公開告白の一件以来。
幹部の目は生暖かい優しみを帯びるようになった。

「安心しろ、ペット。お前の気持ちは伝えない」

クロオビの絡みはウザさを増した。

「あたし、本を読んでるんだけど」

書庫にこもってひっそりとしようと思ったのに。この男。
千代里は本から視線を外さずにツンとした態度で返す。

「ちょっと!」

本を奪われて、頭上でヒラヒラと舞い躍らせる。
掴もうとジャンプしたはいいが、腰が痛くて、呻きながら着地する。

「なに、何の用」
「アーロンさんが、お前ごときを愛すると思うのか?」

嫌味を言うためにここへ来たのか。

「…そんなの、どうでもいい。あたしが勝手に想ってるだけだから」
「こんなことは史上初でね。虜囚が誘拐犯を好きになるという話はあるが、お前はどうだろうな」
「あたしの気持ちがウソだって言いたいの?」

さあ。と本を返される。
なんで、人を試すような真似をするんだろう。

「どちらにせよ、身の程はわきまえておけよ」

じゃあな。
そう言って、書庫を去っていく。

ヒマ人め…
戦闘要員だからって、毎日筋トレばっかしてるくせに。

閉じた本を、棚に戻す。
確かに、吊り橋効果とか、いろいろ思うところはある。

恐怖をカン違いしてるんじゃないかとか。
自分の身を守るために、思い込んでいるんじゃないか、とか。

身の程?
言われなくたって、わきまえてるよ。





雨。外を厚い雲が覆っている。
低気圧が通過する。

「いたた、たた」

足も腰も、古傷も新しい傷も、どごかしこも軋んで痛む。

暗い空。
嵐の前の不穏な風が、パークの廊下を走り抜けていく。

「あっ」

通りすがった魚人が難しい顔をして見つめる資料が、バラバラと何枚も飛んでいく。踊るように飛んだり跳ねたり、ひらひらと舞う紙を追いかける。
その場にいた数人も、散らばる紙を追いかけて走り出す。

パークの門が、ほんの少し開いている。数枚、招かれるように、宙を泳いでいく。

千代里は駆け出していた。
足が、肩が、悲鳴をあげている。
まるで継接ぎだらけの人形が、崩れ落ちる寸前のようだ。

ひらひら、ひらり。
入り口で舞い落ちた紙を拾い上げると、端正な佇まいの青年が、ほら、と残りの紙を手渡してくれた。

珍しい。人間の、男。

「ありがとうございます」

ジッと、資料に視線が注がれる。
チラリと見たが、どうも新たな海図のようで、主人の文字が書き込まれている。

「なにか、ご用?」
「…数年ぶりに故郷に帰ってきたら、アーロンパークとやらが出来たと聞いてね。家族がこぞって奉具を納めなきゃいけないと言うから、来たんだ」

落ち着いた声音は、淡々としていて、どこか知的さも感じる。

「君は、どうしてココから出てきたの?」
「…あたしは、」

喉が干からびたように、声が掠れる。

「言いたくないなら、聞かないよ。どうも、あまり良い待遇を受けてるとは言えないみたいだしね」

包帯でグルグルの身体を見て、青年は申し訳なさそうに肩をすくめる。

「ところで、手続きがあるならしてしまいたいのだけど、僕は入れるのかな?」
「…あ、はい。聞いてきます」

少し待っていてくださいね、と伝えて、千代里は踵を返す。
拾った海図を、舞い散った資料を集め終わった魚人へ渡して、事務室へと走る。
センパイが珍しいこともあるもんだ、と重い腰をあげる。
パーク内へ案内されて、彼はきちんとお金を払っていった。

どこか肝の座った、堂々とした態度で。

彼と話をした魚人たちは、口を揃えて気の利く下等生物(ニンゲン)だと言っていた。