公開告白の一件以来。
幹部の目は生暖かい優しみを帯びるようになった。
「安心しろ、ペット。お前の気持ちは伝えない」
クロオビの絡みはウザさを増した。
「あたし、本を読んでるんだけど」
書庫にこもってひっそりとしようと思ったのに。この男。
千代里は本から視線を外さずにツンとした態度で返す。
「ちょっと!」
本を奪われて、頭上でヒラヒラと舞い躍らせる。
掴もうとジャンプしたはいいが、腰が痛くて、呻きながら着地する。
「なに、何の用」
「アーロンさんが、お前ごときを愛すると思うのか?」
嫌味を言うためにここへ来たのか。
「…そんなの、どうでもいい。あたしが勝手に想ってるだけだから」
「こんなことは史上初でね。虜囚が誘拐犯を好きになるという話はあるが、お前はどうだろうな」
「あたしの気持ちがウソだって言いたいの?」
さあ。と本を返される。
なんで、人を試すような真似をするんだろう。
「どちらにせよ、身の程はわきまえておけよ」
じゃあな。
そう言って、書庫を去っていく。
ヒマ人め…
戦闘要員だからって、毎日筋トレばっかしてるくせに。
閉じた本を、棚に戻す。
確かに、吊り橋効果とか、いろいろ思うところはある。
恐怖をカン違いしてるんじゃないかとか。
自分の身を守るために、思い込んでいるんじゃないか、とか。
身の程?
言われなくたって、わきまえてるよ。
*
雨。外を厚い雲が覆っている。
低気圧が通過する。
「いたた、たた」
足も腰も、古傷も新しい傷も、どごかしこも軋んで痛む。
暗い空。
嵐の前の不穏な風が、パークの廊下を走り抜けていく。
「あっ」
通りすがった魚人が難しい顔をして見つめる資料が、バラバラと何枚も飛んでいく。踊るように飛んだり跳ねたり、ひらひらと舞う紙を追いかける。
その場にいた数人も、散らばる紙を追いかけて走り出す。
パークの門が、ほんの少し開いている。数枚、招かれるように、宙を泳いでいく。
千代里は駆け出していた。
足が、肩が、悲鳴をあげている。
まるで継接ぎだらけの人形が、崩れ落ちる寸前のようだ。
ひらひら、ひらり。
入り口で舞い落ちた紙を拾い上げると、端正な佇まいの青年が、ほら、と残りの紙を手渡してくれた。
珍しい。人間の、男。
「ありがとうございます」
ジッと、資料に視線が注がれる。
チラリと見たが、どうも新たな海図のようで、主人の文字が書き込まれている。
「なにか、ご用?」
「…数年ぶりに故郷に帰ってきたら、アーロンパークとやらが出来たと聞いてね。家族がこぞって奉具を納めなきゃいけないと言うから、来たんだ」
落ち着いた声音は、淡々としていて、どこか知的さも感じる。
「君は、どうしてココから出てきたの?」
「…あたしは、」
喉が干からびたように、声が掠れる。
「言いたくないなら、聞かないよ。どうも、あまり良い待遇を受けてるとは言えないみたいだしね」
包帯でグルグルの身体を見て、青年は申し訳なさそうに肩をすくめる。
「ところで、手続きがあるならしてしまいたいのだけど、僕は入れるのかな?」
「…あ、はい。聞いてきます」
少し待っていてくださいね、と伝えて、千代里は踵を返す。
拾った海図を、舞い散った資料を集め終わった魚人へ渡して、事務室へと走る。
センパイが珍しいこともあるもんだ、と重い腰をあげる。
パーク内へ案内されて、彼はきちんとお金を払っていった。
どこか肝の座った、堂々とした態度で。
彼と話をした魚人たちは、口を揃えて気の利く下等生物(ニンゲン)だと言っていた。
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