男の船があるのは、村のすぐ近くの海岸沿いだった。
立ち上がって、身を潜めながら、パークを出る。

無我夢中で走った。
何か、したいわけでもないけれど。

だが、あの男を逃すことだけは嫌だって、本能のような心の芯の部分が訴えてくる。
あるいは、やるせない行き場のない思いを、ぶつけたいだけなのかもしれない。


「…ああ、君か」


開けた海岸線と、澄み渡る青い空。
こんな船出の日はないと、思えるかのような。

1人分にしては、分不相応な、大きさの船がぽつりと。


「あなた、胸が痛まないの」


どの口が言えた義理か。
だが、何かが心臓の奥で燃えている。


「あの人たち、みんな死ぬんだよ」
「だから、なに? 彼らは満足してる。奴隷でいるよりも人間でいることを選んだだけじゃないか」


男は心底、不思議といった風で、まったく罪悪感すら感じていないようだ。


「あの人たちが勝っても、魚人たちが死ぬんだよ?」
「だから? 彼らだってそれを織り込み済みで勢力拡大につとめているんだろう?」


あたしは、なにに怒っているんだろう。そんな権利もないはずなのに。


「…君は、何がしたいの?」


短剣で胸を刺されたかのような。
冷たい目線。
悪寒が背筋を走る。


「あた、し、」


言葉が舌で絡まる。
なにが、したい?

そんなこと、考えたことも。
考えることすら、
許されたことなんて。


「いるんだよね、君みたいな善人ぶって何にもしない人。ねえ、プライドってあるの?」


馬鹿にされているのは、わかっていた。
かわいそう、かわいそうって。


「…あたしは、善人でもないし、可哀想でもない」
「ああ、そう。じゃあなに? 一緒に連れてって欲しいの? 何が不満なのか分からない。いい加減、時間もないし、僕は行くよ」


ギシ、とハシゴに重みがかかる。
その時。

千代里の頬を抜けて、水鉄砲が真っ直ぐに男の身体を吹き飛ばす。


「…あ」


後ろを振り返る。
遠くにチュウが見える。

ガクン、と力が抜ける。


一瞬、死んでしまえば良いのに
と思った。


そして彼はもう、間に合わない。
逃げられない。