男の体力が尽き果てる頃。
千代里は、意識が遠くなるごとに、水の流れが身体を包んでいくのを感じていた。
*
足を掬われて急流。
流れ落ちて、水の底。
懐かしい声がする。
お母さん?
こっちこっち、と
呼ばれているが、また足がつる。
激しい痛み。
身体が鉛になる。
もがけど、もがけど、
身体が上がらない。
なにか、おそろしいものが、水面から覗き込んでくる。
川底ごと千代里を攫おうと、手を伸ばしてくる。
鬼のような。化け物。
もしかしてここは。
川底を蹴って、流れに身をまかせる。
足が動かなくったって。
水は私の友達。絶対に捕まらない。
ゆらゆら、ゆらゆら。
揺れる。海底めざして。
*
目がさめる。
ぐっしょりと汗をかいて、看護師さんに着替えさせられているところだった。
「…っいた!」
全身が鞭打ったように痛む。
首も、アザになっている。
さすがに向こうのケガは、全ては持ち帰ってこなかったらしいが。
ひとつひとつアザになっている。
アーロンの執念が刻み込まれている。
「服の下、ケガだらけよ。このアザ、いったい、どうしたの?」
おそるおそる、といった感じで、彼女は千代里の着替えを終わらせる。
「…あ、はい。はは、は」
乾いた笑いが込み上がる。
*
もしかして、虐待されてるの?
担当医から神妙な面持ちで聞かれた時に、泣きそうなフリをして、はい、と答えた。
父親は喚き散らしていた。
親不孝もの、と怒鳴り散らしていた。
それはシツケだ!って。
そうかもしれない。
でも、なんだかもうどうにでもなってくれって感じで。
退院はしばらく先に伸びることになった。
父親との関係をどうするか次第で、施設通いになるかも、と。
またしても、何がしたいの、と闇から青年が恨めしそうに見つめてくる。
わからない。
わからないけど、確かなことがある。
あたしは、
もう自由になっても良いんだ。
*
急流へダイブする。
魂が、また水底で揺れる。
死神たちから逃れ逃れて、
私はまた、海に還る。
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