楽園からの脱走
久々に騒ぎがあった。
どうにも、他の空島からの流れものが辿り着いたとか。
網にかかった獲物をなぶりに、神官が総出で試練に向かう。
楽しいショーに夢中になって躍り出た神を見送って、今しかないと踵を返す。
塀の上から見下ろす限りある緑の大地。
トン、と軽やかにそこを飛び立つ。
落下する中、身を翻す。
社に真昼の太陽が輝いて、仮初めの楽園のシルエットが黒々と網膜を焼いた。
隠された声が蠢くところへ。
大丈夫、失うものは命だけ。何も恐れることはない。
***
その人は、私を見て崩れ落ちた。
何か大きな建造物がつくられる場所。これは、船か。船で宙を渡る気なのか。
キラキラと輝く青海の黄金が眩しい。
神隊にいたはずの面々がやつれた顔をしながら肉体労働に勤しんでいる。
音が漏れる前に口を塞いで、シーッと唇に指をかざす。
幽霊ではないが、亡霊のような存在だと自嘲気味に笑う。
「私はガーネット。妹です」
神に盗聴されないよう、男の手のひらに文字を書くと、やっと彼は体の強張りをほどく。
どうやら、ここで作業しているのは全員、数年前まで前の神を守っていた神隊らしい。
その中で作業の監督をしている男の肩を叩いてニコリと笑ったら、腰を抜かされてしまった。
「脱走して大丈夫なのか」
「知りません。死んだらその時です」
「何を知りたい」
「姉が死んだ理由」
あなたたち姉妹は…
無音で彼は嘆息し、肩を落とした。
「無茶な人たちだ、どうかしている」
男は少しためらったが、差し出した筆談用のノートにペンを走らせ始めた。
たぶん流石の私も、きっとこの秘密に足を踏み入れたら、長くは生かされまい。
命と引き換えに真実を知りたいという覚悟を感じとったのか、案外すんなりと受け入れられたことに肩透かしを食らいつつ、離れ離れだった空白の期間を埋める文字にジッと意識を集中させた。
「初めて出会った彼女は、どうやってか神の気をひき、随分と寵愛を受けていたようでした…」
***
そろそろ、頃合いか。
試練にあっけなく消えていく声を聞きながら、神はいてはならない場所に存在する「声」に気がつき、鬱屈した様子で立ち上がる。
「これで貴方は、きっと、私のことを忘れない」
燃え盛る炎の中で、血を流しながら笑ったルビーの悪魔のような微笑が、脳裏に鮮やかに蘇る。
本当に、炎のような姉妹だった。
退屈はしなかった。楽しかったとさえ思う。
完璧なこのプライドに傷をつけられたのが、どうにも悔しい。
もう、この遊びも、終わりにしようか。
終わらせてやる。
ああ、しかし、それだけでは気が済まない。
気が進まない。
物理的に消し去るのは、いとも簡単なことだがーー
瞬時にその場所へ移動すると、ガーネットの手から燃えた紙くずが灰になって散っていった。
ドクンと心臓が嫌な音を立てる。
普段通り、何事もなく進む工事に、ほっと息を吐く。
「そんなに死に急ぐことはなかろうに」
やけに心臓が嫌な音ばかり立てる。
振り返る彼女は、どんな顔をしているのか。
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