男の体力が尽き果てる頃。
千代里は、意識が遠くなるごとに、水の流れが身体を包んでいくのを感じていた。





足を掬われて急流。
流れ落ちて、水の底。
懐かしい声がする。
お母さん?
こっちこっち、と
呼ばれているが、また足がつる。
激しい痛み。
身体が鉛になる。
もがけど、もがけど、
身体が上がらない。

なにか、おそろしいものが、水面から覗き込んでくる。
川底ごと千代里を攫おうと、手を伸ばしてくる。

鬼のような。化け物。
もしかしてここは。

川底を蹴って、流れに身をまかせる。
足が動かなくったって。
水は私の友達。絶対に捕まらない。

ゆらゆら、ゆらゆら。
揺れる。海底めざして。





目がさめる。
ぐっしょりと汗をかいて、看護師さんに着替えさせられているところだった。

「…っいた!」

全身が鞭打ったように痛む。
首も、アザになっている。

さすがに向こうのケガは、全ては持ち帰ってこなかったらしいが。

ひとつひとつアザになっている。
アーロンの執念が刻み込まれている。


「服の下、ケガだらけよ。このアザ、いったい、どうしたの?」


おそるおそる、といった感じで、彼女は千代里の着替えを終わらせる。


「…あ、はい。はは、は」


乾いた笑いが込み上がる。





もしかして、虐待されてるの?

担当医から神妙な面持ちで聞かれた時に、泣きそうなフリをして、はい、と答えた。

父親は喚き散らしていた。
親不孝もの、と怒鳴り散らしていた。

それはシツケだ!って。

そうかもしれない。
でも、なんだかもうどうにでもなってくれって感じで。

退院はしばらく先に伸びることになった。
父親との関係をどうするか次第で、施設通いになるかも、と。

またしても、何がしたいの、と闇から青年が恨めしそうに見つめてくる。

わからない。
わからないけど、確かなことがある。


あたしは、
もう自由になっても良いんだ。





急流へダイブする。
魂が、また水底で揺れる。

死神たちから逃れ逃れて、
私はまた、海に還る。