デッドラインワンダーランド


この世界のほとんどは一つの国に支配されている。魔女と親交があった前国王の方針により心臓のない魔女を地下に幽閉しているべーテン城の内部には、必要のない街を更生または、処分する組織がある。名前も付けられていないその組織は城の兵達は他、第二王子にすら姿を見せない。現国王と次期国王になる第一王子のみに忠誠を誓い、この国の為、べーテン城発展の為だけに活動する。その組織のことを大半の人が気味が悪いと言う。所属しているわたしですら気味が悪いと思うのだから仕方がないことだと思うが、寝食を与えられ、この国では十分過ぎる金銭をもらっていれば、出ようにも出づらい。たとえ、与えられた仕事が街を処分するに値するか見定めることだとしても、嫌な顔一つせずに処分区域に出向く。今もまた、処分区域に指定されたE地区内のシュメルツェン街の査定に訪れていた。

「ここはいつ来ても治安が悪いな」曇天の下、彷徨う視線から逃げるように辺りを見渡す。まともな家も店も人も、ここにはない。処分区域に指定されて、だいぶ時間が経ったにも関わらず、未だに処分されないのはシュメルツェン街の地下街にべーテン城の前国王が魔女の心臓を隠したと言われているからだ。自らの心臓を取り戻す為に幽閉されている魔女の力がここまで及んでいるらしいと、いつまで経っても処分出来ないことに業を煮やした現国王に急かされ、空気の悪いこんなところまで足を運んでいるのだが。「この間よりも荒んでるな」魔女の力の影響かは定かではないが、明らかに目が虚ろで足元が覚束ない人が多い。中には子供もいる。今日食べるものすら危ういというのに、どこの街も支援しようともしない。こういった現状が決定的になると処分を確定しなくてはならなくなる。

「すまない、この先の地下街に行きたいのだが……通してくれないか」

薄暗い路地裏を進んで行けば地面を這うようにして座っている三人の男に視線を向ける。この先を下ると前国王が隠したと言われている魔女の心臓の中枢だと聞いていたのだが、どうやら屯する場所になっているらしい。「んあ? それはあ、出来ない、話だなあ」空気と共に吐き捨てられた言葉に眉根が寄る。事前に話を通しておくと部下が言っていたが記憶違いだったかもしれない。

「……そもそも、ここは関係者以外立ち入り禁止だと思っていたのだが。警備の者はどこだ」

破れた服。底が抜けた革靴。ポケットから見え隠れしている黒ずんだ紙幣。三人の身形から感じるものはべーテン城とは正反対ものだ。見慣れたというのは言い方が悪いが、処分区域ばかりを査定しに来ているわたしには日常の風景のようだった。

「おいおい、おい。こおんな街に、警備だってえ?」
「その腹の立つ喋り方はやめくれないか、苛々してくる」

引き攣る頬をそのままに男を見下ろす。元々は良いとこの出かもしれない。家族の為に働いてたかもしれない。そういう風に感じ、考えても、救うことが出来ないのを実感したのはもう何年も前のことだ。こういった処分区域に指定される街から出れないのは二つ理由がある。その一つは金銭面に余裕がないこと。隣り街と言っても歩いて行ける距離ではなく、街ごとに税関があり、身の上が証明できずに追い返されてしまうのは目に見えている。行き場を失くした者、孤児も多く見られるシュメルツェン街から出ることは困難であることが二つ目に挙げられる理由だ。理由が判明し、解決の案を出したところで救うことが出来ない、救う気もない国に絶望する。それなのに、その国を治めているべーテン城の主、べーテン家に忠誠を誓っているなんて、笑えない話だ。

「……いや、言い方が悪かった。他の道を探す」

ここからしか辿り着けないのは確かな情報なのだが、軽く頭を下げて踵を返す。立ち上がることすら億劫なのか、三人の男はくぐもった声だけを出して動きはしない。どうやら、時間をおいてもここを通れるとならないらしい。頭を掻きながら来た道を戻り、部下に連絡をする。「ーーダンツィ少佐、どうされましたか」「どうもこうもない。全く話が通っていないぞ」内ポケットから取り出した小型通信機を耳にはめる。三秒もかからず通信を取ったのは直属の部下ではない顔は思い出せるが名前は出てこないような男の声だった。

「そ、そんなはずはないです。きちんと国王からの達しがきていて。確か……アルデンホフ中尉が担当区になっていたと思うのですが。こちらには申請済みだと報告もきています」
「アルデンホフ中尉か。今どこにいる? 連絡はつくか」

「す、すぐに確認します」そう言って勢いよく切られた通信に思わず舌打ちが出る。なにかと張り合おうとしてくるアルデンホフ中尉に嫌気が差してきていたところに、こういった伝達ミスというのは苛立つ他に理由はない。

しばらく経ってかかってきた通信からは先程の男が意気消沈の言葉がよくわかる声音で「アルデンホフ中尉はただいま第一王子の補佐として城を出ております」と言ってきた。第一王子と一緒だと三日は城に帰っては来ないだろう。了承の意を短く伝え通信を切る。誰も来たがらないE地区のシュメルツェン街に出向いたんだ。手ぶらで帰るなんてしたくないと着ていたコートを脱ぎ、金目の物を抜いておく。そして、再度来た道を戻れば、やはり三人の男がそこにいた。

「んあ? なあんだ、まあたお前か」右左と行ったり来たりしている視線の男にコートを投げやる。「い、痛いなあ」「お、おいおい。こ、このコート……ベ、べーテン城のエ、エンブレムが刺繍されてるぞ」今まで黙っていた男が目を見開き、大げさに驚いている。今時、子供でもベーテン城のことを知っている。そして、そのエンブレムがどういう意味を持っているのかも大人になれば自然と覚えることが一つ。

「お、おお、おい。これ、本物か?」
「当たり前だ。これがあれば、ここから出れる。顔パスも同然だからな」

そう言うや否、目の色を変えた男は我先へとコートを掴もうとその場を立ち上がり、地下街へと続く道を開けた。ベーテン城のエンブレムは身元証明にもなる。様々な街に出向くことに便利なものでもある為、個人的にこのセンスは好かないが重宝している。

アルデンホフ中尉の連絡を待つ時間すら惜しく、砂利を踏みながら地下街へと続く道を小走りで進んで行く。陽の当たらない地下街は薄暗く、肌寒い。城に戻ったらコートの再発注をメイドに頼まないとなと考えつつ、錆び付いた扉を押し開ける。鈍い音を立てて開いた扉の先には、魔女がなにがなんでも取り戻したい理由がわかるような光景があった。


- 1 -

next

intention
ALICE+