返り血が頬にかかる。
肉塊になった青年が痙攣する。

血の海に、銃が落ちる。
硝煙の匂い。

アーロンの指が、返り血を拭う。


「あたしのこと、信じられる?」


答えはない。
代わりに、後ろから抱く力が強くなる。


「アーロンさん!こっちの片付けは終わりましたよ〜!」


ハチの声がする。
涙が溢れる。
彼の怒りは、きっと、これからも鎮まることなんてない。


「ハチ、一体追加だ。後は頼む」


随分と疲れたような声で、返事をかえす。
クロオビもチュウも、なにも言わなかった。

ただ、何かが壊れて、何かが変わってしまった。
千代里はいつまでも指に残る感触と反動の痛みを、忘れまいと脳裏に刻み込むのだった。





いたって普通。
パークの修理に時間はかかりそうだけど、血糊もなくなって、書類も焦げたけれど、無事、修復もすみ、何事もなく、滞りなく、日々は過ぎる。

変わったことといえば、千代里は公式に同胞として認められた。

ナミはしばらくまた航海に出ていたが、帰ってきて事の顛末を聞き、悔しそうに唇を噛んでいた。

海図を書く気持ちは、どんなものだろう。
千代里は初めて彼女の胸中に思いを巡らせた。

事務作業をしながら、改めて回復したセンパイが生きていることに良かったと思う。

「おい、昼、行ってきていいぞ」
「ありがとうございます」

対応は特別変わりはしない。
ただ、バカにされることは少なくなったし、アーロンのご機嫌をとる必要もなくなって、前ほど居心地の悪さや、不安がなくなった。


廊下を歩きながら、来客と話すアーロンを見る。
あれから、まだ求められていない。


ナミが食堂にいるのを見つけて、隣に座る。

「久しぶりね。大変、だったでしょ」
「…でも、何とかなった。いまは、誰よりも安全だし」

皮肉っぽくなってしまい、口をつぐむ。

「記憶、戻ったってね。どう? 帰れそう?」
「……まだ、帰り方までは分からないけど、多分、そのうち」
「そう。はやく戻れると良いわね。あなたなら、きっと何とかなる」


前に見たよりも、なぜか、彼女が脆く、優しく見える。
思っていたよりも、世界は、本当は。恐ろしい場所ではないのかもしれない。


「ナミさん、やりたいことって、どうやって見つけたの?」
「いきなりどうしたの?」
「元いたところで、あたし学校に通ってて。進路を聞かれていたの。あたし、何も、やりたいこととかなくて」


青年の冷たい目に、時折、闇から睨みつけられるようで。
何がしたいの? と事あるごとに脳裏に木霊する。


「そうね、あたしは物心ついたときにはもう、好きだったから。自然と。それに必要にも迫られたし…… あんまり参考にならないわね」
「ううん。ありがとう。好きなこと、か。考えたこともなかったや」


まだ答えは見えないが、
闇に向かって「考え中」と、叫び返せるようにはなった。