海軍はいつもの大佐だった。
首輪をつけさせたままの千代里の鎖を引っ張り、歩かせて帰還すると、やや面食らったようにたじろいだ。
「こ、これはこれは… あなたの側にはいつも美人がいますなぁ」
千代里の足が止まる。
鎖を引っ張ると、いやいや、といったように歩き出す。
「ああ、ちょうど性処理に困ってたところだからな」
「あの航海士も良い身体をしているじゃないですか」
「シャハハハハ!あいつはそういう対象じゃねェんだよ。何しろ大事なウチのブレーンだ」
ネズミのような顔の男の視線が、ジロジロと全身を舐め回す。
「また、水着プレイとは」
「あ? 別に遊びで着させてるわけじゃない。まァ…」
男が、ぱちん! と股を引っ張り上げる。
「それも悪くないかもな!」
アーロンが大声で笑う。
恥ずかしくて恥ずかしくて死にたい。
千代里は俯いて拳を握りしめる。
「下がらせて」
小さく、だが怒りの滲む震える声。
少女の意思表示に、アーロンは眉をひそめた。
「今更、恥ずかしがることでもないだろ。これくらい」
手が水着を掻き分けて浸入する。
守るように背を丸めて閉じ込めていた胸を、無理やり、カタチが変わるほどにぐにゃりと握られる。
身じろいで逃げようとすると、グイ!と鎖を引っ張られた。
「ごめんなさっ…!お願い」
「純情ぶりやがって」
大佐が困ったように、男を諌める。
「ま、まあ、そろそろ商談といきましょうか」
「おっと…すまねえな、待たせちまったんだった」
ビジネスの話になると、やっと蚊帳の外に出られる。
文字通り、その場から逃げ出して、結局は彼のベッドルームにしか居場所はないのだが、水着を脱ぎ捨てて、首輪を外そうと躍起になる。
あんな扱いは、いや!!
鍵は男がもっている。
飾り程度についた細い鎖がジャラジャラと音を鳴らす。
「…どうして、こんなことに」
思い出そうとすると、頭が痛む。
白い靄がかかった記憶の向こうで、またしてもザワメキが聞こえ出す。
目を瞑ると、消毒液のアルコール臭がする。
夢を見ているのだろうか。
私は、いったいーー
*
白い。天井。壁。
管の繋がった身体。
大会は1ヶ月後。
部活でレギュラーを取っても、1番になれないと怒られる。
努力が足りないからだ。
根性ナシ。
夜の学校で、閉まってからも練習しろってーー
*
意識が戻りましたね。
と妙齢の女性ーー看護師が微笑んだ。
「あの…ここは…」
「病院です。覚えてないかな?あなた」
*
パシン!と頬を叩かれて気がつく。
白昼夢を見ていた?
目の前には、主の憔悴した姿。
「アー口ンさん……?」
「息が戻ったか」
ジャララ。鎖が床に擦れる。
倒れていたのだろうか。
いや違う。
寝ていたのに。私は病院で。
病院……
「帰らなきゃ。あたし、」
「わけのわからないことを」
抱き上げられた腕を振りほどく。
まだ頭に白い靄はかかっているが、自分が学生で水泳部のレギュラーだったことまで思い出した。
死んだときのことは覚えていたのに。どうして忘れていたのだろう。
「どこに帰るつもりだ?!」
「それは…」
思い出せない。
分からない。
もうザワメキも聞こえない。
ふー、と男は落ち着かせるように息を吐き出す。
「良い。まだ正気じゃないんだろ」
人間を何時間も水の中に閉じ込めたから、と彼は千代里の肩へ手を置いた。
「加減が足りなかったな」
なぜこうも、この男は優しいそぶりを見せるのだろう。
傷つけられた心のスキマに、毒のように低音が染み込んでいく。
加減、という言葉に罪悪感が広がる。
自分の存在意義が彼を癒すことならば、劣等生ではないか……
「少し休んでろ」
肩を包み込む手が、触れるか触れないかくらいで、首を撫ぜる。
現実味が、どっと薄れていく。
かちゃり、と首輪が外される。
ふと、軽くなったその瞬間、吐き気がするほどの不安に襲われる。
「少しだけ、側にいて」
肩から離れかけた手を追いかけて、引き止める。
いっそのこと殺されても良いかもしれないと、この不安に飲み込まれてしまうならば。
「ああ」
ぎこちなく、答えたは良いが、寄り添う千代里を持て余して、アー口ンは立ち尽くす。
だが、この自分しかうつさない瞳は悪くない。
顎を持ち上げ、唇に指の腹で触れる。
貧血気味で血色は良くないが、しっとりと柔らかい唇。
この身体を、隅から隅まで、くまなく支配したいと思う。
「殺して、ってお願いしたら、あたしのこと殺しますか?」
どくん、と心臓が嫌な音を立てる。
「俺が価値を見出している限り、お前は死ねない」
少なくとも頼まれて殺すようなことはしないだろうと、この瞬間、自覚した。
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