覚悟を決めると身体の震えは治おさまった。
難癖をつけてバラバラにされるだろうか、どんな殺され方をするだろうかと、自分の死に様に思いを巡らせる。


「…畜生が」


思い切り、掴んだ腕を振りほどかれる。
反動で飛んだ体を、チュウが壊れないようにキャッチする。


「アーロンさん、」


チュウの言いかけた言葉を遮り、アーロンが手を上げて制止する。
眉間をおさえながら、ああ!と地響きがするような声で叫び、彼は千代里を睨みつける。

その目が、普段のものに戻っている。
怒りを抑えている…?


「どうにも信用できねェな」


チュウが千代里を支える肩に力を込める。
命が綱渡りをしているのを、ひしひしと感じる。

話はどこまでも平行線だ。
確かに、私は魚人にはなれないし、これからも人間が傷つくのは嫌だ。

でも、死にたくない。

なのに、このひとを、憎むことも嫌うこともできそうにない。

魚人と、人間と。
二元論で、答えなんか出ない。


「あたしは、あなたを裏切らない!」


掴まれていた腕の布に、血が滲み出す。化膿した皮膚が破れてしまったらしく、ズキズキと熱いような痛みが響く。


「……そこまで言うなら、お前の忠誠心を信じようじゃないか」


足元で、ボロボロになった青年が呻く。
気がつくと、倒れていた位置から離れている。
この会話の間に、逃げようと這いずり、進んでいたらしい。


「それを殺せ」


えっ、と千代里がたじろぐ。
逃げる青年と目があう。

その目が、ざまあみろ、とでも言うかのように歪んで、笑う。


チュウの手が離れる。
顔は見なかったが、冷ややかな判決をくだす判事のような空気を感じる。
おい、とアーロンに死体の片付けをするクロオビが呼ばれて、銃を持ってくる。


「…ほら、やれよ。俺は優しいから、手を下したことすらないお前に、ナイフで刺せとは言わないぜ?」


違うのに。
私は、そんな。


「もうひとつおまけをつけてやろうか? こいつを殺したら、お前を同胞として認めてやる」


そんな意味で言ったわけでは、
ないのに。


「わかったならさっさとやれ!」


安全装置の外れた最新式の銃を、震える手で構える。
ガタガタ震える手に力が入らない。


「…この女に、出来るわけがない」


クロオビが見下した目で、吐き捨てる。
お前の気持ちはそんなものだろう、と。

青年の身体を見る。
痛々しく骨の飛び出た足に、変に曲がった腰。

流れ出た血が水たまりを作っていて、もう助かりはしないだろう、ということは分かる。

でも、そもそもこうなったのは。
私が引き留めていたから。

今更、自分が手をくだすかくださないか、それだけの話。


構える腕に力を込める。


「…良心が、痛まないのか」


青年の潰れた声。
嘲笑を含んで、むせながら千代里を責める。


「自分の意志のない、良い子ちゃん。うまいこと撃って、はやくラクにしてくれよ」


また、腕が震えだす。
今さら、今さら、今さらって何度も繰り返し頭の中で叫んでも。

アーロンが、何だ?と声を荒げる。
千代里しか、青年の言葉を聞き取ることができなかったらしい。

見かねて後ろからアーロンが千代里を抱き込むように銃を構えさせる。
外さぬように、頭に銃口を突きつけさせて、イライラしながら「これで引き金を引くだけだ」と急かす。


「…こうなることも、覚悟の上だった?」


とんでもない皮肉だ。
死んでしまえだなんて思うんじゃなかった。
自分が殺す覚悟もなかったのに。


「はやく。痛くて、仕方が、ない」


青年から血の気がどんどん失われていく。
脂汗と、血と、だらんと力なく垂れた身体は、もう既に死体のよう。

でも生きている。
確実に命が宿っている。


指に、力を入れる。
たった、それだけのこと。

カチン。
ーーバン!


反動はアーロンの腕の中で消えていく。
ごめんなさい、なんて。
もう都合よく謝ったりしない。