屋内に、火の手が回る。
千代里は重要な書類と、お金を金庫にしっかりとしまいこんだのを確認して、海図に手が回らないようにと馳けまわる。
ボヤを消しながら、外の様子を伺う。
戦力は拮抗。
どうも、最新の武器が装備されているらしい。
「…どうして?」
まるで、中のことを把握したかのような動き。
村民たちは、不満こそあれ、長きにわたる支配によって、闘志などなかったはずなのに。
(見せしめで反乱者が上がることはあっても。)
ふいに、帰ってきたという青年の顔が浮かぶ。
事も無げに、奉具を収めた男の顔がーー
さく、さく、さくり。
燃えカスを踏みしめる足音がする。
金庫のカギを握りしめて、事務室の隅で煙から逃げるように縮こまる。
ザク、ザク、足音が近づく。
閉められたドアが、きぃぃぃ、と不気味な声を上げる。
ゆっくりと開く扉に、滑り込む革靴。
一瞬の間。
目があうまで、少し視線が宙を舞う。
「…ああ、ドレイの子か」
あの青年だ。口を歪めて笑う姿は、悪魔のような美しささえ感じた。
すべての、元凶? もしかしなくても。
「こんなこと、タダじゃ済まない」
「可哀想に。反抗心すら折られてしまっているんだね」
かわいそう? 私が?
「殺されるより、生きることを選んでいるだけ。あなたはどうなの。こんなことしたって、あの人たちには勝てないよ!」
「だから、なに?」
きょとん。という顔で、男は首を芝居じみた動作で傾げる。
「…あなたは、なんなの」
「さて、何だろうね?」
ごほ、ごほ!
濃度を増す煙に、息を吸うたびにむせる。
火の手が徐々に奥まで来ているらしい。
バタバタと忙しく足音がする。
窓が壊される音。
「中に敵の残りはいるか!」
初老の男性の声。
男が薄い唇を開く。
「いない。虜囚の少女を保護した。対応は任せるよ」
さあ、と男が手を伸ばす。
「いきたくない」
「大丈夫だよ。彼らだって分かってくれるさ」
肩を掴まれる。
無理やり引き起こされ、外に連れ出される。
島に残っていた魚人たちが、広場でみんなまとめられている。
「千代里……」
気づいた1人が声をかけるが、村民たちにより、喋るな!と石が飛ぶ。
やめて、と叫びかけて止める。
ここで火に油を注いでも、何の役にも立たない。
いったい、どんな顔をしていれば?
被害者ヅラをしていれば、村民たちにはウケが良いだろう。
だが、それでは魚人サイドに心象が悪い。
立ち尽くす。
ーーあたしは、なんなの?
この後に及んで、生きることばかりに執着している。
あの人の言葉どおり、私は生きたいだけで、そのためには何でもするクソ野郎なのか。
肩を抱かれたまま人形のように大人しく小さくなって、存在を消そうと努力する。
「かわいそうにねえ、あいつらにひどいことをされていたんだろう?」
おばさんが1人、近寄ってくる。
髪を撫ぜながら、ススでくすんだ包帯に、眉をひそめる。
胸が痛い。
痛い。
あたしのせいで、この人たちはみんな死んでしまう。
「覆水、盆に返らず」
男がにこやかに、千代里から手を離す。
喧騒から離れるように、革靴の音が遠ざかる。
「あの人、何者なんですか?」
「え? ああ… なんでも自由のための武器商人だとか… それより、あんた、ヤケドをどうにかしなきゃ」
千代里の手を引いて、椅子に座らせると、女性は自分のスカートで膿んだ腕を応急手当してくれる。
「…あたしのせいだ」
女性が見張りに戻るのを見届けて、頭を抱える。
電話から1時間ほど。
籠城の構えが築かれるが、それがどれほど脆いものなのか身に染みて分かっている。
こんなことならば、電話をせずに、彼らを逃げるよう説得できれば…
は、と気がつく。
あの男。
そもそも、彼さえいなければ…!
だが、見渡しても、どこにもいない。
船が戻るまで、猶予は、ない。
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