海軍はいつもの大佐だった。
首輪をつけさせたままの千代里の鎖を引っ張り、歩かせて帰還すると、やや面食らったようにたじろいだ。

「こ、これはこれは… あなたの側にはいつも美人がいますなぁ」

千代里の足が止まる。
鎖を引っ張ると、いやいや、といったように歩き出す。

「ああ、ちょうど性処理に困ってたところだからな」
「あの航海士も良い身体をしているじゃないですか」
「シャハハハハ!あいつはそういう対象じゃねェんだよ。何しろ大事なウチのブレーンだ」

ネズミのような顔の男の視線が、ジロジロと全身を舐め回す。

「また、水着プレイとは」
「あ? 別に遊びで着させてるわけじゃない。まァ…」

男が、ぱちん! と股を引っ張り上げる。

「それも悪くないかもな!」

アーロンが大声で笑う。
恥ずかしくて恥ずかしくて死にたい。
千代里は俯いて拳を握りしめる。

「下がらせて」

小さく、だが怒りの滲む震える声。
少女の意思表示に、アーロンは眉をひそめた。

「今更、恥ずかしがることでもないだろ。これくらい」

手が水着を掻き分けて浸入する。
守るように背を丸めて閉じ込めていた胸を、無理やり、カタチが変わるほどにぐにゃりと握られる。

身じろいで逃げようとすると、グイ!と鎖を引っ張られた。

「ごめんなさっ…!お願い」
「純情ぶりやがって」

大佐が困ったように、男を諌める。

「ま、まあ、そろそろ商談といきましょうか」
「おっと…すまねえな、待たせちまったんだった」

ビジネスの話になると、やっと蚊帳の外に出られる。
文字通り、その場から逃げ出して、結局は彼のベッドルームにしか居場所はないのだが、水着を脱ぎ捨てて、首輪を外そうと躍起になる。


あんな扱いは、いや!!


鍵は男がもっている。
飾り程度についた細い鎖がジャラジャラと音を鳴らす。

「…どうして、こんなことに」

思い出そうとすると、頭が痛む。
白い靄がかかった記憶の向こうで、またしてもザワメキが聞こえ出す。

目を瞑ると、消毒液のアルコール臭がする。

夢を見ているのだろうか。
私は、いったいーー





白い。天井。壁。
管の繋がった身体。

大会は1ヶ月後。
部活でレギュラーを取っても、1番になれないと怒られる。

努力が足りないからだ。
根性ナシ。
夜の学校で、閉まってからも練習しろってーー





意識が戻りましたね。
と妙齢の女性ーー看護師が微笑んだ。

「あの…ここは…」
「病院です。覚えてないかな?あなた」





パシン!と頬を叩かれて気がつく。
白昼夢を見ていた?
目の前には、主の憔悴した姿。

「アー口ンさん……?」
「息が戻ったか」

ジャララ。鎖が床に擦れる。
倒れていたのだろうか。

いや違う。
寝ていたのに。私は病院で。
病院……

「帰らなきゃ。あたし、」
「わけのわからないことを」

抱き上げられた腕を振りほどく。
まだ頭に白い靄はかかっているが、自分が学生で水泳部のレギュラーだったことまで思い出した。
死んだときのことは覚えていたのに。どうして忘れていたのだろう。

「どこに帰るつもりだ?!」
「それは…」

思い出せない。
分からない。
もうザワメキも聞こえない。

ふー、と男は落ち着かせるように息を吐き出す。

「良い。まだ正気じゃないんだろ」

人間を何時間も水の中に閉じ込めたから、と彼は千代里の肩へ手を置いた。

「加減が足りなかったな」

なぜこうも、この男は優しいそぶりを見せるのだろう。
傷つけられた心のスキマに、毒のように低音が染み込んでいく。

加減、という言葉に罪悪感が広がる。
自分の存在意義が彼を癒すことならば、劣等生ではないか……

「少し休んでろ」

肩を包み込む手が、触れるか触れないかくらいで、首を撫ぜる。
現実味が、どっと薄れていく。

かちゃり、と首輪が外される。
ふと、軽くなったその瞬間、吐き気がするほどの不安に襲われる。

「少しだけ、側にいて」

肩から離れかけた手を追いかけて、引き止める。
いっそのこと殺されても良いかもしれないと、この不安に飲み込まれてしまうならば。

「ああ」

ぎこちなく、答えたは良いが、寄り添う千代里を持て余して、アー口ンは立ち尽くす。
だが、この自分しかうつさない瞳は悪くない。
顎を持ち上げ、唇に指の腹で触れる。

貧血気味で血色は良くないが、しっとりと柔らかい唇。
この身体を、隅から隅まで、くまなく支配したいと思う。

「殺して、ってお願いしたら、あたしのこと殺しますか?」

どくん、と心臓が嫌な音を立てる。

「俺が価値を見出している限り、お前は死ねない」

少なくとも頼まれて殺すようなことはしないだろうと、この瞬間、自覚した。