をするな。アホ。
しかし、指名手配されるだけの力はあるのだろう。少し、いや、非常に個性的な変人集団ではあるが、纏っている覇気が常人のそれとは少し違うのだ。最初の海からこのシャボンディ諸島まで辿り着けるだけの力量はあることから、決して侮ってはいけない相手である。
侮ってはいけないのだが、1人大食い選手権や占い師やお口で演奏......演奏?をしているのを見ると大道芸にしか見えないし侮りたくなる。こいつら本当に強いのかよと疑いたくなるような連中ばかりだ。
ひと通り観察し終えて、食後のコーヒーを飲む。
特筆すべき注意点はやはり億越えだけのようだ。政府の判断が正しいことを理解して新聞を折り畳む。
アプーとキッドの喧嘩で人々は混乱状態だ。会計もクソもないだろう。人混みに紛れてレストランからとんずらする。
――――ドン!!!
ふと、遠くで大きな爆発音が鳴り響いた。
向こうでも血の気の多い海賊が暴れているのだろう。正直行きたくはないのだがシャッキーの宿題である情報収集のためだ。海賊が集まっているなら行くしかない。そこに億越えがいるかどうかは分からないが、目立つ行為をするくらいだ。十中八九億越えだろう見物しに行こう。
そう考えて路地裏にまわり込み人目を避けて素早く走る。数分軽く走ったところで、手直な見晴らしの良い建物に登れば、派手に騒ぎを起こしていた連中が視界に入った。
ビンゴだ。
億越え同士の喧嘩である。無意識だろう纏う覇気がピリついていることから、こいつら、キラーとウルージも実力があることが容易に分かる。
しかし、私の興味はそちらには注がれなかった。海賊同士の喧嘩を小箱に座りながら優雅に眺めている、変なファーの帽子を被った男に興味が湧いた。
この男、ローは指名手配書通りの悪どい顔をしている。今も喧嘩を眺めながら何が面白いんだか薄気味悪く笑っているが、恐らく冷静に分析しているのだろう。
異名が少々物騒ではあるが死の外科医、医者だということから頭が切れそうだ。そういう奴は手強いから厄介だ。過去の経験から基づいて心のブラックリストに入れる。
「それにしても海賊の船長が医者ねえ。」
人を助けたいのかそうではないのかよく分からない海賊団だ。
以前読んだ新聞記事には海軍を大量虐殺したなどと書かれていた。本当にお前は医者なのかと疑いたくなるような内容ではあったが、実際は海軍は海賊からしてみれば敵なのだから、情けをかけるべき相手ではないというところだろう。
その時ふと、目が合った。
ローは少しだけ驚いた表情を見せた後、直ぐにニヒルな笑みでこちらを見つめ始めた。
気配は隠していたのだが、どうやら気付かれたらしい。まあ、目の届く範囲で何か物陰に隠れているわけではなかったので、見つけてくださいと言っているようなものではあった。私が手抜きをしたのが悪い。
撤退してもいいが、そこそこ距離は離れているし相手が攻撃してくるような素振りはないため、こちらから下手にアクションを動かす必要はないだろう。相手も様子を伺っているようなのでじっと見つめ返す。
数秒後、飽きたのか小石を拾って立ち上がった。
小石?
小石なんて拾ってどうする気だ?投げてくる気か。そう思考を飛ばして瞬時に身構える。
ローは何かをボソボソと口にし始めた。ここからでははっきりと聞き取れないが口の動きから察するに“るーむ”、“しゃんぶるす”、だろうか?
その瞬間青い透明な膜が此処ら一帯を覆い、気づいた時には私の景色は変わっていた。
この間1秒にも満たない。
この男は人を瞬間移動させることができるのか。ということは悪魔の実の能力だろう。つくづく可笑しな芸当ができるのだなと実感する。
「覗き見とは趣味が悪ィ。女、何者だ?」
背中を抱き留められながら、慣れた手付きで顎を上に持ち上げられる。いわゆる顎クイってやつだ。こんな目の下に隅を作った不健康そうな男にやられるとは思わなかった。
「あなたこそ、初対面の淑女に触るなんて無礼ではなくて?」
「覗き見してる女が淑女なわけねェだろ。」
バカか。覗き見する淑女はいっぱいいるぞ。
現にうちの兄の嫁候補たる淑女たちは覗き見をしていた。その後、兄に気付かれて殺されていたのは悲しい話である。
「あいにく私にはそのような趣味はございませんの。離してくださる?」
「女、名前は?」
こいつ無視しやがった。
無言で数秒見つめ合い、離してくれる気配のない男にため息を吐いた。
「まずは聞いたあなたから名乗るべきではなくって?」
「トラファルガー・ロー。医者だ。」
変わらずニヒルな笑みを浮かべているが、簡単に自己紹介してくれたことに感心する。
自己紹介が下手そうな陰キャに見えたから、てっきりしないと思ったのだが。まあ顎クイする男だから陰キャではなかったな。
「そう。私は、......ミルキ。情報屋をしていますわ。」
答える前に数秒考え、嘘で塗り固められた名前と職業を言った。フェアじゃない、そう考える人もいるだろうが、こいつは海賊なのだ。海賊相手に一般人である可愛い私の個人情報を話すわけがないだろう。