悲鳴を上げさせて、ぐちゃぐちゃにしたい欲望が日に日に強くなっている。

このままでは、いつか本当にーー





アー口ンと顔をあわせると、恥ずかしくて死にそうになる。
そういう存在になると公言して生きながらえているのに、彼に狂っていることを知られるのがとても恥ずかしくて仕方がない。
他の魚人たちの目線が耐えられない。

公務として、事務作業を命じられたけれども、ついてくれる魚人があからさまに顔を赤くしてこちらを見てくるたびに、男の感触を思い出して震えてしまう。

カリカリとペンを走らせながら、今月の徴収表をまとめていく。
何十もの島や村から、過不足なく徴収されたかという確認。
大体、計算が合わないことが多い。町民の出生・死亡記録と照らし合わせながら、合計額と実際のお金を修正していく。

数字を書き込みながら自問自答を繰り返す。

なんで。なんで。なんで。
こんなに自分が変態だったなんて思いたくない。

朝から晩まで別に取り立てて、そういうことを、したいって思うわけじゃないのに、事あるごとに思い出して感触が蘇る。

むせ返るような海の匂いで。
彼のシャツで。
そして、支配下におさめたという町民の名前からも。

すべてのものが、主人は誰かと思い出させる。

刺青がヒリヒリする。
彼の印が、いつもそこにある。

12時の鐘がなる。
お、とセンパイーー勝手に「センパイ」と呼んでいる魚人ーーが横の机から首を伸ばして進捗を確認する。

「けっこう進んだみたいだな。飯いってきていいぞ」

最近は、お小遣いも貰えたり、する。
主人いわく、真っ当な働きに対する妥当な評価だそうだが、なんだか身に過ぎた光栄に感じて、使えないでいる。





「ねえ、アンタ、どこで捕まったの?」

食堂でご飯をもそもそと食べていると、あの人間幹部、才能のカタマリと一目置かれる女性に声をかけられた。

「前、失礼するわ」

長いテーブルを挟んで向かいに座る。
こんな風に会話をしながら食事をするのはいつ振りだろう。

ふわりと柑橘系の香りがする。
オレンジ色の髪が揺れる。

「…近くの海で溺れてたって。よく思い出せないの」
「記憶喪失ってわけ? それにしても運が悪いわね」

運が悪い?
そんな風には思ったこともなかった。

「…これから、どうするつもりなの?」
「これから?」
「そうよ。いつ殺されるかわからない今の状態から、何とかしようって思わないの?」

逃げろ、ということだろうか。
そんなの無理、とひきつった顔を見て、ナミが口を開く。

「別に、手段がひとつである必要はないと思うわ。でも、少なくとも殺されない利用価値があるって思われないと、ツライわよ」
「それは、」

分かってて見ないようにしていた。
才能がない人間にはキツイ事実なのに。努力したって、どうせーー

頭が痛む。

「どうせ、がんばったって……」

才能に恵まれた人。
お天道様に愛されて、何をやってもうまくいく人。努力を努力とも思わないで、呼吸をするように、最適解にたどり着く人。

いつだってイチバンは私じゃなかった。

誰よりも頑張っても、苦しい"努力"をしても。

「何もしないよりはずっとマシ。そんな風に諦めてたら、何も始まらないわ」

だん!とパスタにフォークを突き刺して、ナミは千代里を睨みつける。
その目に、人間のクズ、と突きつけられているような、いたたまれない気持ちになる。

違う。
彼女が責めているわけではない。

自分が何より、いまの状態を、許せないでいるんだ。

わかってる、わかってるけどーー


「どうしたらいいかわからないの」


手のひらに、爪が食い込むくらい拳を強く握りしめる。


「まずは、自分がどこから来たのかくらい、突き止めるべきじゃない?」


ごちそうさま。
ナミは立ち上がると、千代里の肩を叩いて、ヒールの音を響かせて立ち去っていく。

声も、姿勢も、足音すらも。
強い意志を秘めた姿はまっすぐでとても美しい。

わたしは醜い。
ダメ。このままじゃ、ダメだーー